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大岡川に拾う…1

(『新山下貯木場閘門の遺構』のつづき)

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大岡川の第一橋、北仲橋をくぐると、東詰に写真のような、ええ…意表を突いた看板が掲げられていて、しばし意識が吸い寄せられる二人。瞬時に「電磁波の恐怖」が思い出され、山口氏に「何だか、宗教くさいですよね?」などと、好き勝手な感想を口にしながら通過。

後に山口氏にお会いしたとき、「あの看板ですけど、どうやら我々は、まんまと作り手の思惑にはめられたみたいですよ」とニヤリ。帰宅してから検索してみると、う~ん、なるほど。何ともポジティブというか、もちろん宗教色などまったくない、力強いメッセージでした。皆さん、大方は我々と同じ第一印象だったようですね。看板を見られた方のブログでは、「フロントマンボイス 人間性回復のチャンス」が、とてもわかりやすくまとめられていたので、ぜひご覧ください。

77102.jpg本町6丁目の水辺は、デッキタイプのテラスが整備されていて、川面を眺めながらのんびりできそう。ただ、かなり低い位置に造られているので、潮位が高いときは水没するのでしょう。

手前に見える繋留用の杭も、上端にクリートが備えられ、乗降用のステップも柵と同じ高さまであることから、高潮位時の使用も前提にしていることがわかります。しかし、デッキが水没しているときは、使い勝手はよくなさそうですね。

77103.jpgそしておなじみ、都橋商店街の飲み屋さんコロニー。個人的には、数寄屋橋の外濠畔にかつてあった、屋台村が近代化したらこんな姿になったのでは…と妄想させる、水辺情緒あふれるところです。

山口氏と、護岸に残る荷揚場のかさ上げ跡を堪能。しかし、「繋留禁止」の標識が貼ってあるのはよいのですが、こんなとっかかりのない、しかもお他人様の店の前にもやう人は、まずいないと思われます…。

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飲み屋さん街に隣接する宮川橋をくぐりながら、桁裏の重厚なリベットや石材の水切りと、震災復興橋らしいディテールを味わう幸せ。橋脚の側面に、鉄筋が露出しているのが気になります。補修してあげてほしいですね。
撮影地点のMapion地図

77105.jpgこのあたりを流していていつも目を引かれるのは、川面と地面の近しさです。過去ログ「横浜の川をめぐる…6」でも触れたように、現在の大岡川・中村川に囲まれた釣鐘状の地域は、かつて遠浅の入江で、江戸時代に新田開発のため埋め立てて成立した土地柄ですから、地表高が低いのもむべなるかな。

しかし、巷間よく語られる「黒船来航前は一寒村だった横浜が、開港後は一躍大都市に…」というくだり、江戸期の大規模な開発ぶりを知って以来、どうも違和感をおぼえるようになりました。それだけの開発をして得た土地となれば、相応の「アガリ」があったはず。大きな街でないというだけで、それなりの実力を持った地域だったのではないかと、思えてなりません。


(23年10月10日撮影)

(『大岡川に拾う…2』につづく)

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タグ : 大岡川

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