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初夢大妄想・ここに閘門が欲しい!

初夢をお題にするには、あまりにも遅すぎるのが痛いところなんですが、ギリギリ松の内ということで平にご容赦を。年に一度くらいは、自分の欲望に正直になろうと、日々めぐらしている妄想のうちの一つ、「ここに閘門があったら、すんごく楽しくなるんだがなあ」というあたりを、初夢をたてまえに垂れ流してみようと思います。

なお、以下はあくまで船頭個人の脳内にて、水運バカ的好都合が熟成した妄想であります、各方面の事情は一切考慮しておりませんので、この点あらかじめ、悪しからずご了承ください。

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その1・秋ヶ瀬取水堰に閘門を! 


荒川河口を隔てること約35kmの地点で遡上を阻む、ご存知、秋ヶ瀬取水堰。この下流側0.75km、秋ヶ瀬橋に至る区間は「施設管理区域」で立入禁止ですから、荒川の連続可航区間は34.25kmということになります。

秋ヶ瀬橋直下から、上流側はるかに堰を望むたび、「ここに閘門が設けられていたら、飛躍的に可航延長が伸びるのになあ」と、脳内では指をくわえてタメ息をつく思い。小瀑布をつくる左径間の調節ゲートが、閘門に見えて仕方がない(閘門設置の計画がかつて存在した、というのも手伝い!)のでありました。


ホンモノのGoogleマップで秋ヶ瀬取水堰を見る

まあ、最初は「ここは上水道の取水施設でもあるし、通航船の事故で水の汚染でもあったらことだから、仕方がないんだろうな」などと勝手に考えて、自分を納得させていたのですが、少し考えが改まったのは数年前、PWC(水上バイク)・トレーラブルジェットボートと乗り継いできた知人から、「秋ヶ瀬堰の上流で何度か走った」という話を聞いてから。

知人の話では、PWCがフリートを組んでの川走りも、結構盛んなのだとか。この話で、堰上流の可航区間が結構な延長で存在していること、また堰上流での動力船の航行が、少なくとも禁止されてはいない(いや、大目に見られているだけなのかしら? 乞うご教示)、ということがわかりました。
閘門さえ設けられれば、東京湾奥に注ぐ河川の中でも、群を抜いた大可航河川となれるわけだ荒川は! と、妄想が脳内をぐるんぐるん駆け回ったわけであります。

Googleの航空写真でざっと眺めたかぎりでは、埼玉県北本市・桶川市・比企郡川島町が境界を接するあたり、市野川との合流点あたり(Mapion地図)まではイケそうな気がするのですが、いかがでしょうか。経験者のお話をうかがいたいものです。

仮にこのあたりが可航区間の終点としても、河口から数えた延長はおよそ60km! 江戸川なら、関宿まで到達しようという距離です! 埼玉(さきたま、です。この場合は!)平野の内陸深く、くさびのように自艇を打ち込んでゆく快感を思うと、胸が躍るというか熱くなるというか一杯になるというか、まあコーフンして楽しいわけですわ!


ホンモノのGoogleマップでけしからん艇を見る

Google航空写真で仮想水路行を楽しんでいたら、上尾市のあたりでウェーキを白く引いて、楽しそうに遡上するけしからん艇(笑)を発見したりして、ますます思いが募る船頭。ああ、もったいない! こんなに気持ちよく走れる可航水路が、堰で塞がれているなんて!

何度か触れたように、閉塞水面にはあまり興味が湧かないたちなので、自艇でそのまま移動できる環境が大前提になります。やはり閘門が設けられたら…という妄想の方に、乏しい脳のリソースが割かれてしまうのでありました。

荒川でちょっと残念なのは、利根川・江戸川のように水運時代を語った本に乏しいこと(博物館の図録はあるのですが)。
かつては熊谷や寄居の近くにまで河岸場が開かれ、筏を含めた舟運は盛んで、下流部には川蒸気も就航していたのですが、どちらかというと支流である新河岸川の川越舟運の方が有名で、隅田川の区間をのぞく荒川本流は、いま一つ決め手というか、華に欠けるきらいがあるようですね。

利根川といえば高瀬舟、あるいは通運丸に代表される外輪川蒸気船、といったように、大可航河川には看板になる物語が必要と思います。荒川にも即座にイメージできるような、代表的な物語があれば、遡上もますます楽しいものになると思うのですが。

その2・行徳可動堰に閘門を!


新旧江戸川の分流点近くに位置し、容貌魁偉な堰柱が人目を引くローリングゲート・行徳可動堰にも閘門計画がある(あった?)ことは、過去ログ「行徳可動堰…の裏側」でも触れました。建造後55年を経て老朽化が進んだ現可動堰を廃し、上流に新しい堰を造る計画が持ち上がった際、閘門の設置も併せて検討されているというもの。

いうまでもなく、ここに閘門ができて通船可能になれば、千葉方面への航行がぐっと楽になります。荒川・旧江戸川河口から千葉まで、大した距離ではないといっても、ひとたび南風が吹けば波浪し、小型艇にとってツライどころか、航行困難な葛西沖を通らなくて済むというだけでも、福音といって大げさではありますまいよ!


ホンモノのGoogleマップで行徳可動堰を見る

また、江戸川本流に面したマリーナを母港とする艇なら、最短距離で直接東京湾奥へ出られるメリットも大きいでしょうね。逆に千葉方面から来航した艇が、強風時の避難港や、旧江戸川を経由した避航コースとして使うことも考えられるわけです。

旧江戸川が、沿海運河として活用される道も開くことになるわけで、閘門設置の意義は、決して少なくないものではないか…と妄想をたくましゅうしております。まあ、沿海運河としてさらに完璧なからしめるためには、以下の場所にも閘門をこしらえていただかなくてはと、愚考いたしておる次第でありますが。

その3・新川の東西にも閘門を!


中川から旧江戸川の妙見島北端付近まで、江戸川区の南部を貫く新川。かつては小名木川に続く、重要な沿海運河であったことはよく知られていますが、現在は水位低下化河川とされたものの、江東の各河川とは異なり、外部から入ることはできない閉塞水面となっているのもご存知のとおり。

ここも東西に閘門を造って、伝統ある運河としての機能を復活させていただきたいものです。先の行徳可動堰の閘門設置と併せて実現すれば、一都二県を縦断して、海に出ることなく船行きできる沿海平水航路が完成すると思うと、もう何だか誇大妄想がハト胸のようにむくむくふくらむ気分であります!


ホンモノのGoogleマップで新川東水門を見る

旧江戸川に面した新川東水門は、かつて新川が通船できたころに造られた(設備は更新されています)水門で、現在は新川が閉塞されたため、わずかな長さの水路に出入りできるのみとなっています。

この水門が残ったおかげで、旧江戸川の増水時はがっちり守ってくれますから、閘門は水門機能を兼ねなくともよいわけです。つまり、マイタゲートが活躍する場になる可能性も低からず、というわけ。北十間川に引き続き(『北十間川樋門の閘門化は成るのか?』参照)、都内に二つ目のマイタゲート登場! …となったら、実に楽しいのですが。


新川の西口たる中川畔は、かつてあった新川西水門が廃され、新川排水機場が周辺地域の排水を引き受けて活躍しています。

ここも閘門を併設してもらうことはもちろんですが、中川と荒川の間にある背割堤にも、通船のため水門か閘門を設けなくてはなりますまい。そう、かつてここにあった、船堀閘門の復活です!


ホンモノのGoogleマップで新川排水機場を見る

そう長くない区間に閘門三連発、都内を西から水路づたいに移動するなら、扇橋・荒川の二閘門も通って、さらに江戸川・行徳と合わせれば7閘門を連続通航する、理想的な(どこが)沿海運河が完成する! 単なる妄想なのに泣けてくるのはナゼだ! 本当に泣けてきたわ。

そうそう、新川といえば、ひとつすんごく気になる一件があったのを思い出しました。まずは「江戸川区景観まちづくり ワークショップニュース 第2号」(PDF、平成22年10月発行)の一枚目をご覧ください。

ページ右、「活動プラン3」の下に、
「新川~妙見島~浦安の旧定期航路に観光用蒸気船を復活させ、以前の特徴ある地域を復興させる。」
「他区と共同して、旧定期航路に蒸気船(通運丸)を観光船として復活させる。→歴史ある妙見島付近に一つの景観をつくり街を活性化させる。」


えっ。

新川と旧江戸川を通航可能にするだけでなく、通運丸を復活させるですって? そんなこと、できるんでしょうか? イヤ失礼、ぜひやってほしい!

もっとも、相手が通運丸となれば、船頭のみならず、ひとかたならぬ思い入れのある方も少なくない船です。実現のあかつきには、ぜひ物流博物館にご相談いただいたり、江別の上川丸(過去ログ『上川丸に会いにゆく…1』ほか参照)も見ていただいて、充分考証された素敵な船にしていただきたいものですね。コレジャナイ系の船にだけはならないよう、ご配慮を切にお願いしたいものです!

というわけで、下卑た欲望を全開にさせていただいたせいか、お陰さまで気分もだいぶさっぱりし、正月気分も抜けてきました。

浅瀬や立ち塞がるものにわずらわされることなく、どこまでもどこまでも遡上し、また水路をたどってゆきたいというのは、水路好きとして最も素朴な欲求ですが、やはりこうして妄想をめぐらしてみると、閘門を増やすほか手はないというのを、改めて実感した次第です、はい。

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タグ : 江戸川閘門 行徳可動堰 新川東水門 新川排水機場 秋ヶ瀬取水堰 閘門

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