令和元年度川走り納め…8
(『令和元年度川走り納め…7』のつづき)

●では、防潮堤工事が完成した船溜の様子を見がてら、貴船水門の追悼通航とまいりましょう。左側、操作室棟がそのまま残されているのが妙ですね。今後の工事でいずれ撤去されるのでしょうか。
径間に入ると、扉体の戸溝の前後に角落しのそれが二た筋づつと、やたらと側壁に切られた溝が目立つ印象。他に視線を奪うディテールが失せたので、致し方ないことではあります。

●旧水門の径間を抜けると、貴船堀の船溜が視界に広がりました。「羽田周辺の船溜めぐり…5」で、平成21年12月13日にここへ入ってから、ちょうど10年ぶりです。
船の配列も以前と異なりますが、何より三方を囲む、天端に柵を連ねた防潮堤の白い肌がまぶしく、変化の大きさに目を見張りました。最奥部、インクライン式の船台を設けたスロープも含めて囲み、堤外地としたのですね。

●行き足が衰えたところで、転回せずそのままギヤを後進に入れ、最微速でゴースターン。星霜を経たコンクリートの肌に、戸溝のみが連なる上空にさえぎるもののない径間、なんとも寂寥感あふれる光景で、“廃水門風景”とでも名付けたくなるくらいです。
思えば、廃された水門をいくつか目にしてきましたが、堰柱のみスッパリと切り取られて、堤体周りはほぼそのまま、というパターンは水郷十六島の扇島閘門(『さようなら、扇島閘門…3』参照)以来でしょうか。
●径間の側壁を間近で、改めて。扉体の戸溝に光るステンレスの質感が、なおさら寂しさを誘います。
人は死して名を残す、の伝でいけば、水門は死して戸溝を残す‥‥といったところでしょうか。ともあれ、長らくのお勤め、お疲れさまでした。
【撮影地点のMapion地図】
(元年12月31日撮影)
(『令和元年度川走り納め…9』につづく)

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径間に入ると、扉体の戸溝の前後に角落しのそれが二た筋づつと、やたらと側壁に切られた溝が目立つ印象。他に視線を奪うディテールが失せたので、致し方ないことではあります。

●旧水門の径間を抜けると、貴船堀の船溜が視界に広がりました。「羽田周辺の船溜めぐり…5」で、平成21年12月13日にここへ入ってから、ちょうど10年ぶりです。
船の配列も以前と異なりますが、何より三方を囲む、天端に柵を連ねた防潮堤の白い肌がまぶしく、変化の大きさに目を見張りました。最奥部、インクライン式の船台を設けたスロープも含めて囲み、堤外地としたのですね。

●行き足が衰えたところで、転回せずそのままギヤを後進に入れ、最微速でゴースターン。星霜を経たコンクリートの肌に、戸溝のみが連なる上空にさえぎるもののない径間、なんとも寂寥感あふれる光景で、“廃水門風景”とでも名付けたくなるくらいです。
思えば、廃された水門をいくつか目にしてきましたが、堰柱のみスッパリと切り取られて、堤体周りはほぼそのまま、というパターンは水郷十六島の扇島閘門(『さようなら、扇島閘門…3』参照)以来でしょうか。

人は死して名を残す、の伝でいけば、水門は死して戸溝を残す‥‥といったところでしょうか。ともあれ、長らくのお勤め、お疲れさまでした。
【撮影地点のMapion地図】
(元年12月31日撮影)
(『令和元年度川走り納め…9』につづく)

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