最上川舟下りを楽しむ…0

山形県を貫流し、酒田で日本海に注ぐ最上川は、かねてから気になる川でした。

日本三大急流の一つに数えられるほど、険阻といってよい河相ながら、かつては200㎞超におよぶ可航域があったこと。さらに沿岸が山がちで、陸路を開くことすらままならない区間を擁することから、舟運への依存度が極めて高かったこと。加えて明治には短期間ながら、下流部に川蒸気船も就航していたときていますから、水運趣味の対象としては申し分のないどころか、意識が吸い寄せられる気分になるわけであります。

183001.jpgその最上川に、複数の観光船社があり、定期(ここ重要)河川航路を盛業中とあれば、乗ってみたくなるのが人情というもの。特に、岡や山が迫る川景色に魅力を覚えるおっさんとしては、山間の可航水路というだけでも来るモノがあるのです。

長らく機会をうかがっていたところ、先日の連休、11月22日に幸いにも諸事宜しきを得て、早朝羽田発の飛行機で庄内空港へ。電車で行きたかったのですが、朝一番の出船にはどうしても間に合わないことから、止むなく空路となりました。離陸直後、東京港第一航路を北上するコンテナ船を眼下に撮ることができ、幸先の良いスタートに。

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東京は曇りでしたが、着陸態勢に入った機上から庄内平野を見下ろすと、薄雲に霞みながらも好天のようですね。

海岸に沿って伸びる防砂林の緑と、平野をうねる最上川、後方はるかにそびえる峰は、鳥海山でしょうか。風景としての美しさもさることながら、海岸砂丘の背後に、沖積地が広がっている地形を目にすると、「日本海側に来たんだなあ」という感を深くします。

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庄内空港を出て、息つく間もなく船着場へ向けて出発。道は次第に山間に入り、重畳たる山並に挟まれて、流れ下る最上川と初の対面。写真は立谷沢川との合流点付近です。

時に岩を噛んで白波を立て、中州や瀬をつくって一見穏やかに見えるところでも、全く泥っ気はなくゴロタ石の河原のみ。聞きしにまさる河相の険しさに、日本三大急流の名は伊達じゃない、と感心したものでした。

最上川については、まだよい本に出会っていないものの、ウェブ上の論文や記事にいくつか優れたものがあって、ありがたく拝読しては興味を深めていたのですが、中でもお世話になったのが、「最上川の水運」(PDF・長井政太郎氏著・山形大学学術機関リポジトリより)です。

今まさに入ろうとしている、山間の流路についても触れたくだりがありました。
古口より下流は出羽丘陵を横断するので峡谷をなし、山内と呼ばれている。両岸は絶壁で白糸瀧の如き飛操を懸け明治十年に磐根新道閉塞される迄は道路らしい道路は無く、人も荷物も全く船によらなければならなかった。
「山内」! 実にストレートな呼び名ですが、山深い内陸の懐をゆく可航水路らしい雰囲気も感じられますね。この山内こそ、これから乗る観光船の航路、そのものでもあるのです。

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さらに奥地に進むと、にわかに濃い霧が湧きあがりだして、ついには視界をさえぎるほどの濃さに。その湧きあがり方がいかにも唐突で、どこか幻想的な風景ではありました。

もっとも霧が濃いままでは、川に出ても眺望が楽しめません。せっかく快晴なのに、と不安になりましたが、後で聞いたところでは、晴れた日の朝、谷間に濃い霧がかかるのはいつものことで、日が高くなれば、短時間できれいに消え去るとのことでした。

183005.jpg船着場のある古口港に到着。先ほど引用したように、まさに「山内」の入口でもあります。まあ、わざわざ昔の呼び名を持ち出さなくとも、「最上峡」という立派な名前があるのですが。

河口からおよそ40㎞と聞くと、大した距離に思えないかもしれませんが、霧に沈んだ周囲を見回せば、もう全くの山の中。動力船が行き来しているのが、奇跡に思えるような山深さでありました。

ちなみに「最上川の舟運」によれば、舟運全盛期の遡上限界点は糠野目(山形新幹線高畠駅の西)で、河口からの距離実に216㎞! (←長井政太郎氏の論文による)
その急峻さ、かつての舟運依存度を考えても、掛け値なしの大可航河川といってよいでしょう。和船を模した看板、ちょっと形はアレでも、気分を盛り上げてくれます!
撮影地点のMapion地図

(27年11月22日撮影)

(『最上川舟下りを楽しむ…1』につづく)

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タグ : 最上川 最上峡芭蕉ライン 東京港

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