「きよす」の航跡を追って

(『桜探し散策で…9』のつづき)

分水路で中断してしまいましたが、去る3月22日、消防艇「きよす」に出会ったときのつづきです。

27071.jpg平久水門の十字流で「きよす」と別れて、汐浜運河を東へ。日も傾き、風は冷たくなってきましたが、水清く空も青く抜けて、爽やかで鼻歌の出そうな運河の帰り道。

洲崎南水門近く、吉野家さんの船溜を横目に見つつ微速で航過、例の運河の曲がり角を右折、曙北運河へ。



27072.jpg越中島貨物線のガーダーに差し掛かったところで、橋の向こう、汐見運河から出てきたのは、なんと先ほど別れたばかりの「きよす」! 平久運河を下り左折して、汐見運河を東へ移動してきたというわけですか。

面舵を取って、我々同様、曙北運河を南下するようですね。よーし、ストーカーしてしまおう。


27073.jpgここからは勝手知ったる水域なのか、今までの抜き足差し足から一転して「きよす」は爆音を高め、船足を上げてゆきました。こちらも負けじとスロットルを倒し、左舷後方に食い下がります。

ウォータージェット特有の、白い泡を含んだ航跡が、ウェーキの内側に次第に広がってゆきます。狭水路通過の警戒シフトは、すでに解いてもいいはずですが、皆さん不測の事態に備えているのか、はたまた私同様、フネに乗ったら青天井と決めているのか、船室に入る気配はありませんでした。

27074.jpg
爆音がますます高まるにつれて、航跡も広がって、ついには我が艇の周りもすっかり、白いじゅうたんが敷き詰められたような光景に。

私のヨタ写真では伝えきれないでしょうが、逆光に輝く白銀の水面は、雪のように目を射てまばゆいほど。一瞬、視界のほとんどが白くなったような感覚に襲われました。

27075.jpg航跡の泡で音波が反射されるのか、魚探のモニターには深度表示がなくなり、一面真っ赤になってしまいました。

雪原を進むような幻想的な光景を、もっと楽しんでいたい…と願ったのもつかの間、今週のタイトルにもあるように、「きよす」は曙北運河を出たところで面舵を切り、砂町運河を西へと去ってしまいました。残念。
撮影地点のMapion地図

(22年3月22日撮影)

(この項おわり)

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タグ : 汐浜運河 汐見運河 曙北運河 砂町運河 消防艇

お茶の水分水路覚え書き

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11』のつづき)

例によって、お茶の水分水路について、いくつか気になったところをまとめてみました。過去の記事と重複する部分もありますが、ご参考まで。


ホンモノのGoogleマップ(別窓)で神田川・お茶の水分水路略図を表示

まずはGoogleマップに、お茶の水分水路のおおよその経路を落としてみました。ハメコミ表示にすると、なぜかどうしてもずれてしまうので、上の地図は単なるJpg画像です。リンク先をクリックしてご覧ください。

図面から写したわけではないので、水路幅や経路については推測の部分があり、正確ではありません、念のため。また、都心ということもあり、どうしても他の表示に埋もれがちですので、地名を非表示とし、拡大して細部をご覧になることをお勧めします(アラが目につくでしょうが)。

しかし、改めて上空から眺めてみると、ちょうど本郷台の西端から東端までを掘り抜いた、まさに「現代の仙台堀」と呼んでも言い過ぎでない、大分水路であることが見て取れますね。

二度の屈曲があり、河道の拡幅も難しいこの区間に、地下に平行して河道を設け、上流の急激な増水に対応できる流下能力を持たせるために、お茶の水分水路が掘られたのでしょう。
先輩格である水道橋分水路と、あまりに扱いに差があることから、記事中では憎まれ口を叩いたりしましたが、やはりこれだけ建て込んだ、しかも丘陵の地下を掘り抜いたのですから、都市河川の治水事業としては、世紀の大工事と言って差し支えない、石碑をもって顕彰されるにふさわしい規模のものだったと思います。

通航時に気になったことをいくつか。

記事中でも紹介したように、下流開鑿区間の吐口付近と、シールド区間の下流部3分の1ほどが、天井高の非常に低い区間で、進入時の潮位に注意することが必要です。

おなじみ海上保安庁海洋情報部の潮汐推算曲線で、通航日、芝浦の今年3月14日の潮位を見てみると、通航時の12:00~13:00の間の潮位は80~107cm。少し圧迫感はあったものの、21ft・オープンの我が艇は充分な余裕をもってかわすことができたので、同クラスのハードトップ艇であっても、100cm前後からそれ以下の潮位であれば、まず問題はないでしょう。

水深は水道橋1・2号分水路同様、通航時で4m前後と充分で、ところどころに浅い部分のある、神田川本流よりむしろ気楽なほど。ただし、シールド区間は円断面ですから、端に寄り過ぎないようにするのは言うまでもありません。

また、これも何度か触れましたが、進入は下流側から、遡上するかたちにするのをお勧めします。トラブルで一旦停止することになっても体勢が立て直しやすく、特に開口部から脱出する際にも、バウが先に振られ、狭い径間に狙いがつけやすいので、何かと都合が良いものです。

ちなみに、番組収録時に乗せていただいた船宿さんのカタマランは、長さ約10m、幅は3m弱といったところ。これほどの大型艇を、ほとんど壁に触れさせることなく通過させた、船頭さんの腕には驚くばかりでした。お勧めはしませんが、この寸法が通航艇の最大値と言っていいように思えます。

数少ない開口部以外は、全く明かりのないところですから、照明が命であるのは「神田川分水路まつり…1」ほかでも触れたとおりです。もちろん複数の光源を準備するべきですが、今回感じたのは、天井高のある発進縦坑を堪能するには、あと一つ二つ、強力なライトが欲しいということ。

いかなフラッシュがあるとは言え、薄暗い中ではコンデジ君も測距をしかねるのか、今回はピンボケやブレも多く泣かされました。もっとも、バッテリーの容量は限りがあるので、常に複数を点灯させておくのは不安があります。もう一つ、手元スイッチのついた、スポット用をあつらえるしかなさそうですね。

26137.jpg一つ積み残しがありました。写真は、昌平橋の上流側人道橋と、車道橋の間、北岸を見たところ。古いままの石垣護岸に、雨水吐らしいパイプが二本見えますが、いずれも板で塞がれていますね。

これ、位置的に見て、「分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…1」で見た、下水合流部の旧吐口ではないでしょうか。「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2」の「暗渠化小石川河口」同様、分水路の建設によって、分断されてしまった暗渠も少なくないに違いありません。

そういえば、このあたりはかつて、石神井川の末端が南北に流れていた、旧河道の跡…。20年ほど前まで、昌平橋上流北岸には樋門があり、「暗渠化石神井川(?)」かしら、と妄想していたのですが、それもいつの間にか消えてしまいました。やはりこれも、分水路の竣工によるものだったのでしょうか。


(22年3月14日撮影)

【追記】上記のGoogleマップ「神田川・お茶の水分水路略図」は、大幅に加筆・修正しタイトルも「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」としました。詳しくは「水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ」をご覧ください。

(この項おわり)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 シールドマシン発進縦坑

分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10』のつづき)

26132.jpg
最後の屈曲区間を抜けると、おお、水道橋下流の開口部、水道橋1号分水路との接続点が見えてきた! 先週のタイトルでも紹介しましたが、よく晴れた穏やかな日とあって、射し込んだ陽光がくっきりと線を作っており、1km近い闇の世界を抜けてきた者にとっては、まるで希望そのもののよう

外の乾いた空気が、鼻腔を快くくすぐり、お天道様の下への里心をゆさぶられる瞬間でもあります。

26133.jpg上の写真の区間は、完全に土をかぶってはおらず、本流側の一部が外部に露出している部分でもあります。右の写真は、北岸、開口部の直上から下流側を見たところ。

露出部分の天端は、本流を眺められる河畔のテラスになっているのですが、何か差し障りがあるのか、ご覧のとおり入口は鎖錠されて、利用することはできません。
撮影地点のMapion地図

26134.jpgそして開口部の真上は、何でも神田上水の石樋をイメージして作られたという、水の流れるオブジェを中心に据えた小公園。位置的に、水道橋北東角の橋詰広場的なスペースになっているので、ベンチに憩う人も少なくありません。

そういえば、先ほどくぐってきた昌平橋下流の吐口直上も、桜の植わった小公園となっていました。お茶の水分水路の基点と終点が、どちらも公園に整備されているあたりにも、やはり、分水路界のエリートとの思いを、補強するのであります。

26135.jpg
お 茶 の 水 分 水 路、完 走。
…で、「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…1」に続くわけですが、正直に書きますね。

ここで外に出てしまいたかった。すんごく。

いや、誤解しないでください、楽しかったんです。やはり自艇で通るのって、他人様のフネで来るのとは違った充実感があって、楽しめたのはもちろんなのですが、例の「呼ばれていない」プレッシャーは想像以上で、もう何だか、気持ちがくじけたと言うか。
分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…9」で、情けない弱音を吐いていたのを、あるいは妙だと思った方もおられたかもしれませんが、お茶の水分水路の1300mで、精神力の結構なカサを費やしてしまっていた、というわけです。

26136.jpgやはり、「呼ばれていない」と感じた水路に、水路バカ魂――言い換えれば、見栄とヤセ我慢だけで入るものではない、ということを、痛感した次第。…でも、いずれまた、行ってみたいなあ…。

遠く徳川治世の初め、本郷台を掘り割る大土木工事によって、切り開かれた神田川・仙台堀。今回自らくぐってみて、お茶の水分水路が、現代の神田川開鑿、第二の仙台堀と言っても過言でない、大工事であったことが実感できました。
分水路界のエリート、お茶の水分水路! 巨大な土圧に耐えながら、この台地の地下深く、静かに可航水路が息づいていることを思うと、「呼ばれていない」苦い思いを噛みしめつつも、愉快な気持ちになるのです。


(22年3月14日撮影)

(『お茶の水分水路覚え書き』につづく)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川

分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…9』のつづき)

26129.jpg常闇の中に沈みゆく発進縦坑を後に、上流開鑿区間を微速前進。延長1300mに及ぶお茶の水分水路の最終コース、長さ220mの矩形渠です。

高さは充分あり、下流開鑿区間やシールド区間のように、息苦しくなるような圧迫感はなく、気分もだいぶ楽なコース。そういう意味でも、下流から入ったのは正解でした。


26130.jpg
ゴールも間近のここで、ようやく、やっと銘板の撮影に成功。北側の壁にありました。
1990年3月 神田川お茶の水分水路工事(その1) ←延長105m 東京都 清水ロイヤル建設共同企業体

ステンシル数字や、建造物近接地点のプレートもそうですが、銘板も高級石材の磨き出しと、本当に何もかもが立派だなあ、お茶の水分水路は…。水道橋分水路なんて、銘板はアクリルか何かでしたしね。

26131.jpgあまり取り上げる機会もないと思うので、ここでふたたび地上の物件を二つ紹介。一つ目は、開鑿区間の直上にあり、神田川を望むテラスに建立された、「神田上水懸樋跡」の碑。

ご存知のように、神田上水は都市水道の嚆矢とされており、関口水道町から山裾をたどり自然流下しながら、ここで木製の水道橋を架け神田川を渡って、日本橋方面にまで給水していました。
この近所で家業を営んでいる友人によると、ほんの30数年前、彼の子供のころまでは、懸樋の橋台地にあたる石垣が残っていたのことです。

26076.jpg今ひとつの石碑は、神田上水のそれの少し上流にある、なんと「お茶の水分水路碑」! う~ん、この特別扱い、やはり、分水路界のエリートに違いない! 

自然石の表面に刻まれた碑文は、「神田川分水路事業 お茶の水分水路 平成7年3月通水記念
石碑を建てて顕彰するほど、この工事が難工事だったのか、それとも水道橋1・2号分水路を含むほかの分水路群の工事が、あまりにも簡単すぎたのか…。

26077.jpgまあ、それは冗談としても、実際に艇で通航してみた身としては、その歴然とした格差を目の当たりにして、何か釈然としないものを感じるのであります。「水道橋分水路の碑」も、私が知らないだけで、どこかにあるのかなあ…。

ちなみに、石碑のかたわらに設けられた案内図には、高田馬場分水路・江戸川橋分水路を含めた分水路群が描かれており、少し救われた気分になりました。


(22年3月14日撮影)

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11』につづく)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 神田上水懸樋

分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…9

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…8』のつづき)

26124.jpg銘板のたぐいがどこかに貼っていないかしらと、木につかまりながら斜面に出て、開口部の土から露出している側面を検分して回りましたが、スプレーによる落書きらしいものの他は、特に何もなし。

分水路の中で、人に見られることを意識したかのようなプレートや、ステンシルの番号をあれだけ見せつけられただけに、地表部分であるこちらに何も表記が見当たらないというのは、どうも腑に落ちません。

26125.jpgホコリだらけになりながらヤブをこいで、平場の端から端まで見て回ったものの、ついに収穫なし。わかったのは、生えている木や草は割りと頻繁に手入れされており、特に木々は剪定の跡が生々しかったこと。仙台堀開鑿の結果たるこの斜面は、巨大な植え込みの扱いなのですね。

フタの上に立つ願望は達成されたものの、メーカーズプレート一つ見出せずにこの地を去るのは、やはり気持ちが収まりません。ため息を吐きつつ、階段を見上げてみると…
あっ、あれは! 

26126.jpg
階段の入口、すぐ下の壁面に、小さいながら立派な磨き出しの銘板が!
さっき、何度も上からのぞき込んだ割に気づかなかったとは、まさに灯台下暗し。
1996年3月 神田川お茶の水分水路工事に伴う 道路復旧工事(その1) 東京都 中央エンジニアリング株式会社施工

道路復旧工事という語感から、開鑿した発進縦坑を埋め戻し、旧情に復した工事のように思えます。やはり、このシャフトは機材の搬出入口で、シールドマシン本体は、道路上を切り開き、発進縦坑の幅をいっぱいに使って吊り下げたのでしょうか。

26127.jpgフタの西北角から眺めて。木々で視界がさえぎられていますが、対岸の電車や神田川の水面が見渡せたら、ちょっとした小公園にしてもいいくらいのスペースに思えました。

しかし、階段の銘板にある「1996年」という竣工年が気になりますね。分水路内部の銘板(次回紹介)では、上流開鑿区間の竣工が1990年、大成建設の「実績紹介」では、恐らくシールド区間の竣工年は、1993年となっています。
各区間の接続部に、角落しで塞ぐ設備があったことからも、竣工には時間差があったことが想像できましたが、銘板の記録を拾ったかぎりでは、その時間差は数年にわたったようですね。

26128.jpgフタを踏みしめる念願はかなったし、銘板は見つかったしと、まずまずの収穫でした。そろそろ帰ろうと、東側の擁壁に近づくと、昔使っていたものか、石垣の石材がごろりと一つ、転がっていました。

しゃがんで見てみると、毛抜き合わせ端の断面をしているのがわかります。目地にセメントが付着していたので、そう古いものではないでしょう。かつてこの斜面で、神田川を見つめていた石垣の一つかもしれません。


(22年4月11日撮影)

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…10』につづく)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 シールドマシン発進縦坑