戦前の中川運河をしのんで

(『中川口閘門…5』のつづき)

206076.jpg中川運河と、中川口閘門を題材にした史料がいくつか手元にあり、折りに触れて眺めては「いつか訪ねたいものだ」と想いを募らせていたので、今回願いがかなって嬉しさもひとしおです。

というわけで、供用開始から日が浅かったころの様子がうかがえる絵葉書と、企業誘致のリーフレットを掲げて、悦に入らせていただきます。竣工以来、大いに宣伝に努めた名古屋市の力の入れようと、新規開鑿の艀船運河としては、国内において未曾有の規模だった中川運河の、輝かしい時代を垣間見てみましょう。

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中川運河 Nakagawa Canal

放水門と中川口閘門(後の第一閘門、平成3年廃止)を東岸から見たところ。木造である操作室の羽目板、放水門の柱に見える石張りらしい筋など、ディテールが克明に映し出されています。

なお、今回取り上げた絵葉書は、すべて昭和に入ってからの発行であることが明らかなので、裏面宛名・通信欄比率による発行年代推定をキャプションに付けていません。ご了承ください。

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中川運河(名古屋名所)

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上の絵葉書とほぼ同位置から、定点写真を気取って撮ったもの。放水門の径間はそのままなので、見くらべてみると、第一閘門のあった跡地を利用して、排水機場が建ったことがわかります。

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中川口假橋ヨリ見タル中川口閘門及放水門全景 名古屋市發行

キャプションに「仮橋」とあるので、中川橋の竣工前、足場か何かの上から撮ったのでしょうか。沿岸の用地も造成されたばかりのようで、運河とともにはるか遠くまで一望のもと。これからの大発展を思わせる、胸のすくような運河風景。

おや、閘門の向こうの左側、岸のラインが途中から張り出したようになっている! 前回閘門を眺めたテラスの形は、最近造成したものではなく、運河開鑿時からのものなのですね、失礼しました。

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定点写真とはいい難いですが、今回の最後に訪ねた遊園地、シートレインランドの観覧車から眺めた中川運河。窓越しなので、見苦しい点はご勘弁ください。

この観覧車の位置が実に絶妙で、運河の軸線とドンピシャ! 絵葉書と似たような視点から見下ろせるゾと、大いに喜んだものでした。

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中川口閘門閘室 名古屋市發行

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(大名古屋)中川運河

閉じた扉体の上から撮ったとおぼしき2枚。閘室両岸に見える鋼矢板の護岸、後扉室右側にぽつりと建ついま一棟の操作室、真新しい砕石で敷き均された周囲の地面と、ディテールが看取できます。

背景の運河両岸にはやはり建物は見られず、低い視点から見ると、無人の草原に切り開かれた大運河のよう。また少なくとも竣工当初は、閘室側壁に繋船装置やフェンダーのたぐいが、一切備えられていなかったのがわかりますね。

なお、下に掲げた「中川運河案内」の文中「閘門」の項に、中川口閘門の寸法について触れられていました。それによると、「閘室は延長六十間、幅員六間」。長さ約109m、幅約10.9mということになりますね。

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絵葉書は今は亡き第一閘門ですが、現存の第二閘門を観覧車から俯瞰した写真を。何分遠くまた窓ガラス越しなので、ディテールはいま一つつかみ難いのですが、ようやく閘室がのぞけて嬉しいかぎり。

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(名古屋名所)中川運河

こちらは前扉室の東側から、中川橋と船溜を望んだところ。装飾を施した、瀟洒な灯柱が目を引きますね。手前には、注水用のバイパスゲートを操作する把輪の立ち上がりが見えます。右にチラリと写っているのは、マイタゲートの上端でしょうか。

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名古屋港上空ヨリ見タル中川運河全景 名古屋市發行

これは素晴らしい、閘門から堀止船溜まで、全区間を収めた航空写真。まだ支線運河は完成していないものの、新たに造成され区画も整然とした両岸と、そうでない周辺地域の違いがはっきりとわかります。この事業がいかに巨大なものであったか、まさに一目瞭然。

こうして見ると、運河を写した絵葉書、名古屋市発行をうたったものがいくつかありますね。宣伝のため無料配布したのか、それとも一般の書店や、土産物店などで市販されていたのでしょうか。

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航空写真はさすがにかないませんが、観覧車から中川橋を入れて撮ったものを。一直線に貫く水面の両岸に広がる市街地、彼方に霞む名古屋駅周辺の高層ビル群に、85年の星霜とその間の発展が感じられます。

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中川運河案内
395㎜×544㎜ 発行:名古屋市 発行年:以下の本文参照


さて、今回の目玉(?)、こちらは正真正銘、名古屋市発行の宣伝リーフレット、「中川運河案内」であります! 事業の巨大さを思うとある種当然ではありますが、地図の印刷の美麗なこと、解説文の懇切丁寧なことに、市当局の熱気が伝わってくるようで、開いたときは感動したものでした。

例によって、判型の小さいスキャナーで、分割して取り込んだものを切り貼ったため、見苦しい点もありますがご容赦ください。

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発行年ですが、「出入船舶及貨物統計表」が昭和11年次まで出ていること、地図に「汎太平洋平和博覧會々場」(昭和12年3月~5月開催)が描かれていて、本文中でもパビリオン「運河館」に触れられていることから、昭和12年の発行と推定しました。あるいは博覧会の会場で、このリーフレットが配布されたのかもしれませんね。

地図を美しく見せているのが、モザイク状に朱色で塗り分けられた区画の、刷色の鮮やかさ。この目に沁みるような朱がなければ、地図を開いたときのインパクトも半減していたでしょう。

凡例でもわかるように、朱の部分は「賣却済」、すなわち分譲が終わった地所。運河竣功から5年を経たこの時点、結構な面積が塗りつぶされており、誘致事業がまずまずの成功を収めていたことがうかがえます。

ちなみに「沿線分譲地御案内」によれば、分譲地の総面積は「二十七萬坪余」、「分譲以来見事な賣行きでありますが」、「今日までの賣上げ坪數を見ますとざっと十三万坪が消化されて居ります」と誇らしげ。およそ半分が分譲済みだったことになりますね。

水運趣味の目線で見て、解説文の中で注目したいのが、冒頭9行目。
「本運河の特徴は閘門に依り常に一定の水深(標準十尺)を保ち、從て潮待の不便もなく(中略)、數時間を潮待のために空費する開放式運河に比すれば經済的に多大の利益が得らるゝのであります。」という下り。

こと港湾の舟運に限っていうなら、閘門によって水位を一定に保つ理由は、この一文に尽きるといってもよろしいでしょう。艀輸送とは、船頭たちが渾身の力で棹を突いて、ずっしり喫水を沈ませた艀を歩かせるのが常態でしたから、わずかでも抗する流速があれば、碇を打つか岸にすがるなりして「潮待」をするしかありませんでした。

また、干満にによる水位の変動がないことは、水深と護岸高が一定であることを意味し、船頭は座洲の憂いなく艀を歩かせることができ、仲仕は高さを刻々と変える舷側に悩まされず、安定した荷役を行うことができたのです。

すべてを動力で賄えるようになった今日から見ると信じがたいほど、「水位が動かない」ことは、艀輸送への多大な恩恵があったのでした。市が巨額を投じて閘門付き運河を造り、また物流業・製造業が、競って分譲地を求めたゆえんであります。

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文中や地図から伝わってくる熱気に感化されて、あれこれ興味は尽きないのですが、最後に二つだけ。「中川運河御案内所」、地図によると、松重閘門前扉室の北側にあったとのこと。本体である土木部庶務課は市庁舎の中にあるにしても、「御案内所」を運河畔に設けたというのが、何ていうんでしょう、趣味的に見ていわくいいがたい味があったわけです。

又分譲地御視察の際は市の自動車で御案内致しますし、御用の節は電話かハガキを下されば直に係員が参上して詳細にご説明申上げます」と、不動産屋さん顔負けの台詞がまた味わい深くて‥‥。帽子をかむり、三つ揃えをまとったこの時代の社長さんになって、「市の自動車」で「御案内」されてみたくてタマラン!

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「御案内所」があったと思しき場所、上の写真のあたりですが、今では南北橋も拡幅されているので、恐らく遺構は残されていないでしょう。歩道上には、美しくライトアップされた堰柱の写真が掲げられ、かつて運河の拠点だったこの地を、まるで顕彰しているかのようでした。

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さまざまな意味で実に味のある「御案内」の文章ですが、その中でも楽しめるのが、上にピックアップした「運河ところ〲」。

いわば周辺の風物ガイドといった小記事ですが、冒頭いきなり「運河は金の鯱に對して新味豊かな名古屋名所」ときながら、「慶長の交より中天に燦として輝く金鯱の俤」でハートわしづかまれ。金鯱にこだわりすぎ!

いや、金鯱はさておき、趣味的に意識を吸い寄せられたのは、汎太平洋平和博覧会に「運河館」なるパビリオンが特設され、「平面的にも立體的にも本運河が一目にして諒せらるゝやうに表示し」ていたこと。いま一つ、「運河神社」の由緒を記し、8月1日を例大祭日とする「運河祭」の存在に触れ、「名古屋夏祭の豪華として謳われてゐます」との下り。

運河館のこれ、模型が展示されていたということですかね? 公式図録でも古書で出てくればよいのですが、ゼヒ見てみたいものです。運河神社は先ほども触れましたが、かつては相当盛大なお祭りだったようで、中川運河がいかに重きをなしていたか、また敬神の志篤かった当時を思わせて、こちらも興味を惹かれるものがあります。

(写真は29年5月3日撮影)

(『新日光川水閘門』につづく)

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タグ : 中川運河 中川口閘門 閘門 絵葉書・古写真

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