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真山神社の丸木舟…2

(『真山神社の丸木舟…1』のつづき)

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思わず駆け寄って、しみじみと眺めてしまいました。舷側に板材をはぎ合わせて高さを加えるのでもなく、ましてや前後に二材を次いで長手に伸ばすのでもない、正真正銘の単材刳舟です! 長さは5~6mあるでしょうか?

男鹿半島は種子島と並んで、国内最後の単材刳舟製作地と聞いていましたから、かつて実際に使っていたものを奉納したのでしょうか。神社のあるこの真山は、山頂付近に船材となる杉を産出した、いわばゆかりの地でもあり、ここに収蔵されたのも不自然ではないと、一人納得。ちなみに地元では、エグリブネまたは、艫(とも、船尾)を箱型に造ったことから、トモプトと呼ばれていたそうです。

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周りをうろうろと歩き回りながら、のぞき込み、撫で回しと興奮のあまりとはいえやりたい放題(申しわけございません)。中でも目を奪われたのが、この、ハイオ(艪をつなぐ細縄)のいわばアイ。

何ていうんでしょう、彫塑感とでもいうのでしょうか。粘土をこねて作ったような、ぬめっとした曲線で舷側の壁面から出っ張っているこのパーツ‥‥これが後付けでなく、一材から削り出されたことが信じられないような見事な造形。これは専門書の図版や写真で読み取れない部分で、百聞は一見に如かずだなあと、しみじみしたのでした。

302088.jpg一材から刳り抜いた、このまろやかな曲面! いいですねえ。中には2本の艪が横たえられていました。ロウデが途中からぐっと細くなる独特の形状です。艪の材は樫で、男鹿半島に産しないため、かつては遠く富山県新湊から取り寄せたそう。

撫で回しながらハフハフしていたら、御神札所におられた女性のご神職が、にこやかに説明して下さいました。

いわく、およそ3t(4tだったかな? ごめんなさい)の重さがある原木から削り出し、舟の重さは約1tであること、この舟は実際に使われていたものはないが、技術伝承・保存のため専門の船大工が造ったものであること‥‥など、など。実によくご存じで、神社にとっても重要な奉納品であることが実感されたものでした。

302089.jpg先ほどの"アイ"と並んで、感じ入ったのがここ。舷側の欠損を修理したのでしょう、三角に近い形の巨大な埋め木が、美しい仕上げの補修面を見せていました。

落とし釘を打ったと思しき、天端の3ヶ所ある埋め木にも、素材に働きかけ、力の伝達を考えた匠の技を思わせて、まことに佳きディテールです。丸木舟はこうしたまめな修繕で、百年近い寿命を保ったそうですから、むべなるかなとうなずきつつ撫で回したものでした。

ここですかさず、ご神職からコメントが。この埋め木は実際の破損部でなく、補修の技法を保存・伝承するため、"わざと"施されたとのだそう! イヤ、携わられた方々の熱意もさることながら、微に入り細をうがった部分まで伝承への執念が行き届いていること、頭が下がる思いがしたものでした。

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艫(とも)周りを低い目線で。左舷側にログイ(艪の支点)があるのは、私の艇と同様。天端近くに張り出しが削り出され、艫の平面から船底に至るあたりは、これもきれいな曲面を描いています。大木の年輪が、そのまま造形の表面に浮き出たさま、板組みの和船では見られないディテールを堪能。

しかし、上部から年輪の中心に向けて、ひび割れが育ちつつあるのが残念ですね。長期間架台に載せられているので、無理な力がかかったこともあるのでしょうか。ちなみにかつての丸木舟は、新造後2ヶ月ほどの間、乗らないときは船内に水を張り、ひび割れを防いだとのことです。

ご神職のお話にもあったように、通常の板組みの和船よりはるかに手間がかかり、かつ材を消費するある意味贅沢な舟ではあるのですが、男鹿沿岸の風土には不可欠なタイプとして、長きに渡り重用されてきたものだったのでしょう。
次回、そのあたりをまとめられればと思います。

【参考文献】 丸木舟(ものと人間の文化史 98) 出口晶子著 法政大学出版局

(令和5年7月26日撮影)

(『真山神社の丸木舟…3』につづく)

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