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川蒸気のイメージを求めて

旧ブログでもたびたび触れたように、この遊びを始めたきっかけは、明治時代に就航した、外輪川蒸気船へのあこがれから。言うなれば、「蒸気船ゴッコ」がしたかったのですね。単に川が好きと言うより、可航河川により惹かれる理由も、そのあたりにあるのでしょう。

ただ、脳内でその時代の風景を思い描きながら、川走りをしたいと思っても、川蒸気の写真や絵は公開されているものが少なく、長い間寂しい思いをさせられたものでした。
川蒸気を利用した長距離水運の全盛期が明治時代で、鉄道の伸張期と重なっていたこともあり、被写体としてすでに魅力を失っていたのか、写真の絶対数が他の乗り物にくらべて、非常に乏しいのです。

まあ、そのあたりの飢餓状態は、関東の近代水運についての写真やデータを網羅した大冊「川の上の近代」(物流博物館で購入できます)が発行されたことで、一気に癒されたのですが、やはり自分でも探してみたい気持ちが強く、絵ハガキでも物色しようと動き回ってみたものの、出物はなかなかありません。
なじみの古書店の社長にも「川船は出ないねえ。ほとんど見ないよ」と言われる始末。

ようやく見つけたのが、旧ブログでも紹介した、汽船原発場(始発駅、くらいの意味でしょうか)のあった両国橋際に永島丸(↓)がチラリと写っている写真、一枚という情けなさ…。
いや、これでも発見したときは、大興奮させられたものでした。

両国橋古写真小03
ちなみに、洋式木製橋の両国橋は、明治8年に竣工し、同37年にトラスの新橋が完成するまで使われました。永島丸が就航していたのは、明治13年7月から16年まででしたから、その間の撮影とみてよいでしょう。
川蒸気船は、明治4年から早くも国産船の建造が始まっており、利根川水系はもとより、淀川や北上川ほか、長距離に渡る水運が発達していた河川に、急速に普及してゆきました。

で、最近になってようやく、二枚目を発見。人着写真の絵葉書で、これも風景の一部として写っている程度のものでしたが、外輪船のディテールがはっきりとわかり、小躍りしたものです。

キャプションには「(石巻名勝)石巻川開紀念 (其一) (石巻文明堂発行)」とあります。川開きのお祭り風景を写したもののようです。撮影年代は書いてありませんでした。

右側の桟橋には、横付けした2隻の川蒸気が見えます。特に手前のものは、ひょろ長い煙突やエントコック(キセル型通風器)、両舷のパドルを覆うカサ高なスプラッシャーなど、この時代の川蒸気船特有のディテールが見て取れます。北上川で運航されていた、岩手丸ほかの船隊でしょうか、満船飾をたなびかせ、屋根にもたくさんの人が登って、賑やかなお祭りの雰囲気が伝わってきます。

石巻の川開きについて検索してみると、川開きは今でもお祭りとして毎年行われており、第一回の川開きは、大正5年8月18日に開催されたとのこと。川施餓鬼も兼ねていたようですね。(iタウンページ宮城 石巻川開き祭り)ということは、この写真はそれ以降の撮影ということでしょうか。ご存知の方のお話を、ぜひうかがいたいものです。


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タグ : 永島丸隅田川北上川川蒸気船絵葉書・古写真