奈良ドリームランドの「通運丸」

10年ほど前の話になります。昔の模型工作雑誌が好きで、色々と調べたいこともあって、古書店に通っては集めていたんですが、写真の「模型とラジオ」(科学教材社刊)昭和36年10月号を開いて、オッと注目した記事がありました。

巻頭のグラフで「日本にできた『ゆめの国』奈良のドリームランド」と題し、今は亡き奈良ドリームランドの開園を報じていたのですが、驚いたのは乗物の中で、外輪船があったこと。

それもよくある米国風をモディファイしたような、国籍不明のものではなく、明らかに国産の、しかも川蒸気をプロトタイプにしたと思しき外観のもの。コレハ! と目を見開いて、キャプションを読んでみると…。

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写真左下は過去の国の湖を航行しているこの外輪船は、当時の船を5/8に縮尺したもので、ディーゼルエンジンの150人乗りで明治時代に河蒸気と呼ばれ活躍していたものです。」(原文ママ)

河蒸気」の文字に「やはり!」とがぜん興奮させられ、写真を穴のあくほど見つめてみても、記事の扱いは小さく、スプラッシャーに書かれた船名までは判読できず、かろうじて三文字なのがわかる程度。目を凝らすと「通運丸」と読めてしまうのは欲目か…。
ちなみに、いま一隻の船は帆船「おしょろ丸」のレプリカ。実物は明治42年竣工の漁業練習船(『練習船忍路丸(初代)北海道大学水産学部を参照)で、船好きをおびき寄せようとしたかのような、渋すぎるラインナップには泣かせるものがありました。

ほかにも、1号機関車や弁慶号を先頭にした列車、ナローゲージらしい鉄道馬車、クラシックカーと乗物が紹介され、どれもアレンジはされているものの、乗り物好きの目から見てもそう勘違いした外観ではなく、許容範囲に収まっているというか、どこかそそるものがあることに気づかされました。

いつか見に行きたいなあ、でも、開園からすでに40年、船などはさすがに廃止されてしまっただろう…などと考えて数年がたったある日。乗り物好きの友人たち6人と、関西に旅行する計画が持ち上がったのを幸い、ドリームランドを旅程に入れることを提案、訪問成ったわけであります。

まあ、この時点で二隻の船はとっくに廃止されていたことはわかっていたので、何か痕跡でもあれば、と期待して出かけたのですが、残念ながらそれらしいものは見つけられませんでした。それでも、ほど良くアナクロなアトラクションを味わい、鉄道馬車の「廃線跡」を見つけて喜んだりと、大いに楽しんだものでした。

特に、弁慶号や1号機関車の、思った以上にらしく造られた「本気度」には、北米のディズニーランドに範を取りつつも、日本らしい独自色を打ち出そうとしていた創業者の心意気を、垣間見たような気がしたものです。おしょろ丸や川蒸気も、そうした線に沿って選ばれたものだったのでしょう。



▲船たちがなくなっていたので、代わりに「外周列車」の車輌でドリームランドの「本気度」をご覧いただきましょう。
(上写真)弁慶号牽引の、幌内風客車の台車をのぞいてみたら、なんと軸箱守がちゃんと鋳物で、しかも銘まで再現され、そればかりか車輪が松葉スポークなのに驚愕。
(下写真)訪問時は車庫で眠っていた1号機関車。製造から40余年を経てイイ感じに古び、もはやまごうかたなき古典機の趣き。車庫の壁面さえ見なければ、転売先の地方鉄道で放置されるバルカンの末路といった風情。
鉄道がこのレベルなら、通運丸やおしょろ丸も、さぞそそる造りであったろうと思うと、まことに残念。アップの写真をお持ちの方、また2隻のその後をご存知の方、ご連絡をお待ちしております。
(上写真・馬子氏、下写真・cjm氏撮影)



思い出話はともかく、きっかけとなった肝心の写真は小さくて、水運趣味話の肴としてはいま一つ。まあそれ以前に、雑誌の記事を勝手に転載するわけにもゆかず、どうしたものかと思っていたところ、「NARA Dreamland 奈良夢の国、非公式ページ」というサイトに出会いました。

ドリームランドへの愛情にあふれた素晴らしいサイトで、開園の経緯から全盛期の様子、各乗物の詳細から閉園に至るまで、貴重な資料が豊富に掲載されており、遊園地の愛好家にとっては、一級の史料ともいえる内容に仕上がっています。

個人的に気になるのは、何といっても川蒸気とおしょろ丸。拝見していると、開園当時の案内パンフレットを紹介しているページがあったので、一つづつめくってみたら…あった! 「開園当時の公式ガイドブック」の18ページ目船名は「第36通運丸」! やはり、通運丸がモデルだったんだ!

おしょろ丸が載ったページはこちら。こちらにも第36通運丸が写っていますね。こんな通好み(?)の、しかも「コレジャナイ系」でない、キチンと造られたフネブネが、遊園地の乗り物だったなんて…。
写真の美しさもあいまって、素晴らしすぎて涙が出てきます。お陰さまで謎が氷解しました。ありがとうございました!

これに勢いを得て、何かないかしらとさらに検索してみると、前後篇に分かれた開園当時の動画がアップされているのを発見。根気よく眺めていたら、一瞬だけ通運丸が出てきたのです!
下に掲げた「奈良の夢の国 ドリームランド 後編」6分27秒あたり、「第参拾六 通運丸」と大書きされたスプラッシャーがアップで! これにも興奮させられました。
(後で、上記のサイト主がアップされた動画であることが判明。)


第36通運丸といえば、川蒸気がお好きな方はピンと来たのではないでしょうか。
87船体が造られたといわれる通運丸の中で、唯一図面が残された船(『川の上の近代』にも掲載されています)です。まだ川蒸気の研究も、今ほど進んでいなかった時代、この図面が載っている本を知っていて、なおかつドリームランドの乗り物として、採用させた人物は一体誰だったのでしょうか? 気になって仕方がありません。

さて、この「ドリームランドの通運丸」、では図面通りのカタチをしているかと言うと、そうではありません。第36通運丸も、今までご覧にいれた川蒸気たちと同じく、一層の船室で、前端に操舵室を持つオーソドックスなスタイルの川蒸気でした。

ただし図面は、屋根上にオーニングを張って臨時の2階を設け、さらに二本のマストを立てた状態を示しています。これでは橋をくぐることはできませんから、河川航路でなく、東京湾内や霞ヶ浦などに就航するときは、こういったこともできますよ、といった、ひとつの状態を図示したものと思われます。

「ドリームランドの通運丸」は、操舵室が2階に上げられ、1階に連続した船室はなしといったところはえらい改竄(?)ぶりで、「コレジャナイ系」の匂いもしますが、2本のマストや船首ブルワークの飾りなど、図面を参考にしたことがうかがえる点もあって、全体としては違和感なくまとまっていると思います。

それこそ、昭和初期の水郷汽船が、霞ヶ浦や水郷で就航させていてもおかしくないくらいの雰囲気は、備えているように思えるのです。「実物大のフリーランス・モデル」といったところでしょうか。このあたりのアレンジの小気味よさ、設計や企画に携わった方のお話をうかがってみたくなるほどです。

過去ログで紹介した、江別にある川蒸気船「上川丸」(『上川丸に会いにゆく…1』ほか参照)の実物大模型を見に行ったとき、「これが実際に走ったら、素晴らしいだろうなあ」とタメ息をついたものですが、すでに半世紀前、奈良ドリームランドは、国産川蒸気の名を掲げた船を走らせていたわけです。

川蒸気を好いてきた者にとって、まさに「夢の国」だったわけですが、それも今や露と消え、夢のまた夢になってしまったことは、惜しんでも余りあるところではあります。せめてここで、ささやかながら顕彰し、その意気やよしと、記憶にとどめてゆきたいものです。

【23年6月23日追記】馬子氏、cjm氏撮影の写真を追加させていただきました。

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タグ : 通運丸 川蒸気船 奈良ドリームランド

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