北楯頭首工と北楯堰…1
(『山間のノッポ閘門! さみだれ大堰舟通し…7』のつづき)
●往路、さみだれ大堰より500mほど下流で、最上川に合流する立合沢川を渡ったのですが、そのとき、橋の上から西側に堰のようなものが見えたので、軽く寄り道してみることにしました。
門柱に掲げられた銘板には「北楯頭首工」とあり、やはり灌漑のための堰のようです。残念ながら扉が閉まっていて、敷地内には入れなかったので、まずは上流側に回ることに。

●河畔に出てみると、北岸側に3本の堰柱を擁する、2径間の可動堰を設けた頭首工の全貌が望めました。頭首工全体では、ここから見えるかぎり7径間あるようですね。写真手前に少し見えるように、すぐ上流側にも固定堰があります。隣接し過ぎているので、もしかしたら、この固定堰は旧頭首工の名残りなのかもしれません。
落差を白波を立てて流れる水音、背景には広大な丸石の河原が陽光に輝いて、山肌が見せる浅い谷の陰翳とあわせ、これまた爽やかな水門風景。かつてはこういった河相厳しい支派川にも、フネブネの姿が引きも切らなかった時代があったのでしょう。

●高水敷と、人の頭ほどもある大きなゴロタ石の河原をえっちらおっちら迂回して、下流側のほぼ正面に出ました。
可動堰部分の堰柱は、緑色の三角屋根をかむった、ちょっとユーモラスな感じのする外観。扉体はシェル式ローラーゲートでしょうか。構造からして、北岸側にのみ取水しているのでしょう。

●河原から下流、最上川との合流点を眺めると、陸羽西線の鈑桁橋が青い一本線になって、枯葉色の山肌にくっきり浮かび上がって、実にきれい。
蒸気機関車の走っていた時代は、きっと見事な情景が展開されていたことでしょう。
●さて、頭首工となれば、堰上げた水を流す、灌漑水路がつきもの。三本の導流板を立てた吐口から、まだ新しそうなコンクリート製の水路に、澄んだ水がさらさらと流れていました。
実は北楯頭首工に着く前、灌漑水路の少し下流に、樋門らしきものを見かけていたのです。分水施設か何かに違いない、ついでにそちらも楽しんでおこうと、水路沿いに歩いてみることにしました。
【撮影地点のMapion地図】
(27年11月22日撮影)
(『北楯頭首工と北楯堰…2』につづく)

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門柱に掲げられた銘板には「北楯頭首工」とあり、やはり灌漑のための堰のようです。残念ながら扉が閉まっていて、敷地内には入れなかったので、まずは上流側に回ることに。

●河畔に出てみると、北岸側に3本の堰柱を擁する、2径間の可動堰を設けた頭首工の全貌が望めました。頭首工全体では、ここから見えるかぎり7径間あるようですね。写真手前に少し見えるように、すぐ上流側にも固定堰があります。隣接し過ぎているので、もしかしたら、この固定堰は旧頭首工の名残りなのかもしれません。
落差を白波を立てて流れる水音、背景には広大な丸石の河原が陽光に輝いて、山肌が見せる浅い谷の陰翳とあわせ、これまた爽やかな水門風景。かつてはこういった河相厳しい支派川にも、フネブネの姿が引きも切らなかった時代があったのでしょう。

●高水敷と、人の頭ほどもある大きなゴロタ石の河原をえっちらおっちら迂回して、下流側のほぼ正面に出ました。
可動堰部分の堰柱は、緑色の三角屋根をかむった、ちょっとユーモラスな感じのする外観。扉体はシェル式ローラーゲートでしょうか。構造からして、北岸側にのみ取水しているのでしょう。

●河原から下流、最上川との合流点を眺めると、陸羽西線の鈑桁橋が青い一本線になって、枯葉色の山肌にくっきり浮かび上がって、実にきれい。
蒸気機関車の走っていた時代は、きっと見事な情景が展開されていたことでしょう。

実は北楯頭首工に着く前、灌漑水路の少し下流に、樋門らしきものを見かけていたのです。分水施設か何かに違いない、ついでにそちらも楽しんでおこうと、水路沿いに歩いてみることにしました。
【撮影地点のMapion地図】
(27年11月22日撮影)
(『北楯頭首工と北楯堰…2』につづく)

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