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関宿再訪…6

(『関宿再訪…5』のつづき)

60056.jpg上流側の扉体をのぞき込んで。橋の上からでは、水管橋らしいもの2本が邪魔をして、まさにのぞき込む感じがします。右の写真が東側、下の写真が西側の扉体。

梁に泥が積もったりしていますが、比較的最近に塗り替えられたのか、状態は悪くありません。閘門としての機能は果たしていないとはいえ、最低でも上流側ゲートが健全でいてくれないと、流量の調整はできないからでしょう。

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60058.jpg次は下流側のゲートを眺めようと、西岸に出て閘室横をほてほてお散歩。ここから見ても、上流側にくらべて、扉体がずいぶん錆びているのがわかりますね。

ゲートの上にある水管橋らしいパイプ、よく見てみると、水管橋としては基部の立ち上がりがちょっと怪しいことに気づかされました。上下流とも同じ形で、しかも基部がどちらも扉体に隣接し過ぎています。もしかしたら、扉体の動力に関係しているものかもしれません。2枚の扉体を連動させるシャフトとか、油圧装置を通したものなのでしょうか。

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近寄って眺めてみると、思ったよりひどい状態です。タスキにかけられた帯金は錆びて落ち、梁に堆積した泥には草が生えています。しかも、水面近くのスキンプレートには穴があいているっぽい…う~ん。

上にある機側操作盤の状態から、動力は来ているものと思われますが、穴があいていてはゲートが仮に動いても、意味はないでしょう。以前来たときは、イベント時に開閉して、カヤックを通航させていたようですが、これではもう運転は難しいかもしれません。

60060.jpg閘室側面の桟橋部分のアップ。1本だけフェンダー(?)の角材が、落ちずに残っていました。

桟橋の柱状部には、点々とボルト穴が見られるので、かつては一面に角材が取り付けられていたに違いありません。角材がほとんど残っていないのは、腐朽したこともあるのでしょうが、常時扉体が全開で、増水時などは激しい水流にさらされるのですから、押し流されてしまったということなのでしょう。


(23年5月4日撮影)

(『関宿再訪…7』につづく)

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タグ : 関宿水閘門閘門江戸川

国内の閘門を網羅した大冊!

運河と閘門
―水の道を支えたテクノロジー―


久保田 稔、竹村 公太郎、三浦 裕二、江上 和也ほか共著
発行:日刊建設工業新聞社 
発売:相模書房 
A5並製 378ページ
23年5月31日 第一刷


閘門と名がつくモノなら、誘蛾灯に飛んでくる虫のようにフラフラと吸い寄せられてしまう閘門バカである船頭にとって、欣喜雀躍せざるを得ない本が、ついに刊行されました!


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タグ : 運河と閘門日刊建設工業新聞社閘門

高瀬舟の写真があった!


少し遅くなりましたが、6月19日からのタイトル画像について。

先日、「川蒸気の絵葉書二題」で、「いずれ、利根川高瀬舟のいい写真にも出会えたら、同様にタイトルにして楽しんでみたい」と書いたら、願いが通じたのか、なな何と、我が家で高瀬舟の絵葉書が発見されたのです! まあ、「発見された」というのは大げさで、単に気づいていなかっただけのことですが。

連れが以前手に入れた、昔の絵葉書ホルダーの中の一枚にあったのですが、まさかそんなところに高瀬舟の絵葉書があるとは誰も思わず、「これ、高瀬舟じゃないの?」と見せられたときは、驚きかつ嬉しくなったものです。まさに灯台もと暗し。気づいてくれた連れに、大いに感謝しつつ、さっそくタイトルに掲げさせてもらいました。

この絵葉書ホルダー、立派な表紙を付けた経本折りの分厚いもので、主に関東の名所旧跡から、博覧会や兵隊さんの演習風景に至るまで、表裏100枚近い絵葉書が収められたもの。中の数枚は、大正11年に上野で開催された、平和記念東京博覧会の絵葉書であることから、その前後に蒐集されたものと見てよいでしょう。

水郷を写した絵葉書も、高瀬舟を含め何枚かありました。写真は香取神宮の津宮と、息栖神社の浜鳥居の絵葉書です。
(過去ログ『津宮』『息栖船溜…1』ほか参照)

さて、絵葉書の写真ですが、帆をいっぱいにふくらませて追風で快走する姿を見事にとらえており、大きく反った船首尾、扇形の巨大な舵の羽板、角張った船首と、高瀬舟独特のディテールも判別できる、素晴らしい写真です。

ちょっと残念なのは、光の加減か、または製版時のボカシ加工によるものか、かなり白飛びしてしまっているのと、高瀬舟の特徴の一つである、船首付近のセイジ(居住区)が、帆布か何かにおおわれているのか、ディテールが判然としないこと。ですが、一反一反に山を作りつつ、はちきれそうに風をはらんだ帆の躍動感は、それらを打ち消して余りあります。

撮影地は、背景だけではなんとも判別しがたいので、「利根の風景 香取ヶ浦」というキャプションに従い、香取付近の利根川としましたが、いかがでしょうか。違っていたらご教示をいただきたいものです。

この写真を見て、オッと目を引かれたのは、艫車立(帆柱を倒したときに、支えとなるコロ付きの柱で、船尾にあるもの)に艫帆として、小さな洋式の縦帆を上げていることでした。

このタイプの縦帆は、先日「川舟の帆のかたち」でご覧に入れましたが、横帆と縦帆を併用した川舟の写真は初見で、珍しいものと思います。横帆から縦帆に置き換わる、過渡期の姿なのかもしれませんね。

川舟には、切り上がり性能はさして求められないでしょうから、あるいは、橋が次第に増えてきたことにより、橋をくぐる際、主帆柱を倒した際の補助帆として使われたのかも…。積荷の高さにくらべて喫水が深いのは、石でも積んでいるのかしら?…などと、妄想はとどまるところを知りません。

利根川高瀬舟! 各地に存在した同名の川舟とはまったく異なる、大きなものでは長さ約30m、1200俵積みの船もあったといわれる、国内最大級の川舟。浅喫水と柔構造を身上とし、年々浅くなる河床に苦しめられながらも、昭和に至るまで「歩き」続けた、関東大水運時代の立役者!

まさに順風満帆、帆のはためきが聞こえてくるような、見事な帆走姿の高瀬舟に出会えた嬉しさ、ちょっと言葉ではいい尽せないものがあります。

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タグ : 利根川高瀬舟和船利根川水郷絵葉書・古写真

関宿再訪…5

(『関宿再訪…4』のつづき)

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背割堤の上から、閘門の上流側ゲートを見たところ。遊歩道の橋は簡素な鋼桁橋ですが、下端を浅いアーチ状に造って、硬い雰囲気を和らげています。ゲート側壁の角には、石材が使われているのが見えますね。

写真中央、水面近くにある縦長の凹みは、閘室に水を入れるバイパス管の注水口です。形からすると、スライドゲートが備えられていたように思えますが、撤去されたのでしょうか。

60052.jpg遊歩道から背割堤の上流側を見ると、バイパス管のスライドゲート操作用のものと思しき、ラックとハンドルが見えました。錆びついてはいるものの、まだ動かせそうな雰囲気です。

上の写真で見た注水口からは、かなり離れた位置にあったので、この装置がゲート操作のためのものとすれば、スライドゲートはバイパス管の途中にあるのでしょう。まだ機能は失っていないのでしょうか。

60053.jpg橋の上から下流側、閘室を眺めたところ。

法面に桟橋状の張り出しが造りつけられていることから考えても、現役時代の満水時水位は、今より1mかそれ以上は高かったに違いありません。現在は仮に下流側ゲートを閉めたとしても、そんなに水位は上がらないように感じられました。平常時の流量自体が、かつてより減ったということなのかも知れません。

60054.jpg
下流側ゲートに、ズームでぐっと寄って。こちらも水管橋(?)と、その向こうには鋼製の管理橋が渡されています。もちろん竣工時には、ゲートの上には何もありませんでした。通航船の高さを制限しない、マイタゲートの長所を捨て去ってしまうようなものだからです。

60055.jpg同じく橋の上から、振り返って上流側ゲートの間の水面を。激しく泡を噛んで水が流れ下り、その水面を透かして、緑色の藻が生えた底が見えています。

格子状のパターンらしきものが見られるところから考えて、この時代の他の閘門同様、竿が底によくかかるように、わざと凹凸をつけたのかもしれません。

以前来たときも同じことを考えたのですが、この、底が見えてしまう水深の浅さを目の当たりにすると、やはり「あ~あ」とタメ息が出てしまいます。まあ、昔と違って、自艇で関宿を越え、利根川を下ることへの執着は薄れたので、そんなにイヤな気持ちというほどでもないのですが…。

もう、その機能を止めているとはいえ、閘門と名のつくものが、水を湛えつつも、もはや船を通せない状態にあるのを目の当たりにすると、やはり、やはり残念でたまらなくなるのです。


(23年5月4日撮影)

(『関宿再訪…6』につづく)

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タグ : 関宿水閘門閘門江戸川

関宿再訪…4

(『関宿再訪…3』のつづき)

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天端にズラリと並ぶ巻上機を眺めながら、水門上の歩道を対岸の閘門に向かってお散歩。竣工時はディーゼルエンジンを動力としていたそうですが、今はもちろん更新され、電動化されています。

60047.jpg閘室に近づいてきました。上流側を眺めると、以前来たときにも見た小型浚渫船が、同じ位置にぽつりと浮かんでいるのが見えます。

左側に伸びている草の生えた土手は、閘門と水門を隔てる背割堤ですが、芝の生えた丸い先端のあたり、いかにも居心地がよさそう。景色を眺めながら、座ってお茶でも飲みたい気分にさせられますが、残念ながら柵があって、入ることはできません。

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60049.jpg歩道を外れて背割堤の上から、ふたたび水門を眺めて。

右の写真は、水門上の高欄(?)をアップで見たところ。ずんぐりと寸足らずながら、親柱っぽい処理に目をひかれます。こうしてディテールを一つ一つ眺めてみると、いかにも昭和初期の土木構造物らしい表情が垣間見えて、面白いですね。



60050.jpg背割堤の上にあった説明板。ううん、せっかく立派な説明板を設けたのですから、閘室長や径間、扉体寸法、それにゲート形式なども、できれば入れてほしいものですね。あと、最盛期は一日どれくらいの通船量があったとか蒸気船の通航シーンの写(略)。

閘門としての稼働を止め、開放が常態となってからは、よほどの増水時でもないかぎり動力船の通航は難しくなり、説明板の写真にもあるように、カヤックが通れる程度の(流れに抗して遡上するのは大変でしょうが)環境となってしまいましたが、閘門が原形を保ち、往時をしのぶことができるのはやはり、ありがたいことといわねばなりますまい。
撮影地点のMapion地図

(23年5月4日撮影)

(『関宿再訪…5』につづく)

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