独航艀と水門と斜張橋と‥‥

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去る2月3日土曜日もお手伝いで、近場の水路をいくつか訪ねてきました。気温は低かったものの穏やかな好天に恵まれ、また通い慣れた船路ながら、各所で嬉しい出会いがあったりして、充実した水路行に。中でも印象深かったのが写真の、中川で目にしたシーンです。

今はともに工事中の中川水門、上平井水門が隣接し、上空にはかつしかハープ橋がそびえ立つ、魅力的な土木構造物の集中点として知られる中川・綾瀬川合流部ですが、それらすべてをバックに下航する独航艀という、ある種タマラン一瞬をものにできました。上平井水門から下流の中川で、独航艀に行き逢ったのは確か初めてなのも、嬉しさを倍加したものがあったのです。

どうも手塞がりで更新が滞りがちのため、取り急ぎ予告編ということで、改めて近日中にご紹介できればと思います。

(30年2月3日撮影)

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タグ : 中川 上平井水門 中川水門 独航艀

走る通運丸、二題

通運丸の航行するシーンをとらえた絵葉書を、2枚選んでみました。いずれも遠景で、船単体のディテールを観察するには少し難がありますが、川蒸気が生き生きと躍動していたころの雰囲気を味わうには、十分過ぎる情報量が写し込まれています。

再現性の高いコロタイプならではの特徴を生かして、要所を拡大しディテールを愛でてみましょう。なお、煙突の白線が1本であることから、3隻とも通運丸船隊のどれかと判断しました。

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水郷趣味 大船小舟の往來
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。


おそらく常陸利根川北岸から、ポプラが点在する十六島を望んだ、フネブネのゆきかう川景色。帆船は見たかぎり9反帆で、微風を受けて右手、霞ヶ浦方へ上航していますが、船体が黒くつぶれており船種はわかりません。

絵柄の中心に据えられた通運丸は、外輪後端から派手に水しぶきを上げ、すでに結構な速度に達しているようです。撮影地が潮来だとすれば、桟橋を離れて間もない瞬間を撮ったのでしょう。これから鹿島の大船津へ向かうのでしょうか。拡大してみましょう。

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外輪カバーに書かれた船名の上にあるはずの、番号が判読できず個体を特定できないのがもどかしいところですが、威風堂々の航進ぶりがよい角度でとらえられていて、心躍るものが。船首尾から船体中心に向かって、凹んだ形にゆるく反った甲板のラインもよくわかります。

屋根上には3人の人影が見え、船首寄りの一人は長大な竿を持っているようです。離岸直後の撮影であれば、解䌫後にこの竿で桟橋を突いて、船首を沖へ向ける作業をしたことでしょう。煙突からの煙が全く出ていませんが、修正されたのか、それとも燃焼状態が極めてよいからでしょうか。

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潮來の風趣 北利根川より稻荷山公園を望む(敬文館發行)
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。


潮来の写真というと、水際に接して建つ大きな旅館を写したものが思い出されますが、これは背後の稲荷山(だとすれば、ですよ)の位置からして、それより西を撮ったものでしょうか。桟橋と水駅らしい建物を挟んで、外輪と暗車、2隻のタイプが異なる通運丸が写っているという、珍しいものです。

桟橋状には多くの人影が見られ、その左、軒下には俵らしい荷が山積みされて、人荷ともに集散が盛んなことが見て取れ、航路の賑わいが感じられてよいものですね。何しろ、左の外輪船ときたら‥‥。

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屋根の上に人があふれかえっている!

座っているのはまだましで、立っている人も結構いますね。船室横と後ろの回廊にも、大荷物をはみ出させているのが見え、中も恐らくぎゅう詰めなのが想像できます。和装でカンカン帽をかむった人が多いのも、時代を感じさせますね。

面白いのは、外輪より後ろに人が集中しているせいでしょう、船首の喫水がすっかり上がって、アップトリムになっていること。そういえば、船体も心なしか人の重みで、船尾が逆に反っているようにも見えます。お祭りでもあった後なのか、日常の光景だったのかはわかりませんが、川蒸気ファンとしては思わず目尻が下がるような、ほほえましい写真ではないですか。

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右の通運丸はもやった状態で、罐の火も落としているようですね。暗車だけに舷側がフラットなことから、外輪より幾分スマートな印象を受けます。船体が手前側に傾いており、屋根の上には解いた荷らしきものや人影が見えることから、荷役中なのかもしれません。

前後の船室とも、いくつかの窓が開いている様子から、落とし込み式の窓であることが見て取れます。機械室側面の開口部から、しゃがんで中をのぞき込んでいる人物は上半身裸に見えますが、火夫でしょうか。

人声に満ちた河港の賑わいと、外輪が水をかく音が聞こえてくるような写真。日時や船体の詳細は分からなくとも、この時代の雰囲気を無心に楽しめる佳さがあるように思えます。川蒸気が元気だったころの、水運時代の素敵な川景色! これからも出会えるといいなあ。

【2月14日追記】
書棚の整理がついて、本が引っ張り出せるようになったので追記させていただきます。
2枚目の絵葉書「潮來の風趣‥‥」ですが、月刊「世界の艦船」の読者なら、「あっ、これ見たことあるぞ!」とお気づきになったことと思います。同誌第629集(2004年8月号)の51ページに、「珍しいツーショット発掘、潮来河岸の外輪船とスクリュー船」(所蔵:迫口充久氏)と題して、同じ原版から起こしたと思しき絵葉書が掲載されていたからです。以下、興味深い部分を抜き書きしてみましょう。

同記事のキャプションによれば、外輪船を「第七号通運丸」と断定しているのがまず印象的でした。ディテールの分析など、特に理由に触れていないということは、写真で判読できたということに他なりません。私の手持ちの絵葉書と違い、印刷が鮮明だったのでしょう。

また、北利根川(常陸利根川)が拡幅前であること、服装や河岸の様子から、撮影が明治末から大正初期と推定されることにきちんと言及しているあたり、さすが「世界の艦船」。文末ではさらなる分析を読者に向けて呼びかけていましたが、早くも第635集(2004年12月号)の読者交歓室欄で、長崎県の西口公章氏から投稿があったのです。

西口氏は「水郷汽船史」や各年代の「船名録」、「石川島重工108年史」、「船舶史稿 第17巻」を参考資料に、右にもやう暗車船を「第二十五号通運丸」か、「第二十六号通運丸」と推定され、また両船が内国通運より東京湾汽船に移籍した年代などから、写真の撮影年を、明治20年から22年の約3年の間であろうと絞り込まれていました(『川の上の近代』によれば、両船の移籍は明治24年より)。

西口氏の分析が正しいとすれば、裏面から推定される絵葉書の発行年代と、少なくとも30年近い隔たりがあることになります。同じ版を使った絵葉書が、信じられないほどのロングセラーとして重版をかけつつ販売されていたのか、それとも何かのきっかけで、昔の風景に商品価値が出てリバイバルされたのかはわかりませんが、この時代の絵葉書が決して近い過去ばかりを写した存在ではないことに、注意をしておく必要はあるかもしれません。

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タグ : 川蒸気船 通運丸 常陸利根川 絵葉書・古写真 水郷

1月21日の目黒川…2

(『1月21日の目黒川…1』のつづき)

216026.jpg特に時間を意識せず訪ねたので、渡る人影もそう濃いわけではない、静かな雰囲気とあいまって、文字通り度肝を抜かれ(大げさだな)ました。

直前、本当に直前まで来て、鼻先でいきなり放水が始まったのですから!


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全力でゴースターン!

手前に広がる濃い気泡と波紋からも、まさに泡を喰った様子が伝わるかと! せめて放水の数秒前に、予告としてチャイム音でも鳴らしてくれたらいいのですが‥‥。まあ、通航艇などめったにいないので、各艇長が確認の上で通るしかありません。

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お天気も良いことだし、この際カメラを向けて放水シーンを撮りながら、水が止まるまで眺めていようと、前後にチョイチョイと軽く蹴飛ばしつつ漂泊。川面を彩る人工の小瀑布、眺めている分にはのどかでよいもの。

‥‥‥‥5分経過、ううん、なかなか止まらないなあ。シビレを切らせた、というと言葉が悪いですが、他に訪ねたい場所もあるので、そろそろおいとましたいのが正直なところ。今は潮位も割と高いし、突破できるよね‥‥というわけで、コツンと前進に入れて航進再開。

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216030.jpg噴水の出ていない左側、護岸にぐっと寄せてすり抜け成功! 右舷側にちょっとしぶきがかかっただけで、チルトアップせずとも基礎護岸にペラヒットすることもなく、無事通ることができました。

振り返ると、逆光に噴水がキラキラとして、なかなかの眺め。気に入ったので、ゴーストが出ていたのも構わず、トップ画像にしてみました。潮位によっては基礎護岸にぶつける恐れがあるので、通航にはくれぐれもお気をつけて‥‥。
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の目黒川…3』につづく)

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タグ : 目黒川

1月21日の目黒川…1

(『1月21日の古川…4』のつづき)

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お次は目黒川を訪ねました。京浜運河・天王洲南運河経由で進入、アイル橋のほっそりしたライン越しに眺める河口、空の青さもあいまって、穏やかないい雰囲気。

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遡上を始めて間もなく、荏原神社を右手に見ながら通り過ぎようとしたら、桃色の可憐な花を咲かせた木々が。名物、寒緋桜ですね。ちょっと控え目な感じの咲きぶりが可愛らしく、冬の空に映えてきれい。境内は写真を撮る人たちで賑わっていました。

216023.jpg橋を眺めていると、いくつかの橋は塗り替えの際に施工したのか、橋名が新しいデザインに変わっているのに気づきました。

この要津橋は、橋名だけでなく恐竜のシルエットと足跡らしきものが描かれ、いかにも由来ありげです。この日同乗のT氏によれば、この近くの児童遊園に、恐竜の形をした遊具があったからそれではないか、とのこと。検索するとなるほど、恐竜の像が9体もある「子供の森公園」が北詰近くにあるのですね。

216024.jpg高い桁下高でひときわ目立つこの橋、北岸の大崎ブライトタワーから伸びる連絡デッキ。眺望はよさそうですけれど、隣接するビル群に配慮したのか、曇りガラスで目隠しがされて、川面を見下ろすことはできないようですね。

写真左側、南詰はどういうわけか、大崎ニューシティにつながっておらず、渡り終えたら階段で地上へ降りるしかなさそうです。

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目黒川では数少ない下路式タイプの橋、鈴懸歩道橋の向こうは御成橋。例の桁側面に噴水のある橋で、珍しくまた眺めて楽しくはあるものの、下を通航する艇にとっては、あまりありがたくないギミックといえます。

放水は1時間毎ですので、通航時にヒットしてしまうことは今までも多くありませんでしたが、今回はどうでしょう。
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の目黒川…2』につづく)

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タグ : 目黒川 天王洲南運河

1月21日の古川…4

(『1月21日の古川…3』のつづき)

216016.jpgどうやら念願かないそうで、気分はそりゃあよいものの、チラチラ目を落としている魚探の感は、うらはらに非情なものです。小山橋直前からガクンと浅くなり始め、たちまち1mに!

現在時刻10時10分、推算潮位はA.P.+1.46mほど。9年前の1月に陸路訪ねたとき、公園の河道断面図に「河床高さA.P.-0.44m」とあったので、それが本当なら1.9mはあるはずなのですが‥‥。堆砂で河床が上がったのかなあ、などと艇を歩かせながら妄想が脳内をぐるぐる。

ともあれ、まだチルトアップせずとも進める深さがあるのですから、続けて前進です。河底もコンクリートでなく泥なら、ペラをヒットしても致命傷には至るまいと、いつもの小心はどこへやら、今日はやけに強気。

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小山橋通過! いや~、とにかく嬉しい。再塗装されて間がないのか、桁裏も思ったよりきれいですね。ここまでくればあと一息、右手に見えてきたあそこ!

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新広尾公園親水テラス前に到着。
9年前に見下ろした水面に、我が艇とともに在るこの瞬間、実に感慨深いものが。

目黒川や石神井川にも同種の施設がありますが、護岸を掘り込んで計画高水位以下のテラスを造り、平時は親水施設として川面を愛でられ、増水時は冠水することを前提に設計されたもの。

断面図を信じれば、テラス前には基礎護岸がなく、横付けしても差し支えはないはずです。ただし柵には扉はなく、フェンダーの備えもありませんから、船着場としての使用は考えていないのでしょう。

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水深も厳しくなってきたので、テラス前から少し進んだところを、遡上限界として転回。

いったん右に去った高架がふたたび河道上空に戻るさま、日向坂につながる勾配のある橋、二の橋を望んだ場所で、上機嫌の雪辱戦も終了となりました。

216020.jpg去り際、テラスの下流側をふと見上げると、水位観測機器や水面を向いた監視カメラ、防災用らしきスピーカーが設けられていました。テラスに「災害用ボート収納箱」があったのと併せ、小さな防災拠点としての機能をも有していることがわかります。

イヤ、お手伝いの道々とは申せ、しょっぱなから良い舟行きができ、ゴキゲンであります。この後も楽しい出会いが期待できそうですね。
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の目黒川…1』につづく)

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タグ : 古川 高架下水路 橋の裏側

1月21日の古川…3

(『1月21日の古川…2』のつづき)

216011.jpg曲線を半ばまで進むと、一の橋が見えてきました。意外なほど多くの鴨さんが浮いていて、木っ端ブネの侵入におかんむりのご様子。

あの向こうに崩落現場があると思うと、いやが上にも緊張感が高まりますが、ここは進むよりほかありません。不安と期待を入り混じらせながら、舵を忙しく切りつつ続けて前進。

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216013.jpg一の橋をくぐった直後の風景。右が崩落現場で、護岸はまだ真新しく、上に見える柵もピカピカ。きれいに修復されたのですね。

気になる河底の感は‥‥現在の水深1.4m、おお、上流へ向かって緩やかに浅くはなっているけれど、不安な凹凸はないぞ! 当たり前ですが、流下を妨げるような土砂はきれいに浚渫されたのでしょう。よかった、と胸をなでおろしました。

前回行く手を塞いでいた護岸工事も終わったようだし、わずかな延長ではありますが、踏破距離を伸ばすことができるんだ! 嬉しくて、思わず顔がニヤつきました。


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首都高が右手に去ったあたりで陽が射し、新しい護岸が白く輝き始めました。そのまばゆいこと、日影になった左の古い護岸と好対照。

とにかく、小山橋をくぐりたい! くぐれさえすれば、前回の雪辱(?)は9割方果たされたも同じなのだ! ニヤつきながらも、力みかえるおっさん。

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よっしゃよっしゃ!

迫り来る小山橋を目前に魂が荒ぶったのか、よくわからない気合いを脳内で入れながら、舵を握る手にも力がこもります!
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の古川…4』につづく)

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タグ : 古川 高架下水路

1月21日の古川…2

(『1月21日の古川…1』のつづき)

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216007.jpg将監橋をくぐると繋留船も失せて、屈曲した河道にフラットな護岸が連なる、静かな高架下水路に。右手に見える石材の装飾を施した、古典味あふれる暗渠のポータルもお変わりなく。

赤羽橋下流、「SHIBABOATビル」さんのポスト形ジブクレーンをはじめとした、繋留・荷役設備も健在。活用されているところを、一度拝んでみたいものです。

216008.jpg自分の中で、古川畔の構造物でインパクト大なものを一つ挙げろといわれたら、迷わず推すのがこの、首都高は芝公園入口。

褒めてやりたいくらいの張り出しっぷりが醸す不安感は、まず他に例を見ないもの。前回は工事中の足場が架かり、強烈さを幾分減じていましたが、さすがに工事も終わって、その潔いまでの全貌が堪能できます。

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川面を圧する巨大なヒサシ! 仰ぐ裏側は、エポキシ塗装でまあ、ツルツルのピカピカ。

足場のない分、本来の薄っぺたさが目前で実感でき、華奢な片持ち梁も手伝ってまあ壮絶(?)だこと。眺めるのに集中て右に寄せ過ぎ、水面下の基礎護岸にぶつけないよう、どうかお気をつけてお楽しみあれ。

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さて、一の橋の旧曲線区間にやってまいりました。地下に調整池を造る大工事も終盤にさしかかったのか、左手を囲っていた壁も取り去られ、石垣の一部を切って鋼矢板を打ち、排水口が備えられていたりといくつか変化が。

このすぐ先は、4年前に突然護岸が崩れ(『古川の護岸が崩落』参照)、当然河道の一部も埋没したであろう場所。復旧工事はとっくに完了したのでしょうが、残留土砂で水深が浅くなっていないか、ちょっと不安に思っていました。最微速で取舵を切りながら、魚探の感をにらみつつ慎重に前進。
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の古川…3』につづく)

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タグ : 古川 高架下水路