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萬右衛門川の面影…3

(『萬右衛門川の面影…2』のつづき)

83011.jpg護岸の際に沿って、犬走り状の狭いスペースを伝い歩きしつつ、振り返ったところ。

昨年の地震によるものでしょう、護岸はクラックが入って、外れたり沈下した部分も見受けられました。睦橋付近はここほどではなかったので、やはり那珂川に近い場所は、地盤がより軟弱なのかもしれません。


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83013.jpg堤防の上に、白い柵で囲まれた、人力操作らしい巻き上げ装置が見えました。やはりあの裏には樋門があるようです。もっとも、堤防と思ったコンクリート壁は、水路幅より少し広い程度で途切れていました。どうやらこれは堤防ではなく、樋門の構造の一部のようですね。

格子で囲まれた吸水管があることから、建屋は排水機場で間違いありませんでしたが、排水管らしい太いパイプが、いったん水路を渡ってから地下にもぐり、那珂川に向かっているのが変わっています。

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柵の左に掲げられた、白い看板を見上げて読んでみました。河川の占有許可証ですね。

この樋門の名前は…「新川排水樋管」! う~ん、この水路はすでに萬右衛門川ではなく、「新川」と呼ばれているのか? 江戸以来の歴史を有し、後には「運河論」に載るほどの国内有数の運河となった、由緒ある萬右衛門川の名が消え失せてしまったとは、信じたくありませんでした。
(ちなみに排水機場も、Mapion地図に『新川排水ポンプ施設』と記されていました)

83015.jpg壁面の左側に掲げられていた、石材製のプレート。昭和51年3月竣工、他には整理符号らしきものと樋管部分の護岸の延長に、施工主である茨城県の名を刻んだだけで、河川名はおろか、樋管名やメーカー名も入っていない、いささか寂しいものです。

ここで、少し冷静になって考えてみました。萬右衛門川の名を捨てて新川に変えたのではなく、新川も実は地元で長く用いられていた通称で、萬右衛門川という名前の方がむしろ、なじみが薄かったのではないかと…。まあ、妄想はさておき、表に回って、樋門のディテールを拝んでゆきましょう。
撮影地点のMapion地図

(24年1月2日撮影)

(『萬右衛門川の面影…4』につづく)

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タグ : 萬右衛門川那珂湊