伏見十石舟…3

(『伏見十石舟…2』のつづき)

15081.jpg三つ又の人道橋が見えてきました。であい橋です。水路もご覧のとおり三叉流になっていて、我々の船はさらに左に折れ、三栖閘門に向かいます。

今まで遡ってきた水路は、正式には宇治川派流といい、かつては現在とは逆に、宇治川から西へ流れていたのが、宇治川の河床低下により、濠川からの水を宇治川に落とすようになったとのことです。(参考:日本の川と災害宇治川派流』)

なるほど…、「逆流河川」とも言うべき川なのですね。成り立ちは異なりますが、江戸川東岸にある真間川を思い出しました。真間川も、かつて江戸川に注いでいたのを、新流路の開鑿で、上流と下流が逆転した区間がある川です。旧ブログでも、真間川の最下流区間を航行し、ご紹介したことがありましたね。

15082.jpgであい橋の下から北、濠川の上流を眺めて。
ここは、琵琶湖疏水の実質的な最下流部…早瀬のように流れ下るこの水は、はるか琵琶湖からもたらされたもの。

戦後しばらくまで、墨染・蹴上のインクラインと、幾多の閘門を介して、淀川から琵琶湖まで舟運路が打通していたことを考えると、陸上交通の発達した今となっては、気の遠くなる思いがします。
そこまで手間をかけても、のどから手が出るほど水運の便がほしい、そんな時代が、確かにあったのです。

15083.jpg
であい橋を左折して南下してゆくと、弁天橋に向かう帰りの便とすれ違いました。こうして見てみると、30馬力だけあって、和船らしからぬパワフルな走り。丸い船首でぐいぐいと流れに抗してゆくさまが見て取れます。

船頭さんが、おどけたようにビシッと敬礼をしたあと、乗客の皆さんが、いっせいに手を振ってくれました。先ほどの淀川といい、こちらは船に乗るもの同士、手を振りあう習慣があるのかしら?

15084.jpg流れを下り、肥後橋、京阪線鉄橋と過ぎて、和風の装飾を施した、港大橋まで来ました。

橋の向こう、京都外環状線の高架に隠れて、左に三栖洗堰、右に三栖閘門が見えてきました。終点はもう間もなくです。



15085.jpg港大橋の橋詰付近、親水テラスのあるあたりに、上半身裸の子供たちが、楽しそうに騒いでいました。体が濡れていたところを見ると、どうやら川で泳いでいたようです…って、こんな流れが速い川で、危険じゃないのかな?

「あの子供ら、うちらが来ると怒られるんで、今は上がっておるんですが、フネがいなくなるとまた飛び込みよるんですわ」と船頭さん。
う~ん、子供が川で泳いでいる、という光景自体、今やめったにお目にかかれないと思っていたのですが、こちらでは、ごく日常的なことのようですね。何かこの一事で、伏見という土地に、すごく惹かれるものがありました。
撮影地点のMapion地図

(21年9月11日撮影)

(『三栖閘門…1』につづく)

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タグ : 伏見十石舟 濠川

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