柳川堀割めぐり…9

(『柳川堀割めぐり…8』のつづき)

109081.jpg田中吉政像を右に見て左折、木々に囲まれた狭水路の奥に見えてきたのが、この弥兵衛門(やえもん)橋! 先にくぐった石橋より、輪をかけた橋台地の張り出しと径間の狭さに、自然と腰が浮いて「おおお!」と声を上げてしまうほど。船頭さんも呆れていたことでしょう。

外観だけでもそそりますが、弥兵衛門橋、先にも引用させていただいた「近世以前の土木遺産」の福岡県の一覧によれば、「柳川城堀にかかる橋としては最古」とあり、江戸時代に造られたものなのだそう(追記:これは帰宅後に知ったことです、念のため)。その濃厚な外観からも、ぜひくぐってみたい注目の橋だったのです。高欄は擬木風の最近のものですが、桁や橋台地は、竣工当時のままということでしょうか?

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いやもう、これは狭い。橋台も桁も荒削りなだけに、頭皮を削られそうな恐ろしさというか、圧迫感もひとしお。剥落の跡がある桁下に、経てきた星霜が感じられますね。桁は両端を残して、最近のものと入れ替えられているようでした。

船頭さんの話では、「この2~3日は白秋祭なので、水面を上げているので、橋もいつもよりくぐりにくい」とのこと。堀割の導水量も、意識して増減させることがあるのですね。なぜお祭りの最中のみ、水位を上げるのかは聞きそびれましたが、通船量が激増することから、水が濁らないように、代謝を良くするということなのでしょうか?

109083.jpg興奮の弥兵衛門橋をくぐって少し進むと、変則丁字流のある広い水面に出ました。写真はこの丁字流の北西角に立つ、蜘蛛手網の棚とその仕掛け。「水の構圖」にも、「蜘蛛手棚」と題した歌とともに、写真が掲げられていました。滑車を備えた、デリックのような大がかりな仕掛けです。

船頭さんがポツリと「観光用に造ったもんで、使っているわけじゃないんですがね」。…あれ、近江八幡でも似たセリフを聞いたような(過去ログ『西の水郷を訪ねて…4』参照)。まあ、古いものがきちんと保存され、維持されているのは悪いことではありません。
撮影地点のMapion地図

109084.jpg丁字流を左に折れ、少年白秋が通学した道・「白秋道路」と名付けられ整備された、河畔の遊歩道に沿って南下。秋の日はつるべ落とし、陽が低くなったせいか、ちょっと雲がかかると、だいぶ肌寒くなってきました。カメラを向けても、薄暗く撮れてしまいます。

今までお祭りの飾り付けをたくさん見てきましたが、舞台をのぞけば、これはその中でも最大のもの。提灯のトンネル! くぐりながら、「これだけ造ってもねえ、あとは真っ暗ですから、夜は…」と、船頭さんはやはり、夜はお勧めでない様子!

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城西橋をくぐり、クランク状に何度か屈曲する区間の半ば、今度は唐傘をオブジェ風に飾り付けたものが。絵柄はとてもキレイですが、何かもったいないような気も…。お祭りの最終日、ここも夜にはライトアップされて、昼とは違った美しさがあることでしょうね。

(24年11月3日撮影)

【24年11月24日追記】1段目に追記・訂正しました。

(『柳川堀割めぐり…10』につづく)

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タグ : 柳川川下り 柳川市 橋の裏側

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