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分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…9

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…8』のつづき)

26124.jpg銘板のたぐいがどこかに貼っていないかしらと、木につかまりながら斜面に出て、開口部の土から露出している側面を検分して回りましたが、スプレーによる落書きらしいものの他は、特に何もなし。

分水路の中で、人に見られることを意識したかのようなプレートや、ステンシルの番号をあれだけ見せつけられただけに、地表部分であるこちらに何も表記が見当たらないというのは、どうも腑に落ちません。

26125.jpgホコリだらけになりながらヤブをこいで、平場の端から端まで見て回ったものの、ついに収穫なし。わかったのは、生えている木や草は割りと頻繁に手入れされており、特に木々は剪定の跡が生々しかったこと。仙台堀開鑿の結果たるこの斜面は、巨大な植え込みの扱いなのですね。

フタの上に立つ願望は達成されたものの、メーカーズプレート一つ見出せずにこの地を去るのは、やはり気持ちが収まりません。ため息を吐きつつ、階段を見上げてみると…
あっ、あれは! 

26126.jpg
階段の入口、すぐ下の壁面に、小さいながら立派な磨き出しの銘板が!
さっき、何度も上からのぞき込んだ割に気づかなかったとは、まさに灯台下暗し。
1996年3月 神田川お茶の水分水路工事に伴う 道路復旧工事(その1) 東京都 中央エンジニアリング株式会社施工

道路復旧工事という語感から、開鑿した発進縦坑を埋め戻し、旧情に復した工事のように思えます。やはり、このシャフトは機材の搬出入口で、シールドマシン本体は、道路上を切り開き、発進縦坑の幅をいっぱいに使って吊り下げたのでしょうか。

26127.jpgフタの西北角から眺めて。木々で視界がさえぎられていますが、対岸の電車や神田川の水面が見渡せたら、ちょっとした小公園にしてもいいくらいのスペースに思えました。

しかし、階段の銘板にある「1996年」という竣工年が気になりますね。分水路内部の銘板(次回紹介)では、上流開鑿区間の竣工が1990年、大成建設の「実績紹介」では、恐らくシールド区間の竣工年は、1993年となっています。
各区間の接続部に、角落しで塞ぐ設備があったことからも、竣工には時間差があったことが想像できましたが、銘板の記録を拾ったかぎりでは、その時間差は数年にわたったようですね。

26128.jpgフタを踏みしめる念願はかなったし、銘板は見つかったしと、まずまずの収穫でした。そろそろ帰ろうと、東側の擁壁に近づくと、昔使っていたものか、石垣の石材がごろりと一つ、転がっていました。

しゃがんで見てみると、毛抜き合わせ端の断面をしているのがわかります。目地にセメントが付着していたので、そう古いものではないでしょう。かつてこの斜面で、神田川を見つめていた石垣の一つかもしれません。


(22年4月11日撮影)

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10』につづく)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 シールドマシン発進縦坑

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