神田川・分水路の通航について

ご存じ、神田川の可航分水路である、お茶の水分水路・水道橋1・2号分水路(以下『分水路』と略)。
今まで何度も艇で出たり入ったりしておきながら、通航することの可否については、恥ずかしながら真剣に考えたことがなかったのです。

今回、あることがきっかけで、初めてこの件と向き合ってみて、さまざまなことがわかりました。以下長くなりますが、そのまとめです。

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水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ

先日の分水路ツアーの折にいただいた資料をもとに、以前Googleマップ上に作った「神田川・お茶の水分水路略図」に追記し、題も「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」と改めてみました。

以下、神田川の可航分水路2系統3区間についての、船頭なりのまとめということで、気になったところをかいつまんでご紹介できればと思います。過去の記事「分水路まつり覚え書き」、「お茶の水分水路覚え書き」と、あわせてご覧いただければ幸いです。


ホンモノのGoogleマップで神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図を表示

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お茶の水分水路覚え書き

(『分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…11』のつづき)

例によって、お茶の水分水路について、いくつか気になったところをまとめてみました。過去の記事と重複する部分もありますが、ご参考まで。


ホンモノのGoogleマップ(別窓)で神田川・お茶の水分水路略図を表示

まずはGoogleマップに、お茶の水分水路のおおよその経路を落としてみました。ハメコミ表示にすると、なぜかどうしてもずれてしまうので、上の地図は単なるJpg画像です。リンク先をクリックしてご覧ください。

図面から写したわけではないので、水路幅や経路については推測の部分があり、正確ではありません、念のため。また、都心ということもあり、どうしても他の表示に埋もれがちですので、地名を非表示とし、拡大して細部をご覧になることをお勧めします(アラが目につくでしょうが)。

しかし、改めて上空から眺めてみると、ちょうど本郷台の西端から東端までを掘り抜いた、まさに「現代の仙台堀」と呼んでも言い過ぎでない、大分水路であることが見て取れますね。

二度の屈曲があり、河道の拡幅も難しいこの区間に、地下に平行して河道を設け、上流の急激な増水に対応できる流下能力を持たせるために、お茶の水分水路が掘られたのでしょう。
先輩格である水道橋分水路と、あまりに扱いに差があることから、記事中では憎まれ口を叩いたりしましたが、やはりこれだけ建て込んだ、しかも丘陵の地下を掘り抜いたのですから、都市河川の治水事業としては、世紀の大工事と言って差し支えない、石碑をもって顕彰されるにふさわしい規模のものだったと思います。

通航時に気になったことをいくつか。

記事中でも紹介したように、下流開鑿区間の吐口付近と、シールド区間の下流部3分の1ほどが、天井高の非常に低い区間で、進入時の潮位に注意することが必要です。

おなじみ海上保安庁海洋情報部の潮汐推算曲線で、通航日、芝浦の今年3月14日の潮位を見てみると、通航時の12:00~13:00の間の潮位は80~107cm。少し圧迫感はあったものの、21ft・オープンの我が艇は充分な余裕をもってかわすことができたので、同クラスのハードトップ艇であっても、100cm前後からそれ以下の潮位であれば、まず問題はないでしょう。

水深は水道橋1・2号分水路同様、通航時で4m前後と充分で、ところどころに浅い部分のある、神田川本流よりむしろ気楽なほど。ただし、シールド区間は円断面ですから、端に寄り過ぎないようにするのは言うまでもありません。

また、これも何度か触れましたが、進入は下流側から、遡上するかたちにするのをお勧めします。トラブルで一旦停止することになっても体勢が立て直しやすく、特に開口部から脱出する際にも、バウが先に振られ、狭い径間に狙いがつけやすいので、何かと都合が良いものです。

ちなみに、番組収録時に乗せていただいた船宿さんのカタマランは、長さ約10m、幅は3m弱といったところ。これほどの大型艇を、ほとんど壁に触れさせることなく通過させた、船頭さんの腕には驚くばかりでした。お勧めはしませんが、この寸法が通航艇の最大値と言っていいように思えます。

数少ない開口部以外は、全く明かりのないところですから、照明が命であるのは「神田川分水路まつり…1」ほかでも触れたとおりです。もちろん複数の光源を準備するべきですが、今回感じたのは、天井高のある発進縦坑を堪能するには、あと一つ二つ、強力なライトが欲しいということ。

いかなフラッシュがあるとは言え、薄暗い中ではコンデジ君も測距をしかねるのか、今回はピンボケやブレも多く泣かされました。もっとも、バッテリーの容量は限りがあるので、常に複数を点灯させておくのは不安があります。もう一つ、手元スイッチのついた、スポット用をあつらえるしかなさそうですね。

26137.jpg一つ積み残しがありました。写真は、昌平橋の上流側人道橋と、車道橋の間、北岸を見たところ。古いままの石垣護岸に、雨水吐らしいパイプが二本見えますが、いずれも板で塞がれていますね。

これ、位置的に見て、「分水路打通作戦【お茶の水分水路編】…1」で見た、下水合流部の旧吐口ではないでしょうか。「分水路打通作戦【水道橋1号分水路編】…2」の「暗渠化小石川河口」同様、分水路の建設によって、分断されてしまった暗渠も少なくないに違いありません。

そういえば、このあたりはかつて、石神井川の末端が南北に流れていた、旧河道の跡…。20年ほど前まで、昌平橋上流北岸には樋門があり、「暗渠化石神井川(?)」かしら、と妄想していたのですが、それもいつの間にか消えてしまいました。やはりこれも、分水路の竣工によるものだったのでしょうか。


(22年3月14日撮影)

【追記】上記のGoogleマップ「神田川・お茶の水分水路略図」は、大幅に加筆・修正しタイトルも「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」としました。詳しくは「水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ」をご覧ください。

(この項おわり)

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タグ : お茶の水分水路 分水路 神田川 シールドマシン発進縦坑

江戸川・三郷中之島覚え書き

水門先生と水路行…3」でお約束した、三郷中之島付近の澪筋などについて、覚え書き的に少し…。
航路情報うんぬんと言うよりは、ちょっと気になる点がいくつか思い当たったので。


上の写真は、平成7年8月に撮った、坂川放水路河口・松戸水門です。写真でもわかるように、西岸(水門のあるほうが東)にかなり寄った位置から撮っており、水門の基部は、手前にある中之島の木立で隠れているのがわかります。
撮影地点のMapion地図

これは、この前の航行で、下流側で中之島に寄せ過ぎ、結果座洲した反省から採った航路で、無事中之島付近を通過、常磐道流山インター上流まで到達しました。この時は、三郷放水路のかなり下流から西岸に寄せたことを憶えています。下のGoogleマップ上に描いた赤線が、おおむねその時の航路です。

すでにお話したように、今回は平成7年と同様、西岸寄りに遡上しようとして浅瀬につかまり、東に向けて進んだところ、澪筋が東岸寄りから中之島沿いにあることがわかり(航路はGoogleマップ上の青線)、かつての感覚とはだいぶ違うことを実感しました。
恐らく、現在の澪筋は、黄線で描いたように走っているように思われました。

すでに「江戸川限界遡上」にも書かれているように、佐藤氏には「坂川・三郷両放水路から流下する土砂が、このあたりの河床を上げ、澪筋を変えてしまったようだ」とお話したものの、帰宅してからGoogleマップに浅瀬の推定エリアを落としてみて、「ハテ、ちょっと違うかな?」と、また別の感想(イヤ、妄想に近いかな)を持つようになったのです。


ホンモノのGoogleマップで江戸川 三郷中之島付近を表示

まず、合流河川の堆砂で河床が上がった件ですが、常時水を流している坂川放水路はともかく、三郷放水路は逆に、年に数回あるかないかの放水時に、その流速で堆砂を押し流しているように思えたのです。
中之島下流付近から東岸に至る深みは、その前後の区間にくらべて唐突で、角度も三郷放水路の取付け角に一致しているため、そうでも考えなければ、説明がつかないように思えました。

三郷放水路からの放水は、中川が危険な状態にならない限りないはずで、いざ放水が始まれば、相当な流速で東岸下流方向に向かってぶつかるはずですから、この考えもあながち外れてはいないと思えるのですが、いかがでしょうか。

今回はまった浅瀬の推定エリアも、同じ考えから、上流側を三郷放水路の吐口の角度に合わせて描いてみました。もっとも、平成7年に通過したときは、たまたま水位が高かったので、気づかずに通ってしまった…という可能性も、否定できません。

今ひとつ…。ボート乗り諸先輩の非難も空恐ろしいので、念のため記しておくと、このあたりが動力船の遡上限界では、もちろんありません。

Googleマップの航空写真を拡大してご覧になればおわかりのように、中上流部にも結構な数の繋留船が見られます(私の艇より大きな艇も、たくさんありました)し、これは特殊な例ですが、大雨直後の増水時を狙って、関宿閘門を通られた方も、過去には一人ならずおられる(水路をゆく 過去ログ江戸川走破の快挙!』参照)わけです。

私のお世話になっている、ボートサービスの社長によると、流山付近で漁をしている舟の、船外機の整備を請け負っており、その舟は年に一回ほど江戸川を下って来て、エンジンの修理をしてこともなげに(!)帰っていくとのこと。

その社長ですら、「松戸のあたりから上は怖いから、上がりたくないねえ」と尻込みするのですから、まさに地場の、わずかな川船乗りしか知り得ない澪筋が延々と続く川、それがかつてのメインラインであった江戸川の、現在の姿なのでしょう。

お隣の中川が、三郷放水路のはるか上流まで、難なく遡上できる環境にあることを思うと、まさに動力船にとっては「航路の廃墟」と呼んで言い過ぎではない荒廃ぶりで、かつての賑わいを考えると、やはり寂しさがつのるのを、抑えることができません。


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タグ : 江戸川 三郷放水路 三郷中之島 松戸水門

分水路まつり覚え書き

(『神田川分水路まつり…13』のつづき)

何分地下だけに、航行中の写真だけではピンと来ない方もおられるかもと、例によってGoogleマップで、簡単ではありますが、水道橋分水路の経路図を描いてみました。

埋め込みにすると表示が重くなりますから、下の写真は単なる複写にしてあります。ホンモノはこちらからどうぞ。大縮尺にすると、線が太く見えてしまうので、拡大してご覧いただければ幸いです。
6091.jpg
航行中の写真でもご紹介した、マンホールや柱を、地上から実地で検分できれば、もう少し精度の高いものになるとは思うのですが、お散歩の時間も取れそうにないので、とりあえずごく荒いものでご勘弁ください。

水道橋分水路は、ご覧のとおり2本の分水路が並行して設けられています。
イヤ、全部を見たわけではないので、断言するのははばかられますね。そうとしか考えられない構造、くらいにしておきましょうか。都建設局による、詳細の公表が待たれます。

ここでは仮に、白鳥橋上流から、水道橋下流までのものを1号分水路青線)、船河原橋上流から小石川橋上流までのものを2号分水路赤線)としました。
今回航行したのは、1号分水路は呑口(青印)から第一開口部(赤印)までと、終端の第二開口部(紫印)から上流側100mほど。2号分水路は全区間です。

神田川には、他にも数本の分水路がありますが、全区間が可航域にあり、しかも、曲がりなりにも動力船が航行できる環境にある分水路は、この水道橋分水路のみと言ってよいように思います。

6092.jpg神田川分水路まつり…9」で触れた、1号分水路の終点近くに、天井高が低いところがあるのでは…と、なぜ思ったかについて…。

それは、水道橋駅横にある、市兵衛河岸船着場(青鋲印)奥の壁面に見える、2つのヒンジ付き排水口の存在が、引っ掛かっていたからです。(写真は18年9月撮影)

以前、「旧小石川河口のなれの果てでは?」などと、土木的妄想をふくらませていたのですが(『神田川分水路まつり…11』でも、『小石川?』が出てくるのが何ですが)…、この排水口が、分水路直結などでなく、別の独立した暗渠の吐口だとしたら、分水路の頭上を通っているはず…。つまりその分、分水路の天井高は低くなっているのでは、と考えたからです。
もちろん、確かめたわけではないので、今のところは個人的な妄想にすぎません。

今ひとつは、鈴木理生氏の「江戸の川・東京の川」(井上書院)の280ページにある「神田川流量分配図」にある記述を見たことから。(分水路に関する資料としては、一般で手に入る、唯一のものではないでしょうか。)
これはその名のとおり、神田川とその派川、および分水路の水を流れ下す容量が、どのくらいあるかを図にしたものです。

注目したのは、1号分水路の流量が125立米/秒、2号分水路の流量が145立米/秒とあったこと。明らかに1号分水路の流量が少ないのです。やはり、断面そのものが小さいのか、または途中に、狭窄部のような障害があるように思える記述でした。

まあ、あれこれ興味は尽きないのですが、言うまでもなく、船が航行するために造られたものではないので、通航する際は潮位をはじめ、細心の注意を払っていただければと思います。

参考までに、Mapionの「キョリ測」で測った延長は、1号分水路が約1600m、2号分水路が480mほどでした。

【追記】水道橋分水路・お茶の水分水路の詳細をまとめたGoogleマップ「神田川・水道橋分水路・お茶の水分水路略図」がアップされています。詳しくは「水道橋分水路・お茶の水分水路のまとめ」をご覧ください。


(『「源森川」に道草…1』につづく)

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タグ : 水道橋分水路 神田川