川跡の首都高をゆく…1

66001.jpgご存知のように、首都高には江戸時代以来の水路の水を抜いたかたちで、そのまま利用し道路として整備した区間があります。

橋や護岸に、水路として現役だった当時のままの部分もあり、かつての姿を髣髴できるあたりに興味が注がれるのですが、通る機会があっても高速道路ともなれば、文字どおり高速で走り抜けるしかなく、いつもの水路行のように、ノンビリ橋を眺めるわけにもいきません。

ところがある日、江戸橋ジャンクションから、例の旧楓川の区間にダイブする急勾配を下って川跡に入ってみると…、渋滞している! 普通なら、舌打ちの一つもしたくなるところでしょうが、船頭的には、これはまたとないチャンスです。

しかも、たまたまカメラの用意があったということもあり、これは何か「呼ばれている」のだと都合のよい解釈をして、がぜん張り切り出すはめになりました。以下、こんな危ないことをしてとのお叱りは覚悟の上で、ヨタ写真を披露させていただきます。

66002.jpgこのあたりの両岸は、いかにも現役当時を思わせる石垣護岸。天端がところどころ切り取ったようになっているのは、当時の揚場の跡なのか、それとも後年の加工なのかしら。

本材木町河岸と呼ばれたこのあたり、かつて日比谷入江と隅田川河口に挟まれてあった半島・江戸前島の東岸部で、いわばこの楓川から東は、埋め立てによって新たに開かれた土地だったわけです。

66003.jpg八重洲通り、宝町ランプが両岸を上ってゆくあたり、コンクリートアーチが見えてきました。久安橋です。

橋詰に取りついたランプが出っ張って陰になり、全容を眺めるにはいま一つの環境ですが、分厚いムクの量感は、震災復興橋の貫禄を感じさせるに十分!


66004.jpg
くぐりざまに見上げて。いや~、首都高でコレができるとは思っていなかったので、嬉しいです。

昔の写真と見比べてみると、高欄は後年の改修によるもののようですが、ここから見るかぎりしっくり来ていて、悪くない雰囲気ですね。

66005.jpgアーチ裏側の曲面を見上げ、白く染み出した石灰分に星霜を感じてしみじみ。窓からカメラを出して、さっと撮っては引っ込めていたら、右の赤いクルマを運転していた女性に、すごい顔で睨まれてしまった…。驚かせてごめんなさい。

イカロスMOOK「首都高をゆく」に掲載されていた、現役(という言い方もおかしいですが、船頭的には水路に架かっていたころが現役と脳内規定)時の写真を見ると、今より幅がずいぶん狭く見えました。後に拡幅されたのでしょうか?
ちなみに橋本体とは別に、南側には橋に連続するかたちでデッキが設けられ、公園となっています。
撮影地点のMapion地図


(23年6月6日撮影)

(『川跡の首都高をゆく…2』につづく)

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タグ : 楓川 首都高都心環状線