新しい新砂水門が建設される?

190051.jpg数少ないダブルセクターゲートの水門、東京では唯一の本船が通る水門として知られ、個人的にも頻繁にお世話になっている顔なじみ、新砂水門。

この南東側に、かつて砂町水門があり、それをご教示によって認識するまでのもろもろを「新砂水門の謎の穴」、また竣工時期については「水運趣味天国・江東区の本」で触れましたが、その砂町水門があった場所で、大工事が始まったことを知ったのは、つい先日のことでした。
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マリーナからもらったお知らせの中に、写真のような一枚がありました。一見して「ああ、1月に大規模な浚渫(『1月21日の川景色…7』参照)もしていたし、護岸の基礎でも補強するのかしら」と思っていたら、「新砂水門(再整備)建設工事」の文字にひっかかるものが。

「建設工事」だけ取ると、新たに水門が造られる印象がありますが、カッコ付きの「再整備」ってナニ? 扉体や動力の更新だとすれば、こんな表現はしないでしょうし、だいいち、工事の水域が離れ過ぎています。

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裏返すと、さらに詳しい図面が。まさに旧砂町水門のあった位置で、これだけのスペースを取るとすれば、基礎工事以外考えられません。やっぱり水門を新設するのかな?

気になって検索してみると、「新砂水門再整備へ基本設計プロポ―都」(建通新聞)がヒット。
現在の水門の下流に、主水門と副水門の2門で構成する新たな水門を建設する方針」おお、水門を新設するんだ! よく見るとこの記事、2013年10月22日付けで、今さらの感があってちょっと恥ずかしいですが。

しかし、躯体はそのままに設備のみ更新ならともかく、場所を変えての完全な新設とは、ちょっと早すぎる感じもしますね。東京の水門も、各所で扉体・機械設備の更新工事を盛んに行っていますが、いずれも堰柱周りはそのままで、いわば鋼製の部分のみ取り換えているのがほとんどです。

ここでふと思い出したのが、新旧の水門の竣工時期です。撤去された旧砂町水門が昭和38年竣工、現在の新砂水門が昭和51(1976)年竣工と、代替わりにわずか13年しか間がなかったということ。

今回は40年経っていますから、確かに代替わりを考える時期といえますが、他の水門の例を考えると、全部撤去してしまうのは惜しい気もしますね。特殊な水門だけに、設備更新するより新設した方が経済的とか、構造上補強が難しいとか、何か理由があるのでしょうか。

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CKT7415-C32-50(昭和50年1月6日撮影・国土地理院・地図・空中写真閲覧サービス

もしゃもしゃ妄想していたら、砂町水門・新砂水門交代時の様子を見てみたくなり、国土地理院の空中写真をお借りしてみました。昭和50年1月、左上の大きな五角形の囲いの中では、新砂水門の基礎工事が進行中。

画面中央が砂町水門で、現役最末期の姿といえるでしょう。径間左下に赤く見えるのがトラベリングゲートで、北西側に90°向いているのが、扉と搬機が径間をまたぐための旋回橋です。扉体を釣り上げたまま搬機が自走し、径間の真上に来たところで扉体を落とし込むという、いわば自走角落しでありました。

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CKT794-C13B-19(昭和54年10月20日撮影・国土地理院・地図・空中写真閲覧サービス

そして昭和54年10月、新砂水門が竣工してまだ間もないころ。陽光を白く反射する、真新しいコンクリートの色が印象的ですね。排水機場の位置は変わっていませんが、砂町水門はすでに撤去され、基礎部分の張り出しを残すのみとなっています。現在はこの張り出しもきれいに取り去られていますが、ここにふたたび、新たな水門が建設されるわけですね。

気になるのは、建通新聞の記事にあった「主水門と副水門の2門で構成する新たな水門」という下り。
「えっ、もしかして閘門を造るの? 外郭堤防の水門が全閉鎖されても、最低限の通船を確保できるようにするのかな?」と、閘門バカとしてはあらぬ方に愚考が膨張しますが、二重の水門の例は身近(境川西水門境川東水門)にもあるので‥‥まあ、がっかりしないように自重しておきましょう。

ともあれ、長きに渡る大工事になるでしょうから、通航時は細心の注意を払いつつも、関心を持って進捗を眺めてゆきたいものであります。

【追記】今回の件とは関係ありませんが、検索の余禄としてメモ書き。
船舶事故等調査報告書(平成26年2月27日)」(PDF)がヒット、読んでみると、25年3月6日、新砂水門可動橋の運転時に、それとは知らず進入したヨットがマストを可動橋にぶつけ、お互いが破損したというもの。興味深いのは、水門側も視認性の悪さを認め、「本件可動橋塗装色を視認性向上のため、青色から赤色へ変更」、「本件可動橋回転灯を視認性向上のために新替え」の下りがあることです。

なるほど、25年9月、「新砂水門の可動橋が…」で触れたように、赤く塗り替えられたのはこの事故があったためだったのですね。やはり、「可航水路を横断する構造物」たる水門や橋の色は、警戒色にしくはなし! 佐藤師匠がつねづねおっしゃっていた、赤い扉体推奨の件が思い出された一件ではありました。

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タグ : 新砂水門 砂町運河

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