水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ

先日の分水路ツアーの折にいただいた資料をもとに、以前Googleマップ上に作った「神田川・お茶の水分水路略図」に追記し、題も「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」と改めてみました。

以下、神田川の可航分水路2系統3区間についての、船頭なりのまとめということで、気になったところをかいつまんでご紹介できればと思います。過去の記事「分水路まつり覚え書き」、「お茶の水分水路覚え書き」と、あわせてご覧いただければ幸いです。


ホンモノのGoogleマップで神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図を表示

「続きを読む」をクリックしてご覧ください
いただいた資料は、「都市の中の治水事業 まちと水路(神田川・水道橋分水路)」および、「お茶の水分水路 水害のないまちを目指して 都市を洪水から守る治水事業―神田川」の二つのパンフレットで、いずれも東京都建設局河川部・東京都第一建設事務所の発行によるもの。発行年は記載がないためわかりません。

ツアーに先立って、JTBスタッフを通じて説明のための資料の有無を打診したところ、文京区よりこの二つのコピーをご提供いただきました。関係者の皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。

図版の転載は差し障りがあるのでできませんが、記載されたデータのうち、役立ちそうなものは可能な限りGoogleマップに反映させました。今後も気付いた点があったら、随時追記してゆくつもりです。

そうそう、ひとつ愚痴を言わせていただくと、分水路の経路は、「シェイブ」なる囲んだ範囲に色付けするツールで描いたのですが、これがどうも思い通りに行きません。

カーブや開口部など、ディテールはできる限り正確に描くようつとめたものの、いったん保存して後日見ると、カーブが略されて角張っていたり、開口部の出っ張りが直線で斜めに結ばれてしまっていたりと、勝手に変形することおびただしい。
まあ、無料で貸していただいているものなので、クレームは付けますまいが、そのあたりを含んだ上でご覧いただければ幸いです。

データはマップをご覧いただくとして、以下、今回資料を拝見して、興味深かった点をいくつかお話したいと思います。

「ゼロ号分水路」! 大曲分水路

やはり一番興味を惹かれたのは、水道橋分水路の施工区間でしょう。資料の平面図によると、白鳥橋~船河原橋までの680mが昭和41~45年度施工、船河原橋~小石川橋まで430mが第一期工事、小石川橋~水道橋まで530mが第二期工事とあり、ともに昭和54~61年度の施工となっています。

おやと思ったのが、白鳥橋~船河原橋までの680m。第一期・第二期という工区から外れているばかりか、竣工年に16年もの隔たりがあります。さらに妙なのが、平面図に「(旧大曲分水路)」と、カッコつきで注釈があったこと。
何と! この区間、昔は違う名前を名乗っていたのか!

ちなみに、非可航区間の分水路である、高田馬場分水路が昭和43~57年度、江戸川橋分水路が47~52年度の施工だそう。現在、水道橋1号分水路の上流部である「旧大曲分水路」は、どの分水路よりも早く起工し、また竣工したことになりますね。いわば先行試作の「ゼロ号分水路」だったのかもしれません。

ここでふと思い当ったのが、「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6」でも触れた、屈曲区間の天井に補修したような跡があった部分。
ここ()、「旧大曲分水路」を、現在の水道橋1号分水路に接続した地点ではないでしょうか?

26045.jpg

「旧大曲分水路」が、船河原橋の近くにせよ、どこに吐口を開いていたのかは、残念ながら資料ではわかりませんでした。しかし、どの呑口・吐口にも立派な銘板を掲げている(後述)可航区間の3分水路で、唯一、水道橋2号分水路の呑口のみ銘板がなく、どこかとってつけたような印象があるのは、このためだったのだなと、妙に腑に落ちるものがありました。

水道橋1号分水路吐口にも銘板があった!

26017.jpg頭上の植え込みから蔦がスダレのように垂れ下がり、夏などはすっかり覆われて涼しげ(?)な風情の、水道橋下流北岸にある開口部。

おなじみ水道橋1号分水路吐口・お茶の水分水路呑口ですが、ここにも立派な銘板があることが、パンフレットに掲載された竣工当時の写真で確認できました。

もっとも、蔦の繁茂ぶりから見て、完全に覆われてしまったのだろうと思っていたら、今回のツアーで直前を徐航して眺めたところ、かろうじて一文字が露出していることが判明。

蔦ばかりでなく、花壇から絶えず染み出す水で、汚れや錆もひどく本当にかろうじて、といった感じでしたが、何とか存在を確認できます。前を通る際には、ぜひよく見てあげてくださいね。上流から2径間目の上です。

お茶の水分水路・シールド区間最下流部はやはり「下がって」いた

26094.jpg
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…6」でもそんな話をしましたが、これも資料に縦断面図が載っていたので、確認できました。下流開鑿区間との接続点から、シールド区間は直径をそのまま、カクンと下に下がったような形で掘り抜かれています。

下げられた区間の水深はA.P.-4.7m、図面上では、シールド区間半ばまで下げられたまま水平に推移し、途中で短い勾配区間を経て、再び水平となり発進縦坑まで水深A.P.-3.0mとのこと。

図面は大まかな目盛しか載っていないので、注記がある以外の部分は詳しいことはわかりませんが、シールド区間の最低天井高は差し引きA.P.+4.1m、昌平橋下流の吐口附近の天井高はA.P.+4.5m前後と思われます。

水面上高さはともかく、以前も触れたように、水深は小型船舶の可航水路として十分で、全く問題はありません。

地震後の分水路は…?

上のようなことを書いておきながら、水をかけるような話で恐縮ですが、先日の地震で分水路はどうなったのか、気になるところです。

もちろん崩落があったりしたら、地上もただでは済みませんし、分水路としての機能に差し障りが出ますから、すぐに補修が入るでしょうが、壁面の剥落やクレーンのレールの落下、亀裂による漏水などが起こっているかもしれないことは、充分に考えられます。

ましてやここは治水施設で、交通路ではありませんから、すぐに安全確認がなされることは考えにくく、あっても当分先といっていいでしょう。うかつに入ってみて事故を起こしたとあっては、各方面に迷惑がかかりますし、最悪の場合、事故を契機に船艇は進入禁止、ということも考えられます。

とても残念ですが、以上のことから、自分にとっては先日のツアーを最後に、分水路通航は当分お預け、ということになりそうです。

分水路ツアーのレポート

こちらでお約束したとおり、先日のツアーに参加してくださった方々が、ブログにレポートをアップしてくださっていますので、私の気付いた順に、以下にご紹介させていただきます。

暗渠のウルトラマンをゆく暗渠さんぽ
神田川暗渠クルーズ(お茶の水分水路、水道橋分水路)に行ってきましたぼくのミステリな備忘ログ
東京水路#01
東京水路#02
東京水路#03
東京水路#04
東京水路#05
(以上、撮るだけ撮ったら腹ごしらえ

【25年6月2日追記】
分水路航行記事へのリンク集

検索などで、本記事を最初に読まれる方が少なくないようなので、以下に過去の分水路航行記事を、区間別にご案内させていただきます。各項目内の配列は時系列順です。
ここにリンクした以外でも、分水路が登場する記事はありますが、それらはタグ「分水路」でご覧ください。
また、航行に当たっては、「神田川・分水路の通航について」も、参照していただければ幸いです。

水道橋1号分水路
神田川分水路まつり…2
神田川分水路まつり…3
神田川分水路まつり…4
神田川分水路まつり…9
神田川分水路まつり…10
神田川分水路まつり…11
神田川分水路まつり…12
神田川分水路まつり…13

分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…1
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…3
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…4
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…5
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…7
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…8
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…9

水道橋2号分水路
神田川分水路まつり…4
神田川分水路まつり…5
神田川分水路まつり…6
神田川分水路まつり…7
神田川分水路まつり…8
神田川分水路まつり…9

お茶の水分水路
神田川分水路まつり…13

分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…0
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…1
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…2
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…3
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…4
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…5
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…6
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…7
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村
関連記事

タグ : 水道橋分水路 お茶の水分水路 分水路 神田川

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する