FC2ブログ

川蒸気の屋根の上

215041.jpg現役時代の川蒸気船の姿を見たい一心で、絵葉書など古写真に求め始めてもうだいぶたちましたが、高所から俯瞰したもの‥‥すなわち最上甲板、屋根のディテールをしっかりとらえた写真は、現物が少ないのか、ごくわずかしか出会えていません。

今回はその中でも、出色(他にももっと素晴らしいものがあるのでしょうが、私的にね)のもの2点をご紹介し、あれこれ妄想を垂れ流してみたいと思います。
「続きを読む」をクリックしてご覧ください
215037.jpg
銚子丸ヨリ見タル利根川
宛名・通信欄比率2:1、明治40年~大正7年の発行。


3月18日からのタイトル画像としてすでに掲げましたが、イヤもう目にした瞬間に踊りましたよこれ! 甲板上のディテールの豊穣(としか表現しようがない)さもさることながら、横風帆走する高瀬舟と行逢するシーンをとらえたという、構図の素晴らしさも類がなく、私が見た川蒸気写真の中でも、十指に入る傑作といってもいい過ぎではありません。

惜しむらくは、印刷の加減か黒い部分はつぶれ、逆に白いところは飛び気味なことですが、めったに目にできない貴重な光景が記録されただけでも、ありがたいことこの上なし。ご覧のように右端にはミシン目がかけられ、綴じひもの穴が空けられているところから、もとは数枚つづりの絵葉書セットだったのでしょう。

つぶれ気味とはいったものの、手前に高々とコイルされた、マニラロープらしい舫い綱のガサッとした質感、両舷方向に張られた甲板の板の継ぎ目に至るまで看取でき、細部を堪能するにはまずまずの仕上がり。ロープのすぐ左、甲板上に無造作に転がされた両爪のボートフックにも、離着岸作業の様子が髣髴され、どこか生活感が漂うようでよいものです。

215039.jpg
煙突周りをトリミングしてみました。「スハークアルスター」(『図説・川の上の近代』27ページ参照)と称された、煙突頂部の火の粉止め金網が素朴でよい雰囲気。チェーンによる4本のリギンは、張らずにたるませているところを見ると、煙突の抜き差しを考えて、チェーンの自重で軽くおさえる程度なのでしょう。3本の白線の下左右には取っ手があるので、抜き差しはここを掴んで行ったのでしょうか。

左右に突き出た、キセルの雁首形ベンチレーターの背後のディテールも、珍しいものではないでしょうか。ちょうどダンゴムシの背中のように、鉄板を継いで曲面をなした様子がわかり、興味をそそられます。右のベンチレーターの向こうには、汽笛がちょこんと立っているのも見えますね。どんな音だったのか、トーキーの映像でも残っていたら聞いてみたいものです。

そして、そして何より、この一枚を魅力あふれるシーンにしているのが、船首側に張られたオーニング周り! 縁材に開けられた穴に支柱を挿すなど、装着の様子がつぶさに見てとれることもさることながら、椅子を並べて臨時の展望スペースとしていることがわかるあたり、川蒸気のサービスの一端を見たような気がして、どこかほっこりとした、よい気分になったものです。

何分プラ一体成型やパイプ椅子の登場より、はるか以前のこととて、椅子がすべて木製らしい、手の込んだ形なのも目を引きます。回転椅子が一つ見えるところから、船内にある会計さんの事務机のものでも、借用してきたのでしょうか。

制服姿らしい乗り組みさんが一人、前を向いて座っているのも、のどかな雰囲気をかもし出しています。撮影当日は暑い日だったのでしょうか、この椅子に座って涼を取りつつ、川景色を我がものにできる外輪川蒸気の旅! どんなにか素敵だったことでしょう!

215038.jpg
いま一つ注目したディテールがここ、外輪カバーの頂部。左側角にアイ(環)らしいものが見えますが、防舷物を下げるためのものでしょう。下に掲げた土浦の写真にもあるように、接岸時、外輪と外輪カバーを守るため、細長いフェンダーを二本ぶら下げているのがよく見られますが、アイが判別できる写真は多くありません。

また、カバーの頂部に継ぎ目があり、ツマミのような金具が備えられていることから、ここは上げ蓋になっていて、パドルやスポークの点検や修理の弁を図っているのではと推測しました。外輪という推進機は構造上、流木など浮流物との衝突で破損しやすかったでしょうから、目視点検やちょっとした修理に、この手の設備が不可欠だったろうと思ったのです。

215036_20180321225104f2e.jpg
(土浦名所)土浦川口ノ入口
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。


こちらは土浦の川口港に、舷を接してもやうフネブネを写したもの。幸運にも、画面ののいちばん手前に通運丸がきており、屋根上の全体が間近に望めるという、希少な視点でカメラを構えた写真師には感謝のほかありません。この角度から川蒸気船を見たのは初めてだっただけに、入手当初は深い感動すら覚えたものでした。

まず目についたのは、前後端付近にある、起倒式支柱と思しきもの。先ほどの銚子丸もそうだったのかは確認できませんが、オーニングを張る際の主支柱として用いられたのでしょう。ぐるりに巡らされたガンネル、緩く付けられたキャンバーの様子など、全体を俯瞰した写真ならではのディテールを興味深く眺めながら、最も惹かれたのは中央部、外輪カバー周りでした。

215040.jpg
この右舷側外輪カバーの背面、壁が立ち上がって屋根をその上まで伸ばし、四角く開口部を設けて、いわば屋上への出入口としていること。外輪カバーの背面にあるスロープを利用し、踏み段を設けていたのは以前からよく知っていましたが、わざわざ開口部を設けてまで昇降口としてあつらえた例は、この写真で初めて見ました。

11年前、物流博物館に初めてお邪魔した際、第三十六通運丸の図面が屋根上にオーニングを張った状態で描かれていることについて、「上にはどこから上がったのでしょうね?」と玉井幹司氏にうかがったところ、「外輪カバーの上ですよ!」と即答していただき、自分の観察眼の無さを恥じたものでしたが、航走中に乗客が行き来するには、場所的にちょっと危なっかしいかな、と感じたことも事実でした。写真でその謎も氷解したわけです。このような構造なら、乗客も安全に上り下りできますよね。

気になったのは、焼き付けや印刷の加減なのか、外輪カバー後ろの出入口の壁、ひしゃげているように見えたこと。そういえば、煙突の左右にあるベンチレーターも傾いでいて、屋根上が乱雑に散らかっていることも手伝い、久しく放置されているような印象があります。煙突の左には、帽子をかぶった人物がしゃがんでいることから、修理中なのかもしれませんが、もしかしたら、運航をすでに止めて、倉庫代わりに使われていた船体なのかもしれません。

何分、橋や高い建物の少ない水域で活躍していただけに、高所から、しかも間近で撮影した写真が少ないのは、致し方のないところです。しかし、隅田川や小名木川といった市街地の水路なら、河畔の料理屋の2階や、橋の上から川蒸気を見下ろす機会は、頻繁にあったことでしょう。

それこそ煙にむせることもいとわず、高欄から身を乗り出してレンズを向けた明治・大正の写真師も、きっといたに違いありません。真上から迫ったような川蒸気の迫力ある姿に、いずれ出会えることを期待したいものです!

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村
関連記事

タグ : 川蒸気船 通運丸 銚子丸 土浦 利根川 絵葉書・古写真