fc2ブログ

通運丸の先っぽ?

川蒸気のイメージを求めて」の続きみたいなお話なんですが、先日見つけた絵葉書に、外輪川蒸気らしい船影が写っているものがありました。前の二枚同様、全体がしっかりフレーム内に収まっているのではなく、先っぽ程度なのが寂しいところですが、嬉しい掘り出し物には違いありません。


(復興せる大東京)兩国橋と隅田川」のタイトルでもおわかりのように、震災直後、現在の両国橋が竣工する前の、大正末から昭和初期の撮影と見てよいでしょう。以前紹介した永島丸の写真から、40数年を経て定点撮影したことになりますね。

主題である両国橋は、現在の橋が昭和7年に完成した後、一径間を亀島川の南高橋として移設しています。橋の中央径間近くを走る2隻の船は、曳船が客用艀を曳く、通称一銭蒸気。水上バスの先輩です。画面左に見える、屋根付き桟橋に達着するところでしょう。

さて、本題の川蒸気らしき右の船、残念ながら後半部が写っていないので、外輪かどうか判じられませんが、よく見てみると、屋根の上に何か黒いものが横たわっています。先端の形状からして、これは外した煙突ではないでしょうか。低い橋をかわすため、煙突は着脱ができたと言われていますが、実際に外してあるのを見たのは初めてです。

また、船首周り、甲板上をブルワーク(波除け板)で囲ってあるのも珍しく感じました。「川の上の近代」ほかに写真が掲載されていた、当時の各船社の川蒸気は、手すりのみでブルワークを備えたものはなかったからです。
このころは、生き残った明治以来の川蒸気たちにとっても、最末期といってよい時代ですから、改修を重ねて外観が一変していたとしても、不思議ではありません。外輪船から暗車(スクリュー)船に、大改造された船があった、という話もあります。


さらに気になったのが、船首のブルワーク側面に、船名表記らしきものが見えること!
人着写真に、アミ点の粗い活版多色刷りときては、こうして拡大したところで、もちろんはっきりとは読めないのですが、一番右の文字(?)「丸」に見えませんか? とすると、3文字で「通運丸」?

いや、通運丸は、「第××通運丸」とナンバーが振られるはずですから…、「丸」に見える右の模様みたいなものが、「第×」なのかしら?
大正末~昭和初期まで生き残っていた川蒸気は、内国通運から東京通船(のちに東京通運)に経営が移ったとはいえ、ほとんど全てが「第××(号)通運丸」を名乗っていたはずですから、まあ、通運丸には違いありますまいが…。
もうちょっとハッキリ写っていたらなあと、絵葉書を眺めながら無いモノねだりをする、冬の夜長であります。


にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 通運丸川蒸気船一銭蒸気隅田川絵葉書・古写真

第三芭蕉丸の船旅…4

(『第三芭蕉丸の船旅…3』のつづき)

19081.jpg航路は、馬放島の南東にある小さな岩礁、地蔵島を避けるため、水道の入口で少し南に折れ、「へ」の字を描いています。右側の代ヶ崎には、わずかな平地に肩寄せ合う集落が見え、瀬戸内の島を思わせる、多島海の情緒たっぷりの眺め。

水道の向こうから、さらに向かってくる船影が見えます。どんな船が来るのか、ワクワクするなあ…。

19082.jpg母港に帰る漁船でしょう、二隻がまるで船足を競い合うように、派手な引き波を立ててすれ違ってゆきました。

あれ、二隻の向こう、馬放島の木の上に見えるマスト、船のものではありませんね。信号所でしょうか? 先ほどから、ピカリ、ピカリと光が見えたので、灯台か何かかな、と気になってはいたのですが。

19083.jpg
やはり船舶信号所ですね。巡洋艦の艦橋のような建屋の上に、灯標や音響信号機らしきものを取り付けた、マストが立っています。信号所といえば、東京や横浜にあるような、電光で信号符字を現示するものしか目にしたことがなかったので、こんな古典的なスタイルのものは、珍しく思えたものです。

昔の港内信号所は、マストに旗旒信号を掲げて、泊地や岸壁の指示をしていたそうです。一見して、そこまで古いようには思えませんでしたが、その時代の残り香を、嗅いだような気持ちになる外観でした。
撮影地点のMapion地図

検索してみると、灯標類を製造している会社「ゼニライトブイ」の「平成20年4月 信号所の無人化、信号灯の老朽換装」に、信号所を無人化した際の記事が載っていました。
名称は塩釜信号所で、昭和38年から管制官が常駐し業務を行なっていたところ、同社の装置が平成20年4月に設置されたため、宮城海上保安部からの遠隔操作が可能になったとのことです。

19084.jpg
馬放島をかわしたあたりで、またも観光船と反航。松島ベイクルーズの「あおば」です。

227総t、定員400人を誇る大型船で、まるで走るガラスケースのよう、船内からの眺望は良さそうですね。第三芭蕉丸同様、最上甲板に一等船室をいただく豪華船ですが、私はシブい第三芭蕉丸のほうが好き(笑)。

19085.jpg見どころの多かった水道を抜けると、島々に茂る緑が目に沁みるようになりました。

駆け抜ける漁船を見送りながら、ふと我にかえると、さすがに寒さが身に沁みて、ツラくなってきました。そろそろ船室に入り、一休みするとしましょう。


(21年12月3日撮影)

(『第三芭蕉丸の船旅…5』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 松島観光船船舶信号所

第三芭蕉丸の船旅…3

(『第三芭蕉丸の船旅…2』のつづき)

19076.jpg北岸、航空管制塔のような魚市場のシンボルタワーを見ながら、第三芭蕉丸はゆるゆると行き足をつけて、波静かな港内を東へ向かいます。

天気がよくないのは残念ですが、分厚い雲が幸いして、湾内は波静か。こうして微速で走っている分には、まったく動揺を感じさせません。

19077.jpg
南岸、貞山1号埠頭の専用ドルフィンにもやっている、ひときわ目立つ白い大型船は、保安庁のヘリコプター巡視船「ざおう」。東京ではめったに見られない船影の連続で、もう嬉しいのなんの。

昭和57年の就役で、巡視船としてはもう寄る年波と言っても言い過ぎではありますまいが、虎の子のヘリ搭載巡視船だけに、近代化改装を施しつつ、まだ当分は現役にとどまるのでしょう。

19078.jpg船は内港航路をほぼ真東に進み、北岸の代ヶ崎と馬放島に挟まれた水道に向かいます。

狭水道通過というだけでも面白いのに、島影から一隻、また一隻と船が現れて、視界がえらく賑やかになってきました。これは当分、船室に戻れそうもありません!


19079.jpg
滑走船スタイルの「のぞみ」が、排水量型の「しおじ」を追い越してゆきます。航走シーンを、しかも眺めのよい高所から堪能できるのですから、もう言うことナシ。

「のぞみ」は団体さん向けなのか、結構な盛況ぶりでしたが、「しおじ」は定期船のようで、ちょっと寂しそうでした。

19080.jpg2隻の後を続航してきて、引き波に突っ込む勇壮なシーンを見せてくれたのは、我が第三芭蕉丸と同じ、丸文船隊の小型船「はやぶさ」。こちらも団体さんを乗せているのか、高乗船率ですね。

はやぶさ君には大変失礼ですが、私がこのタイプの船に当たっていたら、「屋根付きブネ嫌い」の欲求不満がはじまって、楽しさも半減していたかも…。もうこの時点で、第三芭蕉丸以外の松島遊覧は、考えられなくなっていました。
撮影地点のMapion地図


(21年12月3日撮影)

(『第三芭蕉丸の船旅…4』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 松島観光船巡視船

第三芭蕉丸の船旅…2

(『第三芭蕉丸の船旅…1』のつづき)

19071.jpg船室に荷物を置いてデッキに出ると、船はすでにもやいを解いて、桟橋を離れていました。

せっかく一等船室を世話してもらったというのに、ちょっと申しわけない気もしますが、東北有数の商港である塩竃港とくれば、ここでしか見られないフネブネの姿も多いはずと、さっそくデッキに飛び出したのです。
3層のトップ、しかもぐるりが自由に使えるとあって、眺望は最高。この眺めが楽しめるというだけでも、乗った甲斐があったというものです。

19072.jpgマリンゲート塩竃の対岸、東塩釜駅に近いあたりでしょうか、クレーンを林立させた造船所が見えました。

オレンジ色の塗装も鮮やかなサルベージ船、それに海上保安庁の測量船「天洋」も艫付けでもやっていたりと、本船たちの姿が眺められ、寒いのも忘れてデッキをウロウロ。



19073.jpg桟橋を離れて、行き足がつきはじめたころ、妙な形の曳船…いや、押し船でしょうか、濛々と舷側からの白い排気をたなびかせ、大きさに似合わない盛大な引き波を立てて驀進してくる姿に、目を奪われました。

船体はやたらと四角く、甲板上は操舵室のほか、一切の突起がない変わったスタイルで、何かゲタを連想してしまいました。船首に並べたタイヤのフェンダーには、帆布のカバーがかけられています。相手の船に、ゴムの痕がつかないようにするためでしょう。

19074.jpg
続いて入港してきた曳船は、先の「ゲタ押し船」と違って普通の船型ですが、やはり舷側排気で、フェンダーにカバーをかけています。同じ船社の所属でしょうか。

黄色いヘルメットをかむった船員さんたちが、こちらを認めると、いっせいに手を振ってくれました。

19075.jpg
これは、塩竃魚市場あたりだったでしょうか、巡視船「おいらせ」を発見。

最新の中型高速巡視船の一隻で、引き締まった精悍なスタイルは、30kt以上の速力を誇る韋駄天ならでは。装載艇の発進・揚収も走りながら行なえるそうで、頼もしいかぎり。悪いことをしたらアッというまに追いつかれて、臨検されそうですね。イヤ、一度臨検されてみたい(笑)。
撮影地点のMapion地図

(21年12月3日撮影)

(『第三芭蕉丸の船旅…3』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 松島観光船丸文松島汽船巡視船曳船

第三芭蕉丸の船旅…1

しばらくお休みしていた、昨年12月3日の、塩竃から北上運河に至るまでのお話を再開させていただきます。順番でいうと、「貞山運河の北端を見る」から、「北上運河閘門めぐり…1」の間になります。

19066.jpg貞山運河をあわただしくチラ見して、塩竃港・マリンゲート塩竃へ。ここまで来たからには、松島までは船で移動しなければウソでしょうと、予約をしておいたのです。
松島めぐりの船社はいくつかあるのですが、船隊に私好みのフネが多い、丸文松島汽船を予約しました。

分厚く曇ったあいにくの天気ですが、松島遊覧船は子供のころ一度乗ったきり、昔のこととて記憶も定かでないので、どんな船が迎えてくれるのか、楽しみではあります。

19067.jpg館内に入り、出札口で手続きをしようとしたら、前で所在なげに立っていた背広姿の初老の紳士に、声をかけられました。町工場の社長さんといった風情で、気さくで頼もしそうな感じの男性です。

「お客さん、次の便に乗るの?」
「ええ、そうですが…」
「一つ前の便にしない?」
「?」

聞くと、牡蠣鍋ツアーの団体さんを乗せた船が出るのだが、団体さんが使うのは1階だけで、他の船室はまったく使わないから、そちらに乗ってみてはとのこと。
ここで、ははあと思い当たりました。松島観光船は、一人でもお客さんがあれば、船を一隻出港させなければなりません。恐らく次の便は、お客は我々だけなのでしょう。早い便に乗れるのなら、こちらとしても悪い話ではありません。

ひとつ確認したいことがありました。
「その船、外に出られますか?」
ご存知のとおり、私は船室内に閉じ込められるのが、何より我慢ならないたちです。
「一番上の一等船室なら、周りに出るところがあるよ」
さらに「社長さん」、たたみかけるように、
「そっちに変えてもらえるなら、特別に一等船室を半額にしますよ」
その話、乗った!

19068.jpg
「社長さん」が出札口に指示して、変更の手続きをしてくれました。船はすぐ出るとのことで、いそいそと桟橋へ。もやっていたのは「第三芭蕉丸」。いや、丸文船隊の中でも、一番乗ってみたかった船に当たるとは! 干舷の低い船体に、三層の船室を重ねた古典的観光船スタイルで、私の好みど真ん中。

もし、次の便に乗っていたら、露天デッキのない小型船で、「新東京丸」のときのような欲求不満にさいなまれていたかもと思うと、「社長さん」のあざやかな機転に、大いに感謝したくなりました。
あの様子からすると、ホンモノの社長さんだったのかなあ…。

19069.jpg
船員さんにうながされて、最上甲板に上がり、一等船室の扉を開いて、二度びっくり。白いカバーのかかったソファーなど、目にするのはン十年ぶり。何だか、「社長シリーズ」の森繁久弥が出てきそうな、昭和30年代テイストの内装じゃないですか。
三つ揃えを着て葉巻をふかしたくなるような雰囲気です。
ますます嬉しくなりました!

19070.jpg船室の壁には、甲板の配置や非常口を示した図面が掲げられていました。外観と、一等船室の雰囲気から、かなり古い船だと思っていたら、図面の作成年は昭和61年。船としてはベテランには違いありますまいが、極端に古いと言うわけではありません。

う~ん、これは、「松島観光船、かくあるべし」といった、経営陣の好みが強く反映されたに違いない…と、勝手に妄想。さっきの「社長さん」、ガンコそうだったものなあ…。ともあれ、出港前から嬉しいこと続きで、天気に恵まれない憂鬱も、吹き飛んだような気持ちになりました。
撮影地点のMapion地図

(21年12月3日撮影)

【22年7月12日追記】Yahoo知恵袋で、拙文を読まれて一等船室乗船を決めた方がおられる模様。お役にたててよかった…。

(『第三芭蕉丸の船旅…2』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 松島観光船丸文松島汽船