渡船と一銭蒸気に思いをはせて

152014.jpg最近古書店で出会った本ですが、これは小躍りしたくなりました。明治からの渡船や、一銭蒸気‥‥主に客用艀を曳く汽船航路のデータをまとめた、資料集だったからです。

今まで関心を持ちながら触れ得なかった世界だけに、大いに渇きをいやした気分になれました。以下覚え書き的に内容を紹介したいと思います。

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152012.jpg都市紀要35 近代東京の渡船と一銭蒸気

東京都公文書館 編
東京都情報連絡室 発行  
B6判 上製本 164ページ
平成3年4月発行


主に統計の数字や許認可時の書面などから、近代東京の渡船や、短中距離水上交通の歴史を追ったものです。本文は「Ⅰ 明治初年の渡船の概要」、「Ⅱ 渡船の開設状況とその背景」、「Ⅲ 一銭蒸気の出現と川汽船会社の台頭」と3章に分かれ、船頭的にはどちらかというと最終章に興味が注がれたのですが、渡船の方でも初めて知ったこと、驚かされたことがいくつかあり、面白く拝読しました。

Ⅰ章では、維新の混乱期から徐々に制度が整い、出願・開設が相次いだ民間渡船の様子を、渡し賃や渡し場の変遷も含めて概説しているのですが、明治9年の調査では、東京府下の各河川・堀割・池を含めて、68ヶ所の渡船場があったとのこと。

そして明治42年、主要な22の私営渡船場における年間利用者は、実に157万人あまり! 陸上交通に押されるどころか、立派に都市交通機関としての一翼を担っており、江戸以来の水路利用は、なお意気盛んであったことを感じさせました。

Ⅱ章では渡船の変遷や諸問題、運賃制度などに触れ、加えて桟橋の略図、渡船のイラストなど当時の図版がいくつか掲げられて、かつてをイメージするのに役立つ部分も少なくありません。
私営渡船が急増するにつれて、同業者や渡船場近隣住民とのトラブルも起こり、水上警察が出てくる騒ぎになった件も紹介され、「タテ」の水運だけでなく、「ヨコ」の渡船も水上警察署の監督下であったことが、今さらながら理解できたことではありました。

意外だったのは、川だけでなく、池にも渡船があったこと。溜池には「溜池渡」なる常設渡船があり、また不忍池にも、明治8年ごろに再三渡船開設の出願がなされたものの、認可されなかったとのこと。もちろん現在のように土堤道の仕切りもなく、下谷から上野山麓まで、広大な一つの水面だったころのお話です。

最も驚かされたのが、神田川の堀割区間、本郷台~駿河台間に設けられた「籠渡し」! 今でいう索道です。
場所は現在のお茶の水橋のあたりでしょうか、挿画によると明治12年当時、カゴは長さ5尺、幅3尺、高さ4尺とあり、2本の索を平行に張り渡した上をカゴが移動するというもの。他の地方でも、「野猿」などと呼ばれた籠渡しがあったことは知っていましたが、まさか東京にもあったとは! 写真や絵葉書があったら、ぜひ見てみたいものです。

さて、上2章も楽しめたものの、船頭的に惹かれたのはむしろ、後半70ページあまりを割いたⅢ章。注意しておきたいのは、この章はあくまで都市部の、いわば区間航路の船社のみを述べたものだということです。川蒸気船としては、長距離航路たる明治一桁~10年代就航の利根川丸、通運丸ほかがはるかに先行しているのですが、ここでは都市内交通である一銭蒸気に至る「前史」として、さらりと触れている程度にとどまっています。

とはいうものの、先輩格の川蒸気たちに大きな刺激を受けて、いわゆる「一銭蒸気」たちが登場したのは間違いなく、明治10年代から航路開設の出願が相次いだものの、既存の渡船場との折り合いが難しいなどでなかなか認可に至らず、時間を要した背景も語られています。

一銭蒸気のそもそもについては諸説あるようですが、明治18年、最初の航路が永代橋~吾妻橋間に開かれると、他の交通機関同様に競合船社が相次いで設立され、過当競争に至る様子を新聞記事を引用しつつ描写。
添付の表によれば、同年末すでに暗車(スクリュープロペラ)・外車(外輪・パドルホイール)合わせて、26隻の蒸気船(曳船か客船かは明記されていない)が府内を定繋地として運航しており、十二分な乗客の需要と、汽船の供給能力が東京の街場にあったことを感じさせてくれます。

Ⅲ章になると、なぜか挿画がぐっと少なくなり、イメージがつかみ難いのは残念でしたが、巻末の参考付図、つまり船社別の航路図には大いに興奮させられました。昭和7年時点での、東京府内の乗合蒸気船6社の航路が、船着場と営業時間、一部をのぞき料金表まで添付の上、図示されていたからです! 参考までに、以下に書き出しておきましょう。なお営業時間は、原典の12時表記を、24時表記に直してあります。

隅田川汽船株式会社
営業時間:7時~17時15分
運転間隔:5~6分毎
航路:西永代~東永代~新大橋東側~新大橋西側~両国橋~両国橋駅前~厩橋~吾妻橋

吾妻急行汽船
営業時間:7時~19時
運転間隔:10分毎
航路:吾妻橋~言問~小松島~水神~鐘ヶ淵~汐入~千住大橋

東京巡航汽船株式会社
営業時間:7時~19時
運転間隔:10分毎
航路:永代~浜町~両国~横網~浅草~言問~鐘ヶ淵

城東汽船
営業時間:5時30分~19時30分
運転間隔:30分毎
航路:雷~浦安~新川口~上今井

千住汽船
営業時間:6時~19時
運転間隔:15分毎
航路:千住大橋~町屋~魚市場~新渡~尾久(熊野前)

東京汽船株式会社
営業時間:浦安発・4時40分~19時40分。高橋発・5時~19時40分
運転間隔:高橋~浦安・20分毎。高橋~行徳・1時間毎
航路:高橋~扇橋~小名木川橋~進開橋~丸八橋~草屋~西船堀~南船堀~宇喜田~栗渡~東船堀~三角~桑川~新川口~長島~雷~浦安~一軒屋~今井~欠真間~湊~富士製紙前~行徳

個人的には、「青べか物語」にも登場する、小名木川~旧江戸川間の東京汽船や、旧江戸川の妙見島の周りを巡っているような、地域の短距離航路ともいうべき、城東汽船が趣味的にグッときて、特に気になりました。

しかし、隅田川下流部を上下する船社の多さ! その頻発ぶりを見れば、観光用ではなく、通勤や商用など実用のものであるのは明らかです。市電やバスが発達し、地下鉄も一部開通していた昭和初期においてなお、隅田川が物流のみならず、人々の行き交う道として躍動していたさまが感じられ、興趣ますますそそられるものがありました。

興奮のあまり長くなってしまいましたが、本書の性格上、図書館に備えられている確率も少なくないと思われますので、水運史に関心のある向きには、一読をお勧めできる一冊と思います。

152015.jpg
(東京)深川永代橋
宛名・通信欄区切り線なし、明治33~40年3月の発行。

お題にちなんで、一銭蒸気のある川景色を題材とした絵葉書、三枚をご紹介します。上は冒頭の絵葉書の部分を拡大したもので、明治の手彩色ものらしい、淡い色遣いが味わい深いですね。

先代の永代橋の下を、客用艀がくぐっているのが遠望できます。永代橋詰は、一銭蒸気の初期から始発点として設定され、昭和7年の時点でも、両橋詰の上下流、合わせて3ヶ所も船着場がありました。手前の船溜には、海川両用の構造を持つ荷舟、五大力らしい和船の姿も見え、大川口らしい賑わいが感じられます。

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152017.jpg(東京)両國橋の全景、彼方に國技舘の円屋根を見る
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。

こちらは下って昭和の風景ですが、右の写真で一銭蒸気を観察すると、客用艀は船首側がオープンデッキでなかなかモダンな外観、曳船もどことなく、時代相応な近代味があるように見えます。昭和に至っても、複数の船社が競合した航路ですから、各社ともサービスにしのぎを削ったことでしょう。

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152019.jpg東京名所 向島こととひ
宛名・通信欄比率2:1、明治40年4月~大正7年3月の発行。「東京芝愛宕町長島萬集道發行」の銘あり。四方枠は型押しによる飾り罫。

珍しい言問船着場を写したもので、昭和7年の航路図によれば、吾妻急行汽船か、東京巡航汽船のどちらかになります。昭和のそれが内燃機関らしいのにくらべ、こちらの煙突は太く、船体中央にあるあたり、いかにも蒸気機関ですね。待合所兼出札所らしい、桟橋上の小屋には看板がかかり、何か書いてあるのですが、残念ながら判読できません。

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タグ : 隅田川 川蒸気船 一銭蒸気 絵葉書・古写真

コメント

No title

芥川の随筆「本所両国」を読んでいて、一銭蒸気で検索したら、このブログに行き着きました。40数年前最初に東京に住んだのが、遊郭があった洲崎弁天町(現在の東陽1丁目)。親戚が酒屋だった関係で配達の手伝いをした折、門前仲町や木場界隈を自転車を走らせました。当時はまだ運河などに木材が浮かんでいて、街の中に木の香が漂っていたように記憶しています。数年前にかの地を訪れた際には大きく変貌し、昔の下町の面影はなく、マンションが林立する風情のない街に変貌していました。芥川の描く東京下町はまるでタイムカプセルから垣間見るような夢幻の世界のように映ります。

Re: No title

>yamagishiさん
かつての街場の雰囲気がしのばれるお話、楽しく拝読しました。職住一つ屋根が当たり前だった東京の旧市街も、向こう何年かで昔語りになりそうですね。水辺の酒屋さんというと、幸田文の随筆に出てくる、新川の酒問屋街が思い出されますが、まだご商売を続けられているお店はあるのでしょうか、一度歩いてみたいものです。
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