FC2ブログ

上川丸の絵葉書が!

229102.jpg河川舟運近代化の尖兵として、国内に川蒸気船があまたあった中で、唯一レプリカが製作・展示されている北海道は江別の「上川丸」。

多数の川蒸気が就航していた利根川・淀川水系ならともかく、石狩川流域のそれはほんの数隻。確率からいっても、絵葉書があることすら期待できまい、と思っていました。ところが‥‥。
「続きを読む」をクリックしてご覧ください

続きを読む »

タグ : 川蒸気船 上川丸 石狩川 絵葉書・古写真

2月10日の水路風景…4

(『2月10日の水路風景…3』のつづき)

231016.jpg

231017.jpg北岸には桟橋が設けられて、曳船と通船が一隻づつもやっていました。上は「第一たか丸」。船名の俗字に味わいが。チャームポイントはちんまりとした操舵室‥‥フードといった方がよさげな小ささ、肩幅くらいしかなさそうですね。

通船は「第二たか丸」と兄弟船、古典的通船スタイルで、全面窓がふた昔前のバスを思わせる、角丸のHゴムなのに目を引かれました。

231018.jpg高架下に入り茅場橋下流、左手に日本橋川で見る船としてはずいぶん大きな土運船と、その向こうには、橋脚に巻かれた鮮やかな色のフェンダーが。

これだけの土運船がいるということは、護岸改修は浚渫を伴うのでしょう。茅場橋をくぐり、鎧橋下流に至ると‥‥。


231019.jpg
台船にユンボを搭載したタイプの浚渫船が出現。大小2隻いるあたり、この工事の規模が結構なものであることを感じさせます。

休日なので工事も休みでしたが、高架とビルのすき間から射しこむ陽を浴びて、浚渫船たちがのんびり昼寝を決め込んでいるように見えました。

231020.jpg
日本橋をくぐってから転回しようと上流側に出たら、珍しくパドルボードのフリートが遡上しているところに出くわしました。5隻(いや、『5枚』?)で、一隻は数人が乗れる大型のようです。

左に一人離れて進む黒一色の彼、リーダーかインストラクターなのか、それとも単に孤独を好んでいるのか‥‥。いずれにせよ、どこかクールな雰囲気を発散していて、ちょっと惹かれるものがありました。
撮影地点のMapion地図

(31年2月10日撮影)

(『2月10日の水路風景…5』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 日本橋川 高架下水路 曳船 浚渫船

2月10日の水路風景…3

(『2月10日の水路風景…2』のつづき)

231011.jpg
既製トラスによる仮設人道橋が架けられてから、もうだいぶ経ちましたが、そういえば、豊海橋のジャッキアップってされたんでしたっけ?

231012.jpgすっかり忘れていたあたり、お恥ずかしいかぎり。さっそくくぐりつつ橋台を見てみると‥‥。

あ、橋台がエポキシ塗装されて、キレイなっている。それよりジャッキアップ‥‥う~ん、上がって‥‥るのかなコレ? 昨年5月20日の記事の、この写真とくらべてみて下さい。確か5月竣工予定とのことですから、そろそろ上がってもおかしくないころですが。


231013.jpg
この日出会った豆曳船の中でも、特にそそられたのがこれ! コンソールがご覧のとおり、トップからフロントまで一枚の鋼板で、小口を折り曲げた程度のいかにもペラペラなのが強烈で、一発で吸い寄せられましたわ!

裏に油圧だかワイヤーだかの太い管が隠せずに露出しているのも、ペラペラ感を強調してグッとくるものがあります。

231014.jpg
テイスト的に近いロータリーボートなら、昔のスチール机にあるような椅子が無造作に固定してあるものですが、この船はエンジンケーシングの蓋に敷物を敷き、お尻を載せるだけという簡略ぶり。

船体はくたびれながらも板厚がありそうで、頑丈な感じがするのですが、舵周りのヤッツケ(ごめんなさい)ぶりがアンバランスで、私的にはかえって魅力を覚えました。船名は「箱根五号」。名前もちょっとズレた風でイイなあ。

231015.jpg何分堤防の改良工事をしているので、そここに豆曳船はじめ業務船の姿があり、通るだけで楽しいものが。

おお、こちらもなかなかよさげなムードの曳船ですね。「古河丸」、甲板室はオーソドックスですが、船首に備えたウィンドラスが任務を物語っています。ぼってりと分厚く塗り重ねた塗料の下から、錆が浮いた舷側、ゴムフェンダーの風化具合にも、過ごしてきた星霜がしのばれますね。

(31年2月10日撮影)

(『2月10日の水路風景…4』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 日本橋川 曳船

2月10日の水路風景…2

(『2月10日の水路風景…1』のつづき)

231006.jpg

231007.jpg汐浜運河に入ったあたりで、漁船が追いついてきました。右に寄せて追い越してもらうと、あらら、結構な曳き波が‥‥。垂直護岸なので、反射波がなかなか消えないんですよねえ。

右はテラスの補修でしょうか、機材を諸々載せた台船。手前にもやわれたポンツン、柵や階段を備えた桟橋役とおぼしきものですが、可愛らしいサイズで妙に目を引かれました。

231008.jpg
汐浜運河を西航すれば、やはりおなじみの水門観察であります。いつもは正面から撮りがちなので、少しでも変化をつけようとちょっとはすから。

洲崎南水門、引き続き放置されているようで、褪色が進んだスキンプレートと、継手に沿ってじわじわと上がってゆく錆が何とももの悲しい感じ。

231009.jpg

231010.jpg平久水門、右径間が閉じていました。錆こそ見られないものの、こちらも褪色が進んできましたねえ‥‥。

大横川を西進し、大島川水門を出たところで、右側の基礎上にアオサギ君がうっそり立っているのを発見。喜んでカメラを構えたら、静寂を破った不審船がお気に召さなかったのでしょう、不機嫌そうに飛び立ってしまいました。残念。
撮影地点のMapion地図

(31年2月10日撮影)

(『2月10日の水路風景…3』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 汐浜運河 大横川 洲崎南水門 平久水門 水辺の鳥たち

2月10日の水路風景…1

231001.jpg2月10日は、我が艇がもやうバースを、老朽化により全面的に更新工事をするため、移動してほしいとの要請を受けてマリーナへ。15年間住み慣れたバースを離れる前に、軽く近場を回ってきました。

これといったあてもなく、まずは曙北運河へ入りました。北上しながら、本日のイグアナ先生にご挨拶がてらスナップ。


231002.jpg越中島線・都市計画運河橋梁手前の基礎は、水鳥たちには格好の憩いの場。過去にもたびたび、可愛らしい姿を撮らせてもらっているトリ好きスポットです。

この日は、2羽の鴨さんがツブれて、まったりしていました。左の1羽はすわ不審船襲来と立ち上がってしまいましたが、右の子は動じずに落ち着いたもの。いや、タマラン姿をありがとう。


231003.jpg
都市計画運河橋梁の桁側面を仰いでアップ。ずいぶん傷んできましたね。9年前、22年3月の記事「『きよす』の航跡を追って」に載せた写真を見ると、少なくとも北側はきれいなものなのですが。

231004.jpg
その2本北側に架かる、東西線の橋は両端の径間がRCラーメン、中央が鋼桁の橋。今回ふと桁の右端に塗装時の記載らしきものがあるのに気づいて、ズームで撮ってみようと思ったのです。

さんざん通っておきながら、今になって気づく粗忽ぶり‥‥。まあ、いつものパターンではありますが、お恥ずかしい限りであります。

231005.jpg
スロットルを戻し行き足だけで流しながら、ズームでたぐって失敗の無いよう数枚撮影。橋梁名が載っていますね、よしよし。名前は「東西線汐浜川運河橋」!

これは興味深い結果になりました。都市計画運河橋梁とともに、鉄道橋が2本並んで現在の名称とは違った運河名をつけているとは。江戸川放水路の例を引くまでもなく、河川や運河の名前が変わっても、橋は旧名そのままという例は少なくありませんが、この橋もその伝だったのでしょうか?
撮影地点のMapion地図

(31年2月10日撮影)

(『2月10日の水路風景…2』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 曙北運河 水辺の鳥たち イグアナクレーン

手賀沼調節水門を訪ねて…5

(『手賀沼調節水門を訪ねて…4』のつづき)

230021.jpg
ふたたび管理橋上、北詰近くから南を見て。高低2基のゲートが並立しているのって、いかにも閘門、という感じがして高揚感のある眺め。

いや、二つ並んだゲートに喜び勇んで近づいてみたら、単なる二重水門だった、という悔しい過去が何度かありますんでねえ‥‥。高さに差があれば、まず閘門に間違いないからです。

230022.jpgそうそう、後扉室のセルフ操作チェーンをもう一度見てみたら、気になるところがあったのでメモとして。チェーンの先端近く、亜鉛引き鉄板らしいプレートがボルト留めされているのが見えますが、手前の横になった1枚、薄れてはいるものの「開」の文字が読めますね。

セルフ閘門には珍しく、一切の操作説明が掲げられていない中、唯一の説明らしいものがこのプレートというわけ。まあ、これがないとどっちを引っ張っていいのか、わかりませんものね。

230023.jpg
北詰西側にある詰所風の建物は、門柱に「調節水門操作室」とありました。銘板にも「コンクリートブロック造り」とあったように、壁面は全てブロック積みというのが、今となっては珍しいですね。窓周りの様子から、サッシは一度更新されたようです。

230024.jpg
操作室の裏手に回って、枯れたガマの穂越しに、冬枯れた雰囲気の一枚をとスナップしてみたもの。

とにかく風が冷たくて、手袋なしの手がかじかんで往生しましたが、爽やかに晴れた冬空の下、閘門と水門風景を大いに楽しんだのでした。

230025.jpg水門を眺めた後は、北詰近くの手賀沼水産会館2階にある、「numa Cafe」でおいしいコーヒーをいただいて温まったのですが、敷地内に観音像があったので、気になって説明を読んでみました。

説明板によると、この像は手賀沼聖観世音菩薩といって、明治以降に水難で亡くなられた250人余りを供養するため、昭和53年に建立されたものだそう。観音様に手を合わせ、一礼してから湖畔を離れたのでした。
撮影地点のMapion地図

(31年1月27日撮影)

(この項おわり)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 手賀沼 手賀沼調節水門 閘門

手賀沼調節水門を訪ねて…4

(『手賀沼調節水門を訪ねて…3』のつづき)

230016.jpg
管理橋を渡って南岸、西側から眺めたところ。低く抑えられた堰柱と、間口にくらべ天地をしぼった水門の扉体が、どこか控え目な雰囲気を醸し出しています。水門と舟通しでは、扉体のスキンプレートの向きが逆なのがわかりますね。

230017.jpg
舟通しの前扉室をズームでたぐって。左側の堰柱、セルフ操作のチェーンが2本、強風にあおられて揺れているのが見えますね。こちらはちぎれてしまったのか、先端のアイ(環)は失われていました。周囲に何の説明もないのは他と一緒です。

230018.jpgまだ設置して間がないのか、矢印の赤も鮮やかな河川管理境界の標識。水門から東、利根川に至る水路を手賀川としています。

ご存知のように、干拓によって東側の大半が手賀川となった手賀沼は、東西2つに分かれてしまいました。この点お隣の印旛沼とよく似ていますが、印旛沼が長門川を経て利根川に舟航できるのに対し、手賀川は排水機場のみで、利根川に出られないのが大きな違いです。

230019.jpg
水門の東側には新しい橋が架かっており、しかも管理橋より高さがあるとあって、眺めるには実に好都合です。ただし交通量は多く歩道も仕切られていないので、訪ねられる際はお気をつけて。

イヤ、いいですねえ。離れずとも、全容が視界にすっかり収まってしまうのは、小閘門ならではの楽しさ。実際に稼働することはもうほとんど無きに等しいにせよ、かろうじて現役状態に踏み留まってここに在ってくれるのは、閘門ファンとしてありがたいことです。

230020.jpg
後扉室を正面から。小なりといえどやはり閘門、どっしりとした頼もしさを感じさせる風貌。橋上で寒風に震えながら、その星霜を経た枯れた面持ちに、しばし見入ったことではありました。
撮影地点のMapion地図

(31年1月27日撮影)

(『手賀沼調節水門を訪ねて…5』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 手賀沼 手賀沼調節水門 閘門