水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ
●先日の分水路ツアーの折にいただいた資料をもとに、以前Googleマップ上に作った「神田川・お茶の水分水路略図」に追記し、題も「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」と改めてみました。
以下、神田川の可航分水路2系統3区間についての、船頭なりのまとめということで、気になったところをかいつまんでご紹介できればと思います。過去の記事「分水路まつり覚え書き」、「お茶の水分水路覚え書き」と、あわせてご覧いただければ幸いです。

ホンモノのGoogleマップで神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図を表示
【↓「続きを読む」をクリックしてご覧ください】
以下、神田川の可航分水路2系統3区間についての、船頭なりのまとめということで、気になったところをかいつまんでご紹介できればと思います。過去の記事「分水路まつり覚え書き」、「お茶の水分水路覚え書き」と、あわせてご覧いただければ幸いです。

ホンモノのGoogleマップで神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図を表示
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●いただいた資料は、「都市の中の治水事業 まちと水路(神田川・水道橋分水路)」および、「お茶の水分水路 水害のないまちを目指して 都市を洪水から守る治水事業―神田川」の二つのパンフレットで、いずれも東京都建設局河川部・東京都第一建設事務所の発行によるもの。発行年は記載がないためわかりません。
ツアーに先立って、JTBスタッフを通じて説明のための資料の有無を打診したところ、文京区よりこの二つのコピーをご提供いただきました。関係者の皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。
●図版の転載は差し障りがあるのでできませんが、記載されたデータのうち、役立ちそうなものは可能な限りGoogleマップに反映させました。今後も気付いた点があったら、随時追記してゆくつもりです。
●そうそう、ひとつ愚痴を言わせていただくと、分水路の経路は、「シェイブ」なる囲んだ範囲に色付けするツールで描いたのですが、これがどうも思い通りに行きません。
カーブや開口部など、ディテールはできる限り正確に描くようつとめたものの、いったん保存して後日見ると、カーブが略されて角張っていたり、開口部の出っ張りが直線で斜めに結ばれてしまっていたりと、勝手に変形することおびただしい。
まあ、無料で貸していただいているものなので、クレームは付けますまいが、そのあたりを含んだ上でご覧いただければ幸いです。
●データはマップをご覧いただくとして、以下、今回資料を拝見して、興味深かった点をいくつかお話したいと思います。
「ゼロ号分水路」! 大曲分水路
やはり一番興味を惹かれたのは、水道橋分水路の施工区間でしょう。資料の平面図によると、白鳥橋~船河原橋までの680mが昭和41~45年度施工、船河原橋~小石川橋まで430mが第一期工事、小石川橋~水道橋まで530mが第二期工事とあり、ともに昭和54~61年度の施工となっています。
●おやと思ったのが、白鳥橋~船河原橋までの680m。第一期・第二期という工区から外れているばかりか、竣工年に16年もの隔たりがあります。さらに妙なのが、平面図に「(旧大曲分水路)」と、カッコつきで注釈があったこと。
何と! この区間、昔は違う名前を名乗っていたのか!
ちなみに、非可航区間の分水路である、高田馬場分水路が昭和43~57年度、江戸川橋分水路が47~52年度の施工だそう。現在、水道橋1号分水路の上流部である「旧大曲分水路」は、どの分水路よりも早く起工し、また竣工したことになりますね。いわば先行試作の「ゼロ号分水路」だったのかもしれません。
●ここでふと思い当ったのが、「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6」でも触れた、屈曲区間の天井に補修したような跡があった部分。
ここ(↓)、「旧大曲分水路」を、現在の水道橋1号分水路に接続した地点ではないでしょうか?

●「旧大曲分水路」が、船河原橋の近くにせよ、どこに吐口を開いていたのかは、残念ながら資料ではわかりませんでした。しかし、どの呑口・吐口にも立派な銘板を掲げている(後述)可航区間の3分水路で、唯一、水道橋2号分水路の呑口のみ銘板がなく、どこかとってつけたような印象があるのは、このためだったのだなと、妙に腑に落ちるものがありました。
水道橋1号分水路吐口にも銘板があった!
●頭上の植え込みから蔦がスダレのように垂れ下がり、夏などはすっかり覆われて涼しげ(?)な風情の、水道橋下流北岸にある開口部。
おなじみ水道橋1号分水路吐口・お茶の水分水路呑口ですが、ここにも立派な銘板があることが、パンフレットに掲載された竣工当時の写真で確認できました。
●もっとも、蔦の繁茂ぶりから見て、完全に覆われてしまったのだろうと思っていたら、今回のツアーで直前を徐航して眺めたところ、かろうじて一文字が露出していることが判明。
蔦ばかりでなく、花壇から絶えず染み出す水で、汚れや錆もひどく本当にかろうじて、といった感じでしたが、何とか存在を確認できます。前を通る際には、ぜひよく見てあげてくださいね。上流から2径間目の上です。
お茶の水分水路・シールド区間最下流部はやはり「下がって」いた

●「分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…6」でもそんな話をしましたが、これも資料に縦断面図が載っていたので、確認できました。下流開鑿区間との接続点から、シールド区間は直径をそのまま、カクンと下に下がったような形で掘り抜かれています。
下げられた区間の水深はA.P.-4.7m、図面上では、シールド区間半ばまで下げられたまま水平に推移し、途中で短い勾配区間を経て、再び水平となり発進縦坑まで水深A.P.-3.0mとのこと。
●図面は大まかな目盛しか載っていないので、注記がある以外の部分は詳しいことはわかりませんが、シールド区間の最低天井高は差し引きA.P.+4.1m、昌平橋下流の吐口附近の天井高はA.P.+4.5m前後と思われます。
水面上高さはともかく、以前も触れたように、水深は小型船舶の可航水路として十分で、全く問題はありません。
地震後の分水路は…?
●上のようなことを書いておきながら、水をかけるような話で恐縮ですが、先日の地震で分水路はどうなったのか、気になるところです。
もちろん崩落があったりしたら、地上もただでは済みませんし、分水路としての機能に差し障りが出ますから、すぐに補修が入るでしょうが、壁面の剥落やクレーンのレールの落下、亀裂による漏水などが起こっているかもしれないことは、充分に考えられます。
●ましてやここは治水施設で、交通路ではありませんから、すぐに安全確認がなされることは考えにくく、あっても当分先といっていいでしょう。うかつに入ってみて事故を起こしたとあっては、各方面に迷惑がかかりますし、最悪の場合、事故を契機に船艇は進入禁止、ということも考えられます。
とても残念ですが、以上のことから、自分にとっては先日のツアーを最後に、分水路通航は当分お預け、ということになりそうです。
分水路ツアーのレポート
●こちらでお約束したとおり、先日のツアーに参加してくださった方々が、ブログにレポートをアップしてくださっていますので、私の気付いた順に、以下にご紹介させていただきます。
●暗渠のウルトラマンをゆく(暗渠さんぽ)
●神田川暗渠クルーズ(お茶の水分水路、水道橋分水路)に行ってきました(ぼくのミステリな備忘ログ)
●東京水路#01
東京水路#02
東京水路#03
東京水路#04
東京水路#05
(以上、撮るだけ撮ったら腹ごしらえ)
【25年6月2日追記】
分水路航行記事へのリンク集
●検索などで、本記事を最初に読まれる方が少なくないようなので、以下に過去の分水路航行記事を、区間別にご案内させていただきます。各項目内の配列は時系列順です。
ここにリンクした以外でも、分水路が登場する記事はありますが、それらはタグ「分水路」でご覧ください。
また、航行に当たっては、「神田川・分水路の通航について」も、参照していただければ幸いです。
●水道橋1号分水路
神田川分水路まつり…2
神田川分水路まつり…3
神田川分水路まつり…4
神田川分水路まつり…9
神田川分水路まつり…10
神田川分水路まつり…11
神田川分水路まつり…12
神田川分水路まつり…13
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…1
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…3
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…4
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…5
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…7
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…8
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…9
●水道橋2号分水路
神田川分水路まつり…4
神田川分水路まつり…5
神田川分水路まつり…6
神田川分水路まつり…7
神田川分水路まつり…8
神田川分水路まつり…9
●お茶の水分水路
神田川分水路まつり…13
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…0
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…1
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…2
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…3
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…4
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…5
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…6
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…7
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11

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ツアーに先立って、JTBスタッフを通じて説明のための資料の有無を打診したところ、文京区よりこの二つのコピーをご提供いただきました。関係者の皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。
●図版の転載は差し障りがあるのでできませんが、記載されたデータのうち、役立ちそうなものは可能な限りGoogleマップに反映させました。今後も気付いた点があったら、随時追記してゆくつもりです。
●そうそう、ひとつ愚痴を言わせていただくと、分水路の経路は、「シェイブ」なる囲んだ範囲に色付けするツールで描いたのですが、これがどうも思い通りに行きません。
カーブや開口部など、ディテールはできる限り正確に描くようつとめたものの、いったん保存して後日見ると、カーブが略されて角張っていたり、開口部の出っ張りが直線で斜めに結ばれてしまっていたりと、勝手に変形することおびただしい。
まあ、無料で貸していただいているものなので、クレームは付けますまいが、そのあたりを含んだ上でご覧いただければ幸いです。
●データはマップをご覧いただくとして、以下、今回資料を拝見して、興味深かった点をいくつかお話したいと思います。

やはり一番興味を惹かれたのは、水道橋分水路の施工区間でしょう。資料の平面図によると、白鳥橋~船河原橋までの680mが昭和41~45年度施工、船河原橋~小石川橋まで430mが第一期工事、小石川橋~水道橋まで530mが第二期工事とあり、ともに昭和54~61年度の施工となっています。
●おやと思ったのが、白鳥橋~船河原橋までの680m。第一期・第二期という工区から外れているばかりか、竣工年に16年もの隔たりがあります。さらに妙なのが、平面図に「(旧大曲分水路)」と、カッコつきで注釈があったこと。
何と! この区間、昔は違う名前を名乗っていたのか!
ちなみに、非可航区間の分水路である、高田馬場分水路が昭和43~57年度、江戸川橋分水路が47~52年度の施工だそう。現在、水道橋1号分水路の上流部である「旧大曲分水路」は、どの分水路よりも早く起工し、また竣工したことになりますね。いわば先行試作の「ゼロ号分水路」だったのかもしれません。
●ここでふと思い当ったのが、「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6」でも触れた、屈曲区間の天井に補修したような跡があった部分。
ここ(↓)、「旧大曲分水路」を、現在の水道橋1号分水路に接続した地点ではないでしょうか?

●「旧大曲分水路」が、船河原橋の近くにせよ、どこに吐口を開いていたのかは、残念ながら資料ではわかりませんでした。しかし、どの呑口・吐口にも立派な銘板を掲げている(後述)可航区間の3分水路で、唯一、水道橋2号分水路の呑口のみ銘板がなく、どこかとってつけたような印象があるのは、このためだったのだなと、妙に腑に落ちるものがありました。


おなじみ水道橋1号分水路吐口・お茶の水分水路呑口ですが、ここにも立派な銘板があることが、パンフレットに掲載された竣工当時の写真で確認できました。
●もっとも、蔦の繁茂ぶりから見て、完全に覆われてしまったのだろうと思っていたら、今回のツアーで直前を徐航して眺めたところ、かろうじて一文字が露出していることが判明。
蔦ばかりでなく、花壇から絶えず染み出す水で、汚れや錆もひどく本当にかろうじて、といった感じでしたが、何とか存在を確認できます。前を通る際には、ぜひよく見てあげてくださいね。上流から2径間目の上です。


●「分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…6」でもそんな話をしましたが、これも資料に縦断面図が載っていたので、確認できました。下流開鑿区間との接続点から、シールド区間は直径をそのまま、カクンと下に下がったような形で掘り抜かれています。
下げられた区間の水深はA.P.-4.7m、図面上では、シールド区間半ばまで下げられたまま水平に推移し、途中で短い勾配区間を経て、再び水平となり発進縦坑まで水深A.P.-3.0mとのこと。
●図面は大まかな目盛しか載っていないので、注記がある以外の部分は詳しいことはわかりませんが、シールド区間の最低天井高は差し引きA.P.+4.1m、昌平橋下流の吐口附近の天井高はA.P.+4.5m前後と思われます。
水面上高さはともかく、以前も触れたように、水深は小型船舶の可航水路として十分で、全く問題はありません。

●上のようなことを書いておきながら、水をかけるような話で恐縮ですが、先日の地震で分水路はどうなったのか、気になるところです。
もちろん崩落があったりしたら、地上もただでは済みませんし、分水路としての機能に差し障りが出ますから、すぐに補修が入るでしょうが、壁面の剥落やクレーンのレールの落下、亀裂による漏水などが起こっているかもしれないことは、充分に考えられます。
●ましてやここは治水施設で、交通路ではありませんから、すぐに安全確認がなされることは考えにくく、あっても当分先といっていいでしょう。うかつに入ってみて事故を起こしたとあっては、各方面に迷惑がかかりますし、最悪の場合、事故を契機に船艇は進入禁止、ということも考えられます。
とても残念ですが、以上のことから、自分にとっては先日のツアーを最後に、分水路通航は当分お預け、ということになりそうです。

●こちらでお約束したとおり、先日のツアーに参加してくださった方々が、ブログにレポートをアップしてくださっていますので、私の気付いた順に、以下にご紹介させていただきます。
●暗渠のウルトラマンをゆく(暗渠さんぽ)
●神田川暗渠クルーズ(お茶の水分水路、水道橋分水路)に行ってきました(ぼくのミステリな備忘ログ)
●東京水路#01
東京水路#02
東京水路#03
東京水路#04
東京水路#05
(以上、撮るだけ撮ったら腹ごしらえ)
【25年6月2日追記】

●検索などで、本記事を最初に読まれる方が少なくないようなので、以下に過去の分水路航行記事を、区間別にご案内させていただきます。各項目内の配列は時系列順です。
ここにリンクした以外でも、分水路が登場する記事はありますが、それらはタグ「分水路」でご覧ください。
また、航行に当たっては、「神田川・分水路の通航について」も、参照していただければ幸いです。
●水道橋1号分水路
神田川分水路まつり…2
神田川分水路まつり…3
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神田川分水路まつり…12
神田川分水路まつり…13
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…1
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…3
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…4
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…5
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…6
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●水道橋2号分水路
神田川分水路まつり…4
神田川分水路まつり…5
神田川分水路まつり…6
神田川分水路まつり…7
神田川分水路まつり…8
神田川分水路まつり…9
●お茶の水分水路
神田川分水路まつり…13
分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…0
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分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…3
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