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旧毛馬第一閘門を訪ねて…2

(『旧毛馬第一閘門を訪ねて…1』のつづき)

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眼鏡橋のつづき。先ほどとは反対、東側からアーチ径間を見て。埋め立てられた長柄運河跡の上に立っていることになります。アーチは形鋼を曲げて沿わせたもので、補強されているのですね。

まあしかし、木も草も鬱蒼といって大げさでないくらい。こちらから眺めると、山中の廃墟さながらのおもむきがありました。

305007.jpg眼鏡橋の少し東側には、レール上に載った変形凸型の電動車が、扉体をチェーンで吊り下げたまま横移動する、いわゆるトラベリングゲートの遺構があるのですが、ご覧のとおりジャングル状態で生い茂った木々に吞み込まれ、この角度から眺めるのがやっとの状態。

長柄運河の現役時は、橋詰近くの両岸に切られた戸溝へ、この扉体をはめ込む仕組みだったわけで、いわば自走角落し。枝が剪定されていたら、鑑賞できたのですが‥‥。

305008.jpg落ち葉の積もった眼鏡橋を渡り、北詰から見て。アーチは運河のあった径間のみで、ほかはRC桁(ラーメン)といってよいのでしょう。

手前の親柱には「眼鏡橋/昭和三十七年三月補修/東興建設株式会社施工」とありました。ちなみに竣工は大正3年だそうです。高欄の装飾もなかなか瀟洒で、時代が感じられてよいものでした。


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橋を渡ってすぐのところが、本題の旧毛馬第一閘門、後扉室のゲートが見える場所でした。長年書籍やウェブサイトで見慣れた光景を、生で目にした感動はまた格別のものが。レンガのくすんだ褐色と、芝生の緑が織りなすコントラストが目に沁みますなあ‥‥。

扉体の向こうに見える建物は、毛馬排水機場の施設の一つであるポンプ場。この延長線上に毛馬第二閘門の遺構(『毛馬閘門…1』参照)と、大川があるわけです。

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閘室の中央に架かった橋から、改めて後扉室を望んで。芝生の真ん中を散策路が貫く閘室の底は、後扉室に向かって登り勾配をつけられており、扉体は半ば埋まった形で保存されています。後で歩いてみましょう。

毛馬第一閘門の来歴をまとめておくと、毛馬洗堰とともに毛馬閘門として明治40年に竣工。大正7年に第二閘門が設けられたことで第一閘門を名乗るようになり、閘門機能は第二閘門に任せて常時全開、増水時のみ閉鎖する制水門へ転用されました。

その後昭和3年、淀川改修増補工事の堤防拡築に合わせ閘室の翼壁をかさ上げ、後で触れるストーニーゲートが追加されるなど、長きに渡り淀川~大川間の通船・水防施設として機能してきましたが、昭和49年、新毛馬閘門の完成とともに廃止、歴史的遺構として保存されています。
撮影地点のMapion地図

(令和5年9月30日撮影)

(『旧毛馬第一閘門を訪ねて…3』につづく)

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タグ : 旧毛馬第一閘門閘門