7月15日の出船入船
(『芝浦駆け足散歩』のつづき)
●というわけで、辛くも出港に間に合い、4年半ぶりのアーバンランチを堪能することに。前回同様、もっとも眺望のよい、船尾の一段高くなったデッキに陣取りました。
前回と違うのは、肌を刺す寒風に凍えなくともいいということ。まあ、夏の陽射しもツライことはつらいお年頃なのですが、小型遊覧船の白眉たるアーバンランチでの船旅が久々に楽しめるのですから、多少の苦行(でもなんでもない)は、ものの数ではありません。
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●潮位の高い時間帯とあって、橋のすり抜け感を満喫しながら芝浦運河を南下。南端近くのお楽しみは、左手にそびえる第一東運のクレーン付き倉庫です。芝浦運河地帯の、数少ない艀荷役時代を感じさせる現存物件、元気でいてほしいものですね。
西日を浴びて輝く高浜水門、扉体の塗装が、まるで今の空模様を描いたよう。ここをくぐった右手は…。

●先月紹介した新浚渫船、海竜の定繋地。左舷側はあっさりしていますが、チラリと見える右舷側には、海底の泥土を吸い上げるパイピングが走り、いかにも浚渫船らしいメカメカした雰囲気です。
●運河地帯を出て、お台場を目指すアーバンランチの前方に広がるのは、ちぎれ雲の飛ぶ夏空の下で、四周を圧するレインボーブリッジと、引き波を交差させながら行き交う出船入船。西日にあぶられていることを忘れそうな、爽快な港の風景です。
レインボーブリッジの下にさしかかったところで、ヴァンテアンが針路を横断。ちょっとずんぐりめの白い船体が、船首波もほとんど立てず、しずしずと行儀よくゆくさまがユーモラス。

●お台場の内水面に入ると、やはりシーズンとあって、まだ日が落ちるには早い時間帯にもかかわらず、涼を求める屋形船で賑わっていました。
よく見てみると、そのうち2隻にはモーターボートが接舷している…佃煮かアイスキャンデーを売りに来た艇ですね。我が艇にも一度接舷してほしいものですが、なかなか機会に恵まれません。
明治から昭和にかけての東京の川や海を、釣師の視点から描いた随筆集「わたしの隅田川 江戸前釣師七十年」(鈴木鱸生著)によれば、江戸前の海で釣舟を廻り、釣客相手に茶菓を提供する商売をした舟を「ウロ舟」「ウロ屋」と通称したそうですが、今のこの艇たちには、どんな通り名があるのでしょうか。


●お台場を出て日の出桟橋へ。あれ? 前回乗ったときには、お台場の次は豊洲に向かっていたなあ…あの後、寄港地を増やしたのかしら。
桟橋を目の前にして、水上バスが2隻同時出港のシーンを見ることができ、軽くコーフン。右のユアータウンはお台場に、リバータウンは浅草へ向かうのでしょう。桟橋に達着すると、間なしにジュビリーがお客さんを満載して到着。まさに出船入船ひきもきらず、実に賑やかでよいものです。

●今回、最も感動的だったのが、さるびあ丸の入港シーンに出会えたことです。
4973tの威容はさすがに圧倒的で、夕陽に白く輝く船体が目前を悠然と通過し、さらに船尾を見せて竹芝へ去ってゆくさまを、じっくり堪能することができました。うむ、満足満足。

●春海運河に入りました。少し前から通るたびに気になっていたのが、旧豊洲埠頭で続いている工事と、岸にバウ付けしている写真のようなフネブネ。プッシャーバージですが、海自の輸送艦のようなバウランプを備えた独特の船型で、船尾には紅白に塗られたスパッドが2本。何か、カサ高な重量物を揚陸しているようです。
通り過ぎざま、押船の船尾をズームでたぐって一枚。船名は第三十七明神丸、検索してみると、宮川運送の船隊の1隻だそうです。


●強い南風で少しガブられましたが、船はつつがなく終点・ららぽーと豊洲に到着。
●今回ようやく気づいたのですが、船着場のすぐ横にある一列に埋め込まれた石板、一枚一枚に船名が書いてある…。よく読んでみると、かつてここにあった石川島の東京第一工場で造られた、フネブネの名前であることがわかりました。
写真は一時代を画した護衛艦である、たかつきの名が刻まれた石板。造船所であったことをしのぶよすがは、ハンマーヘッドクレーンだけではなかったのですね。ジーンときました…。
(24年7月15日撮影)
(この項おわり)

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前回と違うのは、肌を刺す寒風に凍えなくともいいということ。まあ、夏の陽射しもツライことはつらいお年頃なのですが、小型遊覧船の白眉たるアーバンランチでの船旅が久々に楽しめるのですから、多少の苦行(でもなんでもない)は、ものの数ではありません。
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西日を浴びて輝く高浜水門、扉体の塗装が、まるで今の空模様を描いたよう。ここをくぐった右手は…。

●先月紹介した新浚渫船、海竜の定繋地。左舷側はあっさりしていますが、チラリと見える右舷側には、海底の泥土を吸い上げるパイピングが走り、いかにも浚渫船らしいメカメカした雰囲気です。

レインボーブリッジの下にさしかかったところで、ヴァンテアンが針路を横断。ちょっとずんぐりめの白い船体が、船首波もほとんど立てず、しずしずと行儀よくゆくさまがユーモラス。


よく見てみると、そのうち2隻にはモーターボートが接舷している…佃煮かアイスキャンデーを売りに来た艇ですね。我が艇にも一度接舷してほしいものですが、なかなか機会に恵まれません。
明治から昭和にかけての東京の川や海を、釣師の視点から描いた随筆集「わたしの隅田川 江戸前釣師七十年」(鈴木鱸生著)によれば、江戸前の海で釣舟を廻り、釣客相手に茶菓を提供する商売をした舟を「ウロ舟」「ウロ屋」と通称したそうですが、今のこの艇たちには、どんな通り名があるのでしょうか。



桟橋を目の前にして、水上バスが2隻同時出港のシーンを見ることができ、軽くコーフン。右のユアータウンはお台場に、リバータウンは浅草へ向かうのでしょう。桟橋に達着すると、間なしにジュビリーがお客さんを満載して到着。まさに出船入船ひきもきらず、実に賑やかでよいものです。

●今回、最も感動的だったのが、さるびあ丸の入港シーンに出会えたことです。
4973tの威容はさすがに圧倒的で、夕陽に白く輝く船体が目前を悠然と通過し、さらに船尾を見せて竹芝へ去ってゆくさまを、じっくり堪能することができました。うむ、満足満足。


通り過ぎざま、押船の船尾をズームでたぐって一枚。船名は第三十七明神丸、検索してみると、宮川運送の船隊の1隻だそうです。


●強い南風で少しガブられましたが、船はつつがなく終点・ららぽーと豊洲に到着。

写真は一時代を画した護衛艦である、たかつきの名が刻まれた石板。造船所であったことをしのぶよすがは、ハンマーヘッドクレーンだけではなかったのですね。ジーンときました…。
(24年7月15日撮影)
(この項おわり)

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