仙台堀川公園を歩く…2

(『仙台堀川公園を歩く…1』のつづき)

47036.jpg千田橋の中央径間直下から、橋脚を見て。貝の付き方からして、現役時代(橋としてはまだ現役なのですから、こういういい方はおかしいですが、まあ、可航水路好きとして見て)、満潮になれば橋脚は完全に没し、状況いかんでは支承まで水が洗っていたに違いありません。

橋の詳細については、区内の橋をすべて、川跡の公園に架かる橋まで網羅した素晴らしいサイト、「江東区内の橋めぐり」を、ぜひご覧ください。

47037.jpg千田橋をくぐって、振り向いて側面を写そうとしたら、ポンプ室の建屋や水管橋に邪魔され、こちらも具合が悪かったので、続いて前進。左は釣り堀「豊住魚釣場」が張り出し、歩道はクランク状に水際まで寄せられます。

右手の護岸には、色褪せた壁面画が現われました。筏に乗った川並が描かれているところをみると、木場だったころのこの地の様子を題材にしたもののようですね。後で案内板を見てみたら、「木場の歴史」というタイトルがついていました。

47038.jpgううん…この、タイドアーチらしい橋のみ、護岸からはみ出て別パーツであつらえたあたり、その…力作です。どの橋をモデルにしたのでしょうか。

「橋」の両脇に配された、レリーフのようなものも気になります。



47039.jpgおおお、これは水路図ですね。とたんに関心が急上昇する現金さ。こちらは「橋」の右手に掲げられたものですが、海岸線の様子から察して、時代は明治か、それ以前でしょうか。

細かいところは、その手の本に載っているのと少し違うような気もしますが、竪川と小名木川、大横川と横十間川が、江東デルタに巨大な井の字を描いていたころの「水路天国」な雰囲気は、よく出ています。
今の道路でいうと、放射線と環状線といったところでしょう、水路がなくてはならない動脈として機能していたころです。

47040.jpgそして左のレリーフは、ぐっと時代が下り、臨海部の埋立地がほぼ出そろい、新たな運河網が沖合に展開した戦後の姿。従来の水路は整理され、数を減らしたとはいえ、竪川や大横川も全区間健在、福富川、古石場川などの小水路も見られますから、戦後とはいえ、もう数十年は前の様子を描いたものですね。

壁面画同様、こちらもかなり傷んでしまっているようですが、かつての水路を末永く顕彰してゆこうという心意気が伝わってきました。
撮影地点のMapion地図


(22年12月5日撮影)

(『仙台堀川公園を歩く…3』につづく)

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タグ : 仙台堀川公園

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