加茂川・中海遊覧船に乗って…4

(『加茂川・中海遊覧船に乗って…3』のつづき)

79046.jpg屈曲区間を抜けたあたり、いわくありげな橋が見えてきました。橋の造りもそうですが、両橋詰の家も歴史がありそうで、遠目に見ても重要な橋であることがわかります。

橋の名前は京橋、その名のとおり、城下から京に至る街道に架けられた最初の橋。以前訪ねた松江にも京橋がありました(『松江堀川めぐり…10』参照)し、東京にかつてあった京橋も同じ伝ですね。

79047.jpg北詰東側にあった、蔵造りのお宅の水際部分で、気づいたことがありました。テラスの幅が狭く、基礎護岸に近い雰囲気で、左手に排水の溝が切られていること、ガーデニング(笑)が石垣前面に及び、一体化の度合いが濃いことです。

このあたりの基礎護岸は、今まで見た区間のテラスよりかなり古いものに違いありません。石垣の裾部分も護岸としっくりなじんで、覆い隠された感じはしませんでした。ともあれ、生活空間が水辺に向かって開けているのを見るのは、楽しいものです。

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こちらは帰路に撮ったものですが、下流側から見た京橋。RC橋ながら擬宝珠付きの高欄に、石垣で固めた橋台地、さらに橋台の上まで高欄をめぐらせているあたり、他の橋にはない「格の違い」を感じさせました。

79049.jpg南詰に見えた豪壮な白壁のお屋敷は、昭和49年に重要文化財に指定された、江戸時代以来の廻船問屋・後藤家の建物。寛政期(西暦1789~1800)以前の建築といいますから、貴重なものですね。
ここから眺めてもかなりの敷地であることがわかりますが、これでも往時より建屋の数は減っており、現在残っているのは母屋と一番蔵、二番蔵、味噌蔵のみなのだそう。

後藤氏は、内田氏と並び称された米子の豪商で、日野の鉄や弓ヶ浜の木綿といったご当地の産物を扱い、財をなしたのだとか。商都米子の繁栄ぶりがしのばれる建物です。

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歴史ある家並を眺めながらさらに下ると、北岸に灘町のあるあたりで河道はふたたびの屈曲。ゆく手が開けてきました、いよいよ中海が近づいてきたようです。
撮影地点のMapion地図

(23年11月9日撮影)

(『加茂川・中海遊覧船に乗って…5』につづく)

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タグ : 旧加茂川 加茂川・中海遊覧船

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