活字の中の川蒸気

久しぶりになじみの古書店を訪ね、ペラものやパンフレットの入った棚をあさっていたら、ふと目に留まったものがありました。古びた薄い紙の表裏が、かすれ気味の印字でびっしりと埋まっているもの。用紙、印刷とも、あまり質のよくなさそうな雰囲気に、妙に惹かれるものがあったのでした。

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「鉄道小荷物並滊船馬車發着賃金表」
172×248㎜、二ツ折表裏刷。

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176043.jpg最初に「滊車發車時刻表」の大きな字が目に入ったので、そのたぐいであることはわかりましたが、「時刻表」の名とはうらはらに、ろくに表組みもなされていない文字の羅列で、一見したところでは、どちらが表裏かもわかりません。

もっともよく見てみると、両端下に漢数字で一~四のノンブルが打たれており、「鉄道小荷物並滊船馬車發着賃金表」のタイトルがあるところを背に、二ツ折にして使うものだと理解できました。

滊船」とあれば、「川蒸気のことが書いてあるかも!」と、意識の度合いがグンと高まるのはいうまでもありません。眼を皿のようにして探してみると‥‥。
あった!→
利根川筋内國通運会社滊船賃金」と!
即座に購入決定。

一日一往復の直通便の出帆(いい言葉だなあ)時刻と、各寄航地の地名、運賃のみが記されたごく簡素なものですが、佐原、小見川、鉾田、銚子といった、まさに長距離河川航路が輝いていた時代を感じさせる地名が連ねられ、テンションも急上昇。活字だけでこんなに興奮するなんて、何と安上がりなおっさんでしょう。

二行右には、「通運丸」の文字も見られますが、こちらは東京湾内を航行する房総行き航路の船で、川蒸気のそれではなく、いわば「航洋型」の通運丸です。内国通運は河川航路だけでなく、一時期湾内や沿岸航路も手掛けていたのでした。

176042.jpg読み進んでゆくと、1ページだけでなく2ページ左側にも、「東京ヨリ新波及笹良橋間滊舩賃金」(なぜかこちらは『船』でなく『舩』)の項目も! 

こちらは行徳、野田、宝珠花などの江戸川筋の各河港から、境、栗橋、藤岡といった利根中上流域の寄航地と運賃が記されていました。同じ川蒸気でも、利根運河を通って下利根方面に向かう航路と、江戸川を流頭部まで遡上して利根川に入る便を、方向別に分けて記載したのでしょう。

川蒸気に関する記事はこれだけでしたが、他の交通機関に伍し、東京と近県各地を結ぶ動脈の一つとして、存在感のあった時代の息吹がかいま見えて、嬉しい気持ちになったものでした。

一息ついて全体を読んでみると、主に東京とその近郊発の公共交通に関する、運賃と大まかな発着時刻を表裏に詰め込んだものとわかりました。しかし、この時代の関東の交通は、何と多彩だったのでしょう! 鉄道、馬車、川・海の汽船、鉄道馬車まで! 

さて、この「発着賃金表」の発行年はいつでしょう。川蒸気や内湾航路が元気だった時代といえば、少なくとも明治を下ることはありません。鉄道の項でたどってみると、東海道本線の開通が明治22年、現在の特急にあたる「最急行」列車は明治38年の運行開始だそうですから、発行年はそれ以降、明治もそろそろ末に入ったころだとみてよいのではないでしょうか。

あとは、この紙の出自(?)です。駅や船着場で無料で配られていたのか、雑誌や新聞のオマケとしてはさまれていたのか、引札の一種にしては、広告が入っていないし‥‥。ご存知の方、ご教示ください。

数日たって興奮も収まったところで、関東川蒸気のエンサイクロペディア「川の上の近代」(過去ログ『川蒸気本の決定版』参照)をひもといて、近い年代の運賃表や時刻表を探してみました。

136ページに「通運丸上川航路乗客運賃表」(明治38年)があったので、見くらべてみると‥‥う~ん、かなりの違いがあるなあ。金額が同じなのは流山の20銭くらいで、あとはおしなべて2~6銭「運賃表」の方が高く表記されているのです。それだけなら、発行年代の違いで値上げがあった、ということで納得できるものの、「古河へ24銭 行徳へ同」はありませんよね。上流はるかに位置する古河と、河口近くの行徳が同じ運賃のはずはありません。ちなみに「運賃表」では、行徳8銭、古河30銭でした。

寄航地の順番もばらばらだし、印刷の不備で判読できない部分も少なくないなど、どうもやはり、質のよいものとは思えないものがありました。もっとも、そんな取るに足らないものが打ち捨てられず、今日まで命長らえて、好き者たる船頭の手に入った、というあたり、何か自分のホシを感じるのでありますが‥‥。

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「(市川名所)江戸川橋遠望(市川水月堂發行)」
宛名・通信欄比率2:1、明治40年4月~大正7年3月の発行。

川蒸気が活躍していた時代を活字で追って悦に入っていたら、やはり写真が見てみたくなりました。アルバムをごそごそ繰ってみると、ありました、「発着賃金表」と近い時代のものが!

江戸川本流に架かる、市川の江戸川橋。現在の市川橋の北に架かっていた、木製桁橋をくぐる川蒸気を写したものです。煙突の白線が判然としませんが、外輪カバーの文字の様子から、通運丸でしょうか。川蒸気が橋をくぐるシーンをとらえた絵葉書は、あまりお目にかかったことはありません。

江戸川橋は日露戦争のさなか、明治38年に竣工したそうで、裏面の仕切り比率から判断すると、竣工からそう時間が経っていないころでしょう。

狭い径間を恐らく徐航して、桁下高も十分でない中、煙突ギリギリでかわす緊張感のある一瞬、よくぞとらえてくれたものです。橋の上には数人の人影も見えて、通過シーンを興味深げにのぞき込んでいるさまがうかがえます。思えば遠い、明治の昔の川景色ですが、「発着賃金表」と出会えたおかげで、またほんの少し近くなったように感じられたものでした。

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タグ : 川蒸気船 絵葉書・古写真

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