毛馬閘門の絵葉書

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「大阪毛馬閘門」
宛名・通信欄比率2:1、明治40年4月~大正7年3月の発行。

委細はひとまず置いて、この絵葉書の素晴らしさを垂れ流させて下さい。水面上、ほぼど真ん中から望んだ閘室! 後扉室のマイタゲートは全開され、閘室内にはすでに数隻の舟が舷を接して入閘し、竿を寝かせて注水を待っています。

カメラマンが乗った舟も、この後を追って通航したのでしょうか。閘門通過の前の、期待と不安が入り混じったようなワクワク感が、ビリビリと伝わってくるような低い目線からのこの構図! 護岸上から見下ろす人々の姿も、これから始まるシーンへの期待をいや増しているように思えます。

私が今まで出会った、閘門を主題とした絵葉書では、以前紹介した横利根閘門のそれ(『関宿水閘門と横利根閘門の写真』参照)とくらべても甲乙つけがたい素晴らしさで、しかも稼働時の姿を船上から写したという意味でも貴重なもの。舟航施設である閘門の、魅力を余さずとらえた写真といってもいい過ぎではないでしょう。

さてこの絵葉書、タイトルにもあるとおり、大阪は淀川本流と大川の間を分かつ、毛馬洗堰に併設された毛馬閘門を写したもの。レンガの壁面に、湛水線や汚れもほとんど見られないことから、竣工からさして年月がたっていないことが感じられます。見物人が多いあたりにも、まだ閘門が登場して間がなく、珍しかったことを思わせますね。

ちなみに、毛馬閘門のうち、現在記念物になっている第一閘門は明治40(1907)年竣工、船溜として使われている第二閘門は、大正7(1918)年の竣工で、ともに昭和51年に用途廃止され、現閘門に役目を譲りました。

目地の一本一本まで判別できそうな鮮明さに、ルーペを使ってディテールを堪能していたら、一つ気になるものが。両岸に植え込みのような木立が見えますが、右側のそれ、何か文言を書いた柱と、立札のようなものがありますね。拡大してみると、柱には「紀念×××」と書かれているようです。植え込みの中には、記念碑でもあるのでしょうか。今でも現地に行けば見られるのかな?

そうそう、絵葉書を入手した当初は、以前実見した第二閘門だと思い込んでいたのですが、あるとき撮った写真(21年9月11日訪問、『毛馬閘門…1』参照)とみくらべてみたところ‥‥。

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開閉装置の立ち上がりや、扉体の形式の違いは、後年の更新があったとしても、天端や角にある石材のピッチがどう見ても違うし、径間も絵葉書のそれより広いようです。そして、前扉室のゲートに段差がある‥‥。

これは違うようだと、毛馬第一閘門を訪ねた各サイト(中でも『混沌写真』さんの『旧毛馬閘門』が面白かったです!)を拝見して、絵葉書は第一閘門であることを確認。

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しかし、かつては大川~淀川本流間を、二段の閘門で通船していたんだよなあ‥‥。第二閘門竣工後、第一閘門は常時開だったようですが、それでも閘門バカとしては最高の贅沢です。

ときには閘室が一杯になるような、大形の外輪川蒸気も通った旧毛馬閘門、第一・第二ともに、末永くその姿を淀川畔に留めていてほしいものですね。

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タグ : 毛馬閘門 閘門 絵葉書・古写真

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