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みなとぴあの復元堀

(『新潟大堰…4』のつづき)

70116.jpg途中で昼食を済ませて、急ぎ県庁前船着場に戻ってくると、すでに13:20発みなとぴあ行きの便が、着岸体勢に入ったところでした。往航と同じアナスタシア号、またお世話になります。

下航便でも、いったんぐるりと回頭して船首を川上側に向けてから、達着コースに入ります。

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幸いにも後部デッキは空いていて、慣れない炎天下の輪行でちょっと疲れてきたこともあり、後半はベンチに座って、のんびり航跡を眺めて過ごしました。

70118.jpg豪快に作業を続けている浚渫船・第二翠龍号の横を通って、アナスタシア号はみなとぴあ船着場に接岸。新しいお客さんを乗せて、忙しくもやいを解いて上流に向かってゆきました。

さて、お次は新潟市歴史博物館・みなとぴあの見学だ! 船着場の目の前という交通至便さ、機嫌の悪かろうはずはありません。

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博物館の周りは公園として整備されており、旧新潟税関庁舎や旧第四銀行住吉町支店などの移築・復元された歴史的建造物の間に、やはり当時の雰囲気をイメージした短い堀割が何本か造られていて、かつてをしのぶことができます。

写真は復元建造物である石庫(保税倉庫)と、やはり「イメージ復元」されたという早川堀。関東でいうダシ(石段)が造りこまれていて、石垣の護岸や柳の並木とあわせ、柳と水路の街であった、昔の新潟が髣髴できる角度です。

70120.jpg現在も残る艀川岸、西堀通、東堀通といった町名でもおわかりのように、河畔の都市の例にもれず、新潟もまた水運のための堀割が縦横に走っていた「水路の街」だったわけです。(新潟街角今昔堀があった頃』に素晴らしい写真と記事があります、必見!)

旧市街(いわゆる『新潟島』の東部)にあったこれらの堀は、戦後埋め立てられて道路の拡幅に利用され、現存するものはありません。今はこうして、復元堀でかつてをしのぶよりほかないわけです。

街の規模や水路の幅など、さまざまな条件が異なりますから一概にはいえませんが、こうした例を目の当たりにすると、東京や大阪、そして横浜にも十分ありえた結末であることが感じられ、例え数を減らそうが、高架で覆われようが、まだ少なくない可航水路が息づいてくれていることに、大いに感謝せずにはいられなくなったことでした。
撮影地点のMapion地図

(23年8月9日撮影)

(『新潟市歴史博物館と河畔散歩』につづく)

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タグ : 信濃川ウォーターシャトル 新潟市歴史博物館みなとぴあ 信濃川 水上バス

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