庄川峡の船旅…9

(『庄川峡の船旅…8』のつづき)

211146.jpg大牧温泉前をひと巡りした後、船は上流側に向き直って桟橋に達着。階段の上には、すでに何人かのお客さんが船を待っていました。

桟橋はどうやら、太い丸太を何本か並べた筏に、歩み板を張った構造のよう。階段の中ほどには、待合所らしいコンクリート造りの小さな上屋が見えますが、その形にすごく惹かれてしまったのです!

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水面が近く、木々に囲まれた湿っぽい環境のせいか、だいぶ痛んでいますが、波形の屋根と小ぶりなサイズが醸し出す、可愛らしさに惚れ込みました。右半分を階段の傾斜に合わせてあるせいでしょうか、どこかケーブルカーの停留場を思わせます。デザインの感じから、昭和30年代くらいの竣工でしょうか。

ここで一つ目を引かれたのが、窓の上に「大牧」と駅名標イヤ、港名標が作り付けられていること。その下にも小さな文字で、何か書いてあります。もしや、と期待させるものがあって、ズーム一杯にたぐり寄せてみると‥‥。

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「こまき← →そやま」‥‥やはり!
かつての終点、祖山の名前が書かれている! そう、このさらに上流、祖山ダムの近くまで航路があり、原木と人員の輸送を行っていたのです。

ダム湖の河川航路で、これほどの距離を、また「中間駅」も有しながら長きに渡って維持されていた、というあたりに川舟好きは萌えるのであります。祖山行きが存続していれば、ぜひ行ってみたかったところです。

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(越中庄川峡)千古の蒼翠倒影して夢の如く美しき祖山着船塲(程近く平家の落武者が幽居せし五箇山あり)
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行(小牧ダム竣工は昭和5年)。


ここでまた、ダム竣工から間もないころの写真を、絵葉書で見てみましょう。曳船タイプの船が今まさに達着せんとする、祖山船着場を写したもの。川幅さらに狭まり、山肌の急峻さはいわずもがな。国内にはまれな、大峡谷をゆく舟航風景! もし現存していれば、素晴らしい川景色が堪能できたことでしょう。

Googleマップの写真でこの区間の現状を眺めてみると、屈曲の内側などに砂洲が多く生じ、流路も全体的に浅そうで、今なお需要があったとしても、通船は難しそうではあります。もちろん、現在はスノーシェッドも完備した道路が整っていますから、船はお呼びでないことはいうまでもありません。

211150.jpg「待合所」の素敵な形を愛でながら、階段を降りて乗り込んでくる大牧温泉のお客さんたちを眺めていたら、早や出港の時刻。

乗り組みさんが二人がかりでもやいを解きにかかり、うんしょと船を押し出すと爆音が高まって面舵一杯。珍しい峡谷の奥地に息づく河港とも、わずかな時間ながら名残惜しくお別れです。

小牧で乗ったときも感じたのですが、遊覧船の職員の皆さん、高齢の方もおられながら動作がきびきびとして無駄がなく、身なりも清潔で、大船社の職員顔負けの凛々しさ。かつては電力会社の直営だったそうですから、もしかしたら、そのころの雰囲気が今も受け継がれているのでしょうか。

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…10』につづく)

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庄川峡の船旅…8

(『庄川峡の船旅…7』のつづき)

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河道は発電所の正面で、右へほぼ90度曲がっているので、ゆとりをもって眺めることができました。名前は建屋の正面に、抜き文字で銘が掲げられているとおり「大牧発電所」。「関西電力 大牧発電所」(水力ドットコム)によれば、昭和19年5月18日運用開始、山を越えた利賀ダムより取水しているとのこと。

建屋がきれいに整備されているせいか、こぢんまりとまとまった風情が模型的というか、どこかメルヘンチックに見えて素敵。建屋の正面にある排水路からは、水が小瀑布をつくって流れており、稼働中であることを示していました。

211142.jpg戦中竣工の発電所があるということは、どこかに船着場があるはず。今は林道レベルの道は通じているようですが、当時なら庄川航路を頼る以外なかったでしょうからね。

目を凝らしていたら、右手にありました。すっかり木々に覆われているけれど、コンクリート製でかなりな規模の立派なもの。街灯や手すりの様子から、廃止はそう古くないように思えました。

211143.jpg山裾が落ち込む左手に、目的地、大牧港が見えてきました! 安着を知らせるためでしょう、着桟前にボーッと長声一発が鳴らされ、それがまたこの地の山深さをいや増して、ちょっと感動。

木々が枝をさしかけた下に、ささやかな桟橋と1隻のプレジャーがポツリと浮いています。で、有名な大牧温泉の建物は?

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ここでアナウンスがあり、いったん大牧温泉の前を一巡してから、転回して桟橋に着けるとのこと。船は行き足を落としたまま、桟橋のある突端をかわして‥‥おお!

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狭隘な斜面にすがり、水面に張り出すようにして建つ大牧温泉旅館!もっと苔生したような建物を想像していたのですが、 こちらも発電所同様、美しく整備されています。確かにこれだけで、船をひと巡りさせて眺める価値がありますね。
撮影地点のMapion地図

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…9』につづく)

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満願寺閘門の絵葉書

23年8月10日に訪ねた、小阿賀野川流頭部にある満願寺閘門(『満願寺閘門…1』以下のシリーズ参照)。ずいぶん前に、竣工時間もない時期の撮影と思われる、昔の絵葉書を入手しました。

ははあ、竣工当初はローラーゲートでなく、マイタゲートだったのか。ゲートの上に土盛りは見えないから、堤防の増高が行われる前はこんな風だったんだなあ。法面の護岸は、今とあまり変わりがないような‥‥。などと、月並みな感想を脳内で巡らせながら、閘門の絵葉書を入手できたことを、ごく単純に喜んでおりました。

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新津町小阿賀之川閘門(東洋館製)
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。


おや、と思ったのは、最近この絵葉書を再び取り出して、訪問時の写真(下)と見くらべたときのこと。ゲートの擁壁が露出している長さから考えると、明らかに昔より、閘室の幅が狭くなっているような。護岸も高くなっています。

満願寺閘門…4」で紹介した説明板「満願寺公園案内図」によれば、「本川堤防の嵩上計画及び旧施設の老朽化により、昭和45年から改築に着手し昭和48年3月に完成」したとあります。文字通り素直に受け取れば、在来の閘門をそのまま“近代化改修”し、今の姿になったと解釈できるでしょう。

ここでふと、疑問が生じました。ゲートを新しく造り替え、閘室の幅が変わるような大改修の間、通航は完全に途絶していたのでしょうか? 昭和40年代、まだまだ通航量はあったはずですから、それはちょっと考えづらい気がします。

むしろ、「旧施設」で通航を維持しながら、それこそ隣接地にでも新しい閘門を造り、その竣工後に「旧施設」を廃止するのが自然な動きのはずです。

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ウェブ上に何か、そのあたりがわかる資料はと検索したところ、「満願寺閘門と小阿賀樋門」(阿賀野川河川事務所)がヒット。それによれば、昭和3年3月に「初代満願寺閘門を設置」とありました。

えっ、「初代」? 同位置で改修増築しただけなら、わざわざ初代とは書かないような。やはり現閘門は、一から新築されたものなのかしら? ちなみに「運河と閘門」(日刊建設工業新聞社)の巻末リストでも記述はほぼ同様で、違いは“初代”閘門が「小阿賀閘門」と名付けられていたこと、「門扉型式」の項目で「初代は鉄製合掌扉」の2点でした。

手元に決定的な資料もないので、ここは国土変遷アーカイブにおすがりするしかないと、祈るような気持ちで(大げさだな)満願寺閘門付近の空中写真を検索。

残念ながら、工事中である昭和45~48年のものはなかった(泣)のですが、それならばと、“改築”前の昭和37年と、竣工後である昭和50年のものをお借りして、見くらべてみることにしました。

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MCB621-C24B-10」(昭和37年5月11日撮影)。マイタゲートも判別できるし、何よりコーレンボウとおぼしき、細身の和船が閘室内外にみっちりなのが嬉しい、舟運が元気だった時代の姿。

さて、“改築”間もない、昭和50年とくらべてどうでしょうか。

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CCB7510-C16-39」(昭和50年11月12日撮影)。護岸の色も真新しい、竣功2年後の閘門。見くらべてみると、閘室の阿賀野川への取り付け角が浅くなっているのがまず一つ。閘室南岸の道が移動していないとすれば、現閘門は旧閘門の北側に新設され、旧閘門は廃止後埋め立てられて、そこに現在の公園が造成されたように見えたのですが、いかがでしょうか。

しかし、こうして高空からの視点で眺めただけでも、「改修」という言葉から感じる小工事の印象とは、真逆のものだと思いました。特に閘門・樋門周辺の造成は原形をとどめないほどの、大工事だったことが理解できます。

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というわけで、決定打には欠けるものの、満願寺閘門は、「先代」旧小阿賀閘門の隣接地に、新たに開鑿・建造されたものと推察しました。何ともお恥ずかしい話ではありますが、一つお利口になった(?)と思えば、絵葉書さまさまといったところです。

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タグ : 満願寺閘門 閘門 絵葉書・古写真 小阿賀野川

庄川峡の船旅…7

(『庄川峡の船旅…6』のつづき)

211136.jpg庄川橋梁から2度の屈曲を過ぎたあたりで、川幅がぐっと狭まってきました。水際の様子も少し変化してきて、谷の出口にささやかな扇状地ができていたり、崩壊した土砂が溜まって渚を作っていたりと、今までとは違った河相に。

そんな水辺を観察していたら、あるものに目線が吸い寄せられました。


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崩壊した大小のゴロタ石が積もって、小さな岬状をなしたような上に、先ほど利賀大橋跡でも見かけた、道路標識のようなものが。

今回のこれは「22」‥‥あれ? さっきのは「8」だったよね? 表裏同じ標識を対にして、上下航どちらからも見られるようにしてあります。てっぺんには再帰反射板らしきものも付けてあって、夜間の視認性も考えられているようです。通航船に向けた、何かの標識には間違いなさそうですね。

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もっとありそうだと目で探していると、間なしに「23」が現われました。う~ん、これは何だろう? 今まで気づいたものだけで判断すると、岬状に突出した地形の先端を選んで、設けられているようですが‥‥。

浅瀬や暗岩など、航路の障害を示すなら、もっと目立つ標識にするはず。何より、番号を振る理由がよくわかりません。首をひねりつつ、引き続き岸を眺めていると‥‥。

211139.jpg24」が出ました。今度はさほど突出した地形でないので、航路障害説も薄くなったような。降りるときにでも、乗り組みさんにきちんと訊いておくべきでした。

急カーブの多い峠道で、「R=××」のようにカーブ毎に番号を振るのは見たことがありますから、その伝でいけば突出のカウントと、里程標を兼ねたようなものかしら。

謎のままでお恥ずかしいかぎりですが、現役河川航路の標識ということで、興味をそそられる存在ではあります。ともあれ、ヨッキれん氏が「双竜湖(小牧ダム)に架かる巨大廃橋(跡) 後編」で述べられていた、速度制限標識でないことだけはわかりました。

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さらに狭まった河道を、直角に近い屈曲で抜けた先、水際を切り開いた平地に、大型の建物が見えてきました。発電所ですね!
撮影地点のMapion地図

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…8』につづく)

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タグ : 庄川遊覧船 庄川

庄川峡の船旅…6

(『庄川峡の船旅…5』のつづき)

211131.jpg大きなS字屈曲を抜けたあたりで、前方に上路式鋼アーチが見えてきました。庄川遊覧船サイトの案内にもあった、長崎大橋ですね。あれ、その向こうにももう一つ橋が。新しい橋かな?

ただ峡谷美を味わうだけでなく、橋くぐりも楽しめる庄川航路! 街場の水路になじんでいるだけに、河上から構造物を愛でる機会があると、やはりテンションが上がります。

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くぐりざま西詰を振り返って。仰いだ印象は、側面を遠望したときよりずっと華奢で、色褪せた塗装も手伝ってか、どこかはかなげに感じられたこと。渡している道幅が狭いせいでしょうか。

とやまの橋 長崎大橋(南砺市利賀村)」(北日本新聞)によれば、昭和46年竣工で全長191m、幅(道路幅と思われます)4mの林道橋とのこと。

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おお、ここにも吊橋の主塔が遺されている‥‥。写真の東詰上流側のみ確認でき、西岸には見当たりませんでした。橋名は下原橋。廃止時期は今のところ不明ですが、後ほど紹介する「庄川峽遊覧」の鳥瞰図や解説にも描かれていたので、小牧ダムとそう違わない時期の竣工なのでしょう。

211134.jpg長崎大橋を透かして見えた橋、近いように思えて1㎞ほどでしょうか、結構な距離がありました。右手の橋詰には巨大な足場があり、桁もメッシュをかぶっているようで、どうやらまだ建造中のようです。

アーチが鋼管を組んだ三弦になっていて、素人目にも長崎大橋から40年以上を隔てた、技術の進歩を感じさせる造作。庄川の新しい名所になりそうですね。


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上流側に出て振り返ると‥‥アーチの塗色、まるで口紅を引いたように、ぬめりのある鮮やかさ! 山肌の緑をバックにくっきりと浮かび上がって、目立つことこの上なし。

検索したところ、工事の経過を紹介したPDFがありました。「さんかくでつなぐ橋~庄川橋梁上部架設工事報告~」。なるほど、お隣の峡谷、利賀峡に新設されるダム工事の道路として造られたのですね。ダム工事終了後は、国道に昇格する予定なのだそう。名前は「庄川橋梁」(仮名と思われます)、全長368m、アーチ支間190m、平成30年度竣功予定とのこと。
撮影地点のMapion地図

【29年11月12日追記】
長崎大橋西詰の吊橋遺構、「庄川峽遊覧」の解説文に下原橋とありました。見落としており失礼しました。お詫びして追記させていただきます。「庄川峡の船旅…10」をご参照ください。

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…7』につづく)

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タグ : 庄川遊覧船 庄川 橋の裏側

庄川峡の船旅…5

(『庄川峡の船旅…4』のつづき)

211126.jpg船が進むにつれて、上流側の側面が見えてきました。下流側からだと、木々に埋もれているのと、逆光も手伝ってディテールが楽しめず、主塔の陸側にある桁の様子もわからなかったので、目を皿にして観察。

むう、こちらも光の加減がよくないか‥‥。しかし、主塔の間から、路面に生えた草がもりもりはみ出ているな。植物にとって、よほど環境がよいようだと、妙なところで感心していると‥‥。

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船がさらに進み、順光になった瞬間、驚くとともにようやく思い出したのです。
陸側の径間がRCアーチ! ‥‥あっ、この橋、「山さ行がねが」のヨッキれん氏が探検した橋だ!

興味深い廃橋探訪の様子は、「双竜湖(小牧ダム)に架かる巨大廃橋(跡) 序」以下のシリーズをご覧ください。というわけで、橋の名前は利賀(とが)大橋。アーチの魅力は絶大で、ヨッキ氏が惚れ込んだのもうなずけるものがありますね。

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岬の突端を回り切ったところで、アーチをズームでたぐって。「双竜湖(小牧ダム)に架かる巨大廃橋(跡) 後編」で、ヨッキ氏が主塔基部の張り出しに身を曝すという、危険を冒しても眺めるだけの価値を認めた、優美なアーチの曲線! それを安全な船上から、ほしいままに見られる嬉しさと、後ろめたさ。

高欄が少し苔生し、路面にみっちり草がそよいでいるほかは、意外ときれいなコンクリートの肌。このまま整備して、川面を眺める展望台にしてもいいくらいだと思えました。

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ここで、観光パンフレット「庄川峡遊覧」(後ほど紹介します)より、当時の写真をご覧にいれます。

とはいっても、写真は利賀大橋ではなく、ヨッキ氏が「双竜湖(小牧ダム)に架かる巨大廃橋(跡) 歴史編」で調査結果を述べておられるように、昭和8年に突風で落橋した先代橋、「仙納原大橋」を写したものでした。昭和12年に竣工した利賀大橋も、最後は火災によって失われたそうですから、架橋地点としては、微妙にツキがなかったのかも知れません。

211130.jpgいや~、「船でしか行けない温泉」ならぬ、「(ほぼ)船からしか見られない遺構」、堪能させていただきました! 庄川遊覧船とも縁浅からぬ間柄の廃橋ですから、観光パンフレットなどでの案内も欲しいところ。(Googleマップには、西側主塔跡が観光名所として記載されていました)

旧利賀大橋が、屈曲の向こうに見えなくなったあたりで振り返って。山間ますます深く、緑ますます濃く。次は何が出てくるでしょう?
撮影地点のMapion地図

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…6』につづく)

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タグ : 庄川遊覧船 小牧ダム 庄川 絵葉書・古写真

庄川峡の船旅…4

(『庄川峡の船旅…3』のつづき)

211121.jpg山肌に軽く靄がかかるくらいの無風とあって、穏やかな川面を進む「クルーズ庄川」の乗り心地は、まさに滑るが如し。グリーンの水面を白く切り裂いて、後ろに伸びてゆく引き波も快く、川走り日和を噛みしめたものでした。

屈曲する河道をたどって、右へとゆるく舵を切っていた船が左へ戻し、少し視界が開けたかな、と思ったあたりで、前方に見えてきた構造物に目を奪われました。庄川峡、一つ目のハイライトというべき物件に接近したのです!


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ここは写真左手から合流してくる、利賀川との丁字流にあたる地点。その河口である岬状の突端に、黒々とそそり立つ門形の構造物が。吊橋の遺構ですね!

対岸、右手にも木々の間より、主塔の半ばから上がにょっきり顔を出しているのに気づきました。吊橋である中央の径間が撤去され、両岸の径間と主塔のみが放置されている状態だとわかりました。

211123.jpg
左手、東岸の方が露出度が高そうではあるので、左舷に移動してワクワクしながら接近を待つことしばし。おおお、第一印象よりずっと大きくて、厳めしい感じがするなあ‥‥。

この距離から眺めても、あたりを払う存在感がビリビリと伝わってきます。廃墟となってなお、目線を吸い寄せずにはおかない荘厳さ。山塊が限界まで細まり、険しい稜線がすとんと尽きかける、まさに岬のような地勢の先端に位置することも、その雰囲気を助長しているように思えました。

211124.jpg
左舷正横に来たところで、うまくシャッターが下りました。逆光に黒く沈んで、ディテールはいま一つ判別できませんでしたが、路面に生い茂る雑草が背高くそよ風になびいているさまを目にし、寂寥感とともに深い、深い感動が。人の手を離れてから久しいにもかかわらず、厳しい風雪に耐えてなお立つ健気さのようなものを、勝手に感じてこうべを垂れる船頭。

ところで左端の水際、赤丸に「8」と書いた標識様のものがありますね。この後もたびたび登場するので、改めて紹介します。

211125.jpg右手、西岸の主塔はご覧のとおりで、ほとんど木々に埋もれ、鑑賞するにはちょっと物足りない状況でした。背後に国道156号線のシェッドが見えますが、橋よりずっと高いところを走っていますね。

さて、この橋の正体は‥‥。イヤ、その筋には有名物件なので、正体も何もありませんが、詳しくは次回お話しましょう。
撮影地点のMapion地図

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…5』につづく)

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タグ : 庄川遊覧船 庄川