平成7年のスナップに拾う

いずれも平成7年8月初旬に撮ったもので、懐かしい、などというのは大げさな気がしないでもありませんが、この足掛け17年間の水辺の変貌ぶりは凄まじく、こうして眺めてみると、当時は想像もつかないような変わり方をした場所も少なくありません。
●カメラは家から持ち出した安物の一眼レフで、舵を取りつつ扱うには鈍重過ぎ、フィルムも限られていたこともあって、勢い撮る数も少なくなろうというもの。「アレを撮っておけばよかった!」と、後でずいぶん後悔させられたものでした。
ここでも懐かしくなるというか、軽快で思うさま撮れる、デジカメのありがたさを改めて実感してしまいます。まあ、写真のまずさはこのころから相変わらずですが、お目汚しまで。
【↓「続きを読む」をクリックしてご覧ください】

東京湾口、三浦半島南部の東岸は、変化に乏しい金田湾の長汀が伸びる、ちょっと心細くなるような海域で、この煙突群が見えるとホッとさせられたものです。
震災以来の電力不足で、最近運転を休止したここにも、にわかに注目が集まりつつありますが、高度成長期の工業地帯を支えた老兵といってもよい発電所、「再度のご奉公」となるのでしょうか。

●第一航路から東京港内に入ると、観光汽船の「遊」が、トップまでお客さんを満載して横切ってゆきました。
近年では、毎年夏に「ゴーイングメリー号」に扮していた印象が強い船で、寄る年波かちょっとくたびれた雰囲気でしたが、この写真ではまだ就航から間がないのか、はつらつとした若々しい感じがします。
あれ? 今、観光汽船のサイトを見たら、「船の紹介」のリストから「遊」が外されている…。検索では「遊」のページに直接飛べるので、リンクだけ外されたのですね。ううん、いよいよ引退でしょうか。

今や港内から眺めると、特に西岸地域は壁のようにビルが連なっていますから、そりゃ屏風を立てたようなもので、夏は陸側に熱もこもろうというものです。

●晴海埠頭には「にっぽん丸」が接岸中でした。昨年春、「新装『にっぽん丸』来航」で、紺色に塗り替えられた大改装後の姿を掲載しましたが、このころは白一色、就航から5年目の姿です。
こちらも同様、背後にはまだタワーマンションも清掃工場の煙突もなく、船ウォッチにはもってこいのロケーションでした。

都心にほど近い運河で、自衛隊艦艇の建造・修理風景が堪能できたなんて、今考えると夢のようでもあります。
ららぽーとができてからの近いアングルの写真は…過去ログ「アーバンランチで東京港をゆく…7」あたりでしょうか。
ちなみに右にもやっているフネは、当時最新型の護衛艦「むらさめ」。本工場で建造・進水し、岸壁で艤装の最中です。左は修理か改装中でしょうか、「むらさめ」の先輩である護衛艦「さわゆき」。こちらも本工場の生まれです。

林立するクレーン群や、「No2 DOCK」と書かれた扉船など、周囲のディテールも魅力的なので、あえてトリミングせずに入れてみました。

●これはおなじみ、東京都専用線の遺構である鉄橋ですが、今回改めて見てみると、まだこのころはわずかに塗装が残っていたのですね。今は錆色一色で、かえってキレイ(?)なくらいです。
確かこのころまで(もう少し昔だったかも)、晴海埠頭には結構な長さの線路が残っていて、友人と両渡り線のポイントを動かして遊んだり、倉庫の中に放置されていた機関車をのぞきに行ったりした覚えがあります。

先代の震災復興橋時代は、その名のとおり中之島を挟んで2本の橋が架かっていたここも、この工事で越中島と中之島の間が埋め立てられ、橋は南側の1本のみとなったのです。写真右手に、完成した取り付け道路の土堤道が見えていますね。

ご存じのとおり、休止となってもう10年近くになる航路の船だけに、今考えると、もっと撮っておけばよかったと悔やまれるのですが、これが唯一の写真となってしまいました。
キャビンの窓は全長の割に大きく取られ、眺望もよさそうで、後部オープンデッキに加えてトップデッキもあるなど、小型ながら装備は充実していることがうかがえます。航路休止後も、どこかに譲渡されて元気にしているのでしょうか。

●新砂水門は、今と変わりがないように見えますが、よく見るといくつか小さな変化がありました。
この写真で操作室前に掲げられている、水深を示す掲示板は現在撤去されており、この手前にある旧砂町水門の跡に、電光掲示板が新設されました。細かい点では、監視カメラの位置も移動しています。

●ふたたび晴海埠頭。「にっぽん丸」を見たおそらく翌日、今度は「ふじ丸」が接岸していました。こちらも改装され、現在はこの写真とはだいぶ違った船容になっています。

どちらもきちんと塗装されているというだけで、もはや懐かしい写真になってしまいました。目につく電車がほとんどすべて、アルミやステンレスの生地むき出しの時代が来ようとは、夢にも思いませんでしたから。

朝もやの残る水面に爆音を響かせて、次々と目前を過ぎゆく曳船たちの血沸き肉躍るシーン。運河の一日の始まりに立ち会えたような気がして、すっかり嬉しくなったのを覚えています。

●最後に、先代艇のスナップを。まあ、これといった装備もない、原形に近い艇で数日間、艇内泊を続けながら航行したものだと、今となってはタメ息が出るばかりです。
凌波性はいま一つでしたが、とにかく肉厚で頑丈、しかも安定性が良く操縦しやすいこの艇で入門できたことは、自分にとって幸せなことでした。

にほんブログ村
- 関連記事
コメント
コメントの投稿