鼬川水門
(『“ガンダーラ”にも寄ってみた!』のつづき)

●神通川畔に建つローラーゲート、鼬川水門にも寄ってみました。位置的には、以前紹介したゴム堰、鼬川取水堰のすぐ下流になります。過去2回の富山訪問時も、視界の端に見えながら、なぜか訪れていなかったのでした。
堰柱の銘板をのぞいてみましょう。正式名称は取水堰同様、「いたち川水門」‥‥ううむ。昭和61年3月竣工、純径間15m、扉体は酒井鉄工所の製作だそう。

●堤防を降りて上流側から。スキンプレートが堤内を向いていますが、これは前回見た松川の樋門たちも同様でした。

●高水敷の管理橋上から、正面のいいお顔を一枚。巻上機室の側面に回された2本づつの筋が、唯一の意匠らしいものといっていいくらい、質実剛健な感じ。橋上から川面をのぞき込むと、澄んだ浅い水の中を、大きな魚がゆったりと泳いでいるのが見えました。
右は堰柱のスリットから見た扉体の側面とレール、それにローラー。ローラーは生地のままのものと、こうして塗装されているものがありますが、ステンレスと鋼とか、材質の違いでしょうか。
静かな堤防上での水門見物を終えて、次の目的地に向かうことにしました。前回、天気がすぐれずにあきらめた、射水は新湊の遊覧船です!
【撮影地点のMapion地図】
(29年9月23日撮影)
(『内川遊覧船に乗って…1』につづく)

にほんブログ村


堰柱の銘板をのぞいてみましょう。正式名称は取水堰同様、「いたち川水門」‥‥ううむ。昭和61年3月竣工、純径間15m、扉体は酒井鉄工所の製作だそう。

●堤防を降りて上流側から。スキンプレートが堤内を向いていますが、これは前回見た松川の樋門たちも同様でした。


右は堰柱のスリットから見た扉体の側面とレール、それにローラー。ローラーは生地のままのものと、こうして塗装されているものがありますが、ステンレスと鋼とか、材質の違いでしょうか。
静かな堤防上での水門見物を終えて、次の目的地に向かうことにしました。前回、天気がすぐれずにあきらめた、射水は新湊の遊覧船です!
【撮影地点のMapion地図】
(29年9月23日撮影)
(『内川遊覧船に乗って…1』につづく)

にほんブログ村
松川遊覧船ふたたび…4
(『松川遊覧船ふたたび…3』のつづき)

●乗り場より下流のコースで一番の見どころといえば、やはり桜橋を置いて他にないでしょう。昭和10年竣工の美しい上路式鋼アーチで、富山市街地に架かる戦前製の橋では、ほぼ原形を保った貴重な橋。有形文化財指定がなされたのもうなずけます。
あいにくの曇り空とあって、カメラを向けてはみたものの、表情はいま一つといったところでしたが、石張りの橋台や高欄の装飾など、重厚な魅力を8年ぶりに堪能できて、満足満足。

●帰路、東側から見たところ。光線の塩梅はこちらの方がよろしいようで、ディテールもくっきり、こうべを垂れる桜の枝もよろしく、緑濃いしっとりとした川景色です。
先ほども引用させていただいた、松川遊覧船サイト内のPDF「富山の風景・桜橋」によると、全長15.5m、全幅21.9mとのこと。この広い幅員が、今日まで原形を保たせた、何よりの力だったのかもしれません。

●何ていうんでしょう、この丁寧に抜かれた高欄の装飾パターンに、曲線を取り入れた持ち送り端部の処理。裏側に広がるリベット列(タイトル参照)と併せて、この時代の鋼橋の魅力にあふれていますね。
●遊覧コースの下流側転回点、鼬川との合流部まで来ました。都市河川の合流部に設けられた、開放型のテラスというだけで素敵ですよねえ‥‥。
それこそ、鼬川~富岩運河の可航化が成り、「塩倉橋発・カナル会館行き」なんて便が実現したら、ここで行きかうフネブネを眺めながら、のんびりしてみたくなるような、佳いロケーションです。
前回(過去ログ『松川を棹舟でゆく…4』参照)はアオサギ君が一人ハァハァしていましたが、今回はハトの社交場(笑)と化していました。誰かが餌付けした後なのか、ハト君たちも腹くちくなったようなまったりムード。ここでのんびりするには、みかじめ料としてハトのエサが必要でしょう!
●そうそう、桜橋のすぐ上流に、水しぶきを上げて流れ込む落し口があり、鉄板の水制を立てて水流を和らげているのですが、そのかたわらに、滴が垂れるほど濡れそぼりながらも離れない、アオサギ君を発見。
船長によれば、「あそこは滝になっていることで、魚がよく跳ねるから、それを狙っているんでしょうねえ」とのこと。生真面目に立ち尽くす姿が何ともおかしく、笑いを誘うシーンでした。どこか人間臭さがあって、しぐさに惹かれるものがあるアオサギ君、松川のアイドル的存在といってもいいようです。
(27年6月21日撮影)
(『松川遊覧船ふたたび…5』につづく)

にほんブログ村

●乗り場より下流のコースで一番の見どころといえば、やはり桜橋を置いて他にないでしょう。昭和10年竣工の美しい上路式鋼アーチで、富山市街地に架かる戦前製の橋では、ほぼ原形を保った貴重な橋。有形文化財指定がなされたのもうなずけます。
あいにくの曇り空とあって、カメラを向けてはみたものの、表情はいま一つといったところでしたが、石張りの橋台や高欄の装飾など、重厚な魅力を8年ぶりに堪能できて、満足満足。

●帰路、東側から見たところ。光線の塩梅はこちらの方がよろしいようで、ディテールもくっきり、こうべを垂れる桜の枝もよろしく、緑濃いしっとりとした川景色です。
先ほども引用させていただいた、松川遊覧船サイト内のPDF「富山の風景・桜橋」によると、全長15.5m、全幅21.9mとのこと。この広い幅員が、今日まで原形を保たせた、何よりの力だったのかもしれません。

●何ていうんでしょう、この丁寧に抜かれた高欄の装飾パターンに、曲線を取り入れた持ち送り端部の処理。裏側に広がるリベット列(タイトル参照)と併せて、この時代の鋼橋の魅力にあふれていますね。

それこそ、鼬川~富岩運河の可航化が成り、「塩倉橋発・カナル会館行き」なんて便が実現したら、ここで行きかうフネブネを眺めながら、のんびりしてみたくなるような、佳いロケーションです。
前回(過去ログ『松川を棹舟でゆく…4』参照)はアオサギ君が一人ハァハァしていましたが、今回はハトの社交場(笑)と化していました。誰かが餌付けした後なのか、ハト君たちも腹くちくなったようなまったりムード。ここでのんびりするには、みかじめ料としてハトのエサが必要でしょう!

船長によれば、「あそこは滝になっていることで、魚がよく跳ねるから、それを狙っているんでしょうねえ」とのこと。生真面目に立ち尽くす姿が何ともおかしく、笑いを誘うシーンでした。どこか人間臭さがあって、しぐさに惹かれるものがあるアオサギ君、松川のアイドル的存在といってもいいようです。
(27年6月21日撮影)
(『松川遊覧船ふたたび…5』につづく)

にほんブログ村
鼬川取水堰と樋門
(『牛島閘門ふたたび…2』のつづき)

●牛島閘門を愛でたついでに、堤防の向こうにある堰と樋門も見てみることにしました。道路を渡って、鼬川畔に降りてみると、落差をすべる水音とともに、堰が姿を現しました。
丸みを帯びた黒い扉体を越流する河水、これ、ゴム引布製起伏堰ですよね? ゴム製の袋を空気などでふくらませて堰上げ、増水時は減圧してぺちゃんこにすれば、速やかに放流できるという、起伏ゲートの一種です。
●堰のかたわらにはテラスが整備され、写真のような説明板もあって、ゆっくり鑑賞できます。名前は「いたち川取水堰」‥‥まあ、使う頻度の少ない漢字なので、気持ちはわかりますが、ここはちゃんと「鼬川取水堰」と、正式名称で呼んであげたいものです。
なるほど、河床の掘り下げで富岩運河への給水が難しくなったため、新たに堰を設けたのですね。見方によっては、運河の付属設備ともいえるでしょう。魚道の写真にはめ込まれた、記号化されたおサカナが可愛らしくてイイ。

●さて、前回から8年越しの宿題、牛島閘門と鼬川を分かつこの樋門の、名前を確かめること。
巻上機室をタイルでお化粧し、公園地に面したことを明らかに意識した、これだけの規模の設備です。探せばどこかに、銘板なりあるはずでしょう。
●‥‥と、息巻いて隅々まで眺めまわし、のぞき込んでは探し歩いたものの、名前のよすがとなるものは、ついに発見できませんでした。右に掲げた頑丈そうな操作盤が、堰柱の裏側に備えてあったのみ。ううん、がっかり‥‥。例によって見落としたのかなあ。
水郷のそれならば、どんな小さな水門であっても、堰柱の梁中央に銘板が掲げてあったものですから、決して小さくないこの樋門で無銘とは、驚きでした。何か理由があるのでしょうか。

●せっかく再訪したのだからと、扉体をのぞき込んで一枚。いずれこの扉体が開いて、牛島閘門の通船が成るときがあったら、ぜひ通ってみたいですねえ。
【撮影地点のMapion地図】
(27年6月20日撮影)
(『中島閘門見学…1』につづく)

にほんブログ村

●牛島閘門を愛でたついでに、堤防の向こうにある堰と樋門も見てみることにしました。道路を渡って、鼬川畔に降りてみると、落差をすべる水音とともに、堰が姿を現しました。
丸みを帯びた黒い扉体を越流する河水、これ、ゴム引布製起伏堰ですよね? ゴム製の袋を空気などでふくらませて堰上げ、増水時は減圧してぺちゃんこにすれば、速やかに放流できるという、起伏ゲートの一種です。

なるほど、河床の掘り下げで富岩運河への給水が難しくなったため、新たに堰を設けたのですね。見方によっては、運河の付属設備ともいえるでしょう。魚道の写真にはめ込まれた、記号化されたおサカナが可愛らしくてイイ。

●さて、前回から8年越しの宿題、牛島閘門と鼬川を分かつこの樋門の、名前を確かめること。
巻上機室をタイルでお化粧し、公園地に面したことを明らかに意識した、これだけの規模の設備です。探せばどこかに、銘板なりあるはずでしょう。

水郷のそれならば、どんな小さな水門であっても、堰柱の梁中央に銘板が掲げてあったものですから、決して小さくないこの樋門で無銘とは、驚きでした。何か理由があるのでしょうか。

●せっかく再訪したのだからと、扉体をのぞき込んで一枚。いずれこの扉体が開いて、牛島閘門の通船が成るときがあったら、ぜひ通ってみたいですねえ。
【撮影地点のMapion地図】
(27年6月20日撮影)
(『中島閘門見学…1』につづく)

にほんブログ村
| HOME |