茂森橋のディテール…6

(『茂森橋のディテール…5』のつづき)

47026.jpg前回と同じ立ち位置からふと、北側に目をやると…、おお、ここからでも東詰が下がっているように見える! 背後の太い水管橋が水平だとすれば、東詰(写真右側)が明らかに沈下しています。

まあ、何分パッと見で、路面の湾曲にいたずらされているかもしれず、またズームによる画像のゆがみもあるでしょうから、あまり騒ぐのもどうかと思いますが、「茂森橋哀歌…1」の写真でもおわかりのように、不等沈下していることは確かです。

47027.jpg先ほどテラスから見て気付かされた、鋼桁部の高欄が一部、補修されているのを改めて見てみました。

縁石にまたがった帯金の足には、ボルトが2本打ちこまれています。柱が取り替えられたものなのか、単に基部のみの補修なのかはわかりませんでした。



47028.jpg西詰の橋台の高欄は、北側のそれほど傷んではいませんが、やはり番線による補修がなされています。

お気づきのように、1径間(?)の番線の数は4本。どうもやり方ががさつ(失礼)というか、素人臭さがあることから、以前は地元有志による補修を疑ったりもしましたが、本数が全て同じであるところを見ると、やはり都の担当部署によって、計画的になされたものなのでしょう。

47029.jpg
おまけ。
南側の水管橋は、並行して木製の歩み板が設けられているのですが、その上にぺったり座り込んで、日向ぼっこをしているハト君が気になって一枚。

カメラは嫌いなのか、腰を浮かしかけ「邪魔するなよう」と言いたげな眼で、にらまれてしまいました。

47030.jpg
橋を渡る時にも、お尻から一枚。「しつこいなあ!」ごめんなさい。

最後に、茂森橋とその関連事項についての参考資料を、いくつか紹介したいと思います。サイトについては以前も触れたものもありますが、改めて。

・「震災復興橋梁工事写真・茂森橋」(土木学会附属土木図書館 デジタルアーカイブス
→大正14年に行われた、橋台部分の杭打ちから、鉄筋を組み立てるまでの写真6枚が掲載されています。
・「茂森橋」(江東区内の橋めぐり
→ウェブ上で、スペックが出ている唯一のものではないでしょうか。
・「東京の橋」(石川悌二著・新人物往来社・昭和52年初版)
→「長三〇メートル、幅二二メートル、昭和二年の架設」とあり、「江東区内の橋めぐり」と長さ・竣工年が異なりますが、理由はわかりません。
・「東京の消えた地名辞典」(竹内誠編・東京堂出版・平成21年初版)
→茂森町のくだりは、この本の記述に従いました。

ちなみに、「茂森橋、2年後に架け替えか?」でお約束した、例のお話の確認を取る件ですが、担当部署に質問のメールを送ったものの、まだ返事をいただいていません。
宛先が間違えていたのか、または書き方が悪かったのか…。再挑戦したいと思っていますが、良いお知恵をお持ちの方がおられたら、ぜひご教示いただきたいものです。

(22年12月5日撮影)

(『仙台堀川公園を歩く…1』につづく)

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タグ : 茂森橋 最低橋 水辺の鳥たち

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