庄川峡の船旅…1

(『庄川峡の船旅…0』のつづき)

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すみませんまだ船に乗っていません(涙)。
で、「駅舎」の中に入ってみると、いやもうまごうかたなき昔の駅舎そのもの! 出札口はもとより、手荷物扱い口っぽい木枠の窓口、年季の入った木製ベンチ、おまけに改札のラッチまである! この「駅舎」の設計を任された人は、鉄道出身だったのでしょうか。

造作こそ時代を感じさせるものの、什器や看板類に至るまでくたびれたところがなく、美しく整えられている点は外見と同様で、ここで働く方々の心意気を見たような気がしたものです。

211107.jpg改札と反対側の壁沿いには、小牧ダム建設の様子から浅野総一郎はじめ関連人物、当時の庄川水電専用鉄道による木材輸送や、昭和一桁の大牧温泉など古写真が展示され、興味深く拝見。昭和5年竣工の歴史を感じさせます。

小牧ダムといえば避けて通れないのが、写真の解説でも触れられている「庄川流木争議」でしょう。

原木の流下に庄川を利用していた、木材業者および流域各村と電源会社の間に、訴訟から果ては数々の実力行使に至るまで、8年余に渡って続いた係争です。

庄川遊覧船が産まれるに至った理由も、この争議と決して無縁でない部分もあり、興味深くはあるのですのが、ウェブ上にもこれについて詳しく述べたサイトがいくつかありますので、そちらに譲らせていただきましょう。個人的にお勧めしたいのは「庄川水力電気専用鉄道の成立と変遷 --庄川流木争議の一断面 --」(となみ野.jp)です。

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「駅舎」からいったん外に出て、庄川の水面を初見。好天とあって、山肌の緑に抜けるような青空、波一つない水面と実にきれい。奥に見えるのが堰堤です。

左手に写ったインクラインは‥‥。一瞬、鹿瀬ダムのアレみたいに、堰堤を超越する軌道の跡かしら? と期待させるような光景ですが、残念ながら舟航用インクラインはありませんでした(エレベーター魚道という、変わった設備はかつてありましたが)。これは単なる、遊覧船の上架用設備です。

211109.jpgこちらはホンモノの遺構で、原木を引き揚げていたチェーンコンベアの斜路の跡。こちら側のみ残っており、堰堤の下流側は撤去されています。

運用されていたころの様子は、「庄川流材写真」(『庄川・小坂・黒部川第二発電所-石井頴一郎旧蔵写真集-土木学会付属土木図書館)に、素晴らしい写真が多数掲載されています。ぜひご覧ください。


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(越中 庄川峡)小牧堰堤と牛ヶ嶽スキー塲遠望
宛名・通信欄比率1:1、大正7年4月以降の発行。


ここで手持ちの絵葉書の中から、竣工間もないころの小牧ダムの姿を写したものを。多数の径間から放水中の豪放かつ美しい眺め。

手前右手に線路が見えますね。ダム竣工後は先のコンベアで降ろした木材輸送と、湯治や観光客のために客扱いもしたそうですが、昭和14年に廃止されたとのこと。現存していれば、井川線や黒部峡谷線のように、渓谷美が堪能できる路線になったことと思いますが、惜しいことではありました。

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…2』につづく)

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タグ : 庄川 庄川遊覧船 小牧ダム 絵葉書・古写真