音無渓谷のストラクチャー…4

(『音無渓谷のストラクチャー…3』のつづき)

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80017.jpgふたたび音無橋を仰ぎ見て。冬の陽射しに照らされてくっきりと浮かび上がった、側面のディテールが堪能できました。しかし、木々にさえぎられて、全景を眺めることがかなわないのは、紅葉がきれいとはいえ、やはり残念ではあります。

橋詰に上がってみると、竣工間もないころの写真を添えた説明板が。川面に姿を映していた時代もあったのですね。三径間のアーチがつくる倒立像、さぞ美しかったことでしょう。

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都電荒川線の王子停留所、下りホームから眺めた旧河道の末流区間。画面奥が下流側で、チラリと見えるコンクリート壁が、トンネル区間と合流する地点の導流堤です。

護岸の石垣化が、親水公園だけでなく、ここまで及んでいるのが印象的。旧河道は、鉄道と明治通りの下を直角に曲がりながら暗渠でくぐり、都電のホームが始まるあたりでふたたび開渠となっています。
撮影地点のMapion地図

80019.jpg都電に乗って王子を発車直後、窓から石神井川が見えたのは当たり前として、ちょっと色めき立つ光景が展開されていました。旧河道の落とし口付近には、機付きの作業艇がもやっており、さらにその奥、本流に浮いているのは何だ!

泡を喰ってカメラを取り出し、すみませんと周りに声をかけながら、ブレるのもかまわず写したのがこの写真。乗客のみなさん、ご迷惑をおかけしました…。

80020.jpg本流に浮いていたコレ、一見したかぎりでは、ポンプ式の浚渫船のようですね。このあたりは土砂がたまりやすいのかしら。以前ここに入ったときは、水面にゴミが多く、最奥部まで進むことを断念して帰ったので、いずれ暗渠の出口近くまで行ってみたいものです。

しかし、冷静に考えてみれば、周りに迷惑をかけてまで撮らずとも、次の停留所で下りて、写真にも見える橋の上から、落ち着いて観察すればよかったですね。

(23年11月20日撮影)

(この項おわり)

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タグ : 音無渓谷 石神井川

音無渓谷のストラクチャー…3

(『音無渓谷のストラクチャー…2』のつづき)

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さらに下流側へ歩いてゆくと、おおお、木製スライドゲートが2連発、しかも最後のは径間が大きく、扉体止めの穴も3段階と豪華版! ミニ水門がある公園というと、福富川公園(過去ログ『福富川公園…1』『福富川公園…2』参照)が思い出されますが、こちらの方が手入れはよいようですね。

木製扉体の現役水門は、数は少ないながらまだ残っているようですが、このような純和式となるとすでに壊滅しているはずで、そうした意味では模型なみに小さな復元物といえど、貴重な存在ではあります。

80012.jpg三つ目のミニ水門から少し進んだところで、ふたたび竹矢来が現われて親水公園はおしまい。のぞき込むと下流側にも、両岸に苔むした石垣が続いていて、雰囲気を壊していないのはさすが。

ちなみに最後のミニ水門、下流側には木製の水車があって、水門で水車を回す流量を調節するようになっていたのですが、写真を撮り忘れてしまいました。

80013.jpg少し戻って、忘れてはならない大物ストラクチャーがこれ、舟串橋です。石川悌二氏の「東京の橋」には載っていなかったので、おかしいなと思っていたら、「音無親水公園」(日本物理探鑛株式会社)によると、明治時代に架けられていた橋の復元なのだとか。

ご覧のとおり、高欄に擬宝珠をいただいた木製の反橋で、水門とお揃いの純和式なのが嬉しくなります。東京の可航河川にも、一つぐらいこのような橋が欲しいものですね。

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80015.jpg最近架けられた橋となれば、全木製というのはまずあり得ないと思うのですが、こうして橋の裏側から見上げてみても、鋼材をまったく見せず、しかも不自然にならないよう被覆しているのが素晴らしい(それとも、ホンモノの木製桁橋なのかな? だとしたらごめんなさい)。

木の感触を味わいたくなり、橋上に上がって実際に渡ってみると、思った以上の素晴らしさでした。靴の裏に感じる敷板の感触、ほどよく肉が退いて木目の浮き出た、高欄のまろやかな手触り。

公園に設けられた橋で、こんなに贅沢な体験ができるところは少ないでしょう。皇居の堀に架かるような、大きな橋でなく、人が愛でるのにほどよいサイズというのも、感動を深くしたのだと思います。
撮影地点のMapion地図

(23年11月20日撮影)

(『音無渓谷のストラクチャー…4』につづく)

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タグ : 音無渓谷 石神井川 橋の裏側

音無渓谷のストラクチャー…2

(『音無渓谷のストラクチャー…1』のつづき)

80006.jpgまずは分流点がどうなっているか見たくなり、上流側へ。竹矢来の向こうに、カミソリ堤防が見えますね、この日は落ち葉の清掃とかで、流水が止められていたため、河道(?)の中を歩くこともできました。

近づいてみると、裾の曲面とか水叩きの工作物とか、どこか堰やダムを思わせる造作で惹かれるものが。堤防の高さが、ほんの少しですが河道の幅だけ低くなっていることも手伝い、大増水時の越流も考えているのかしら、と感じてしまうほど。
真ん中にスライドゲートがあるけれど、本流からも取水しているのでしょうか? 確か公園内の流水は、地下水だったと聞いた覚えがありますが…。

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80008.jpgスライドゲートの少し下流側、水のたまった凹部に、わずかな陽射しを求めて甲羅干しするカメさんの群れ。

しかし、ここに土管を置いたり、カゴを伏せたりする必然性はないはずですから、管理者の方がカメの社交場(笑)として、特に作ってあげたものかもしれませんね。



80009.jpg下流側にほてほて歩いてゆくと、おお、石の間にはめ込まれた、可愛らしいサイズの木製水門が! 嬉しくなって駆け寄りました。白木の肌の美しさからして、造られてそう時間は経っていないようです。

釘穴には丁寧に埋木がされた、まさに純和風スラドゲート。開閉は二段階で、鎖でつないだピンで固定してあります。堤体(?)たる左右の石は低めてあったので、仮に閉じても越流するだけですが、ダミーでなく、実際に働くストラクチャーがあるのは嬉しいですね。

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(23年11月20日撮影)

(『音無渓谷のストラクチャー…3』につづく)

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タグ : 音無渓谷 石神井川

音無渓谷のストラクチャー…1

80001.jpg11月20日は、都電荒川線に乗って音無渓谷を訪ねました。ご存知のとおり石神井川最下流部の旧河道で、現在は飛鳥山下を貫いて造られたトンネルが本流となっており、音無渓谷は親水公園として整備されています。

台地上から低地へ一気に流れ下る、都内では数少ない渓谷区間であり、人の手によって開鑿されたのでは、という説も一部では唱えられるほど、地形的に見ても興味深いところ。可航区間はすでに過去ログ「石神井川初探訪…1」以下のシリーズで紹介しましたが、音無渓谷を訪ねるのは初めてです。

80002.jpg飛鳥山の山裾をめぐりながら下る明治通りと別れて、まずは音無橋の橋詰へ。昭和5年竣工のコンクリートアーチとあって、高欄や橋灯の造作には風格が感じられますね。

数ある震災復興橋たちとほぼ同世代といってよい、この音無橋を見るのが目的の一つで、最初は正直、公園そのものにはあまり惹かれるものがありませんでした。ところがどっこい、なかなか楽しめたのです。

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親水公園の入口は、音無橋の南詰西側にあります。渓谷に下るのですからあたりまえですが、階段です。高欄も橋と同時期の竣工でしょうか、古そうな感じがしますね。
階段をのぞき込むと思ったより谷が深く、しかも傾斜が急なため、奈落の底に落ちていくかのよう。木々がかぶさって、薄暗いことも手伝っているのでしょう。

左手には、高いカミソリ堤防で仕切られた、石神井川の本流が水音を立てて流れ下っているのも見え、どこか緊張感のある眺め。公園をお散歩という気軽な感じはあまりせず、ちょっとした探検気分です。

80004.jpg階段の途中から、トンネルポータル上の銘板にカメラを向けてみました。木が方々からかぶさっているので、ここよりほかに撮る場所はなさそう。銘板を読むと「石神井川飛鳥山ずい道」 とありました。

第二回・三回石神井川流域連絡会」(PDF)によると、内径6.5mのトンネルが2本平行した構造で、長さ250m、勾配は60分の1、昭和44(1969)年3月に竣工したとのこと。この文中では「飛鳥山分水路」と呼ばれていますが、トンネルの銘板にある名前と、どちらが正式な名称なのでしょうね。

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階段を下り切ったところで仰ぎ見る、木漏れ日に照らされた音無橋のアーチが、なかなかのいい雰囲気。

月並みないい方ですが、街中とは思えない深山幽谷のおもむき。こればかりは鈑桁やトラスでなく、たおやかなアーチの曲線がものをいう角度でしょう、街場の「奈落の底」は、喧騒がすぐ頭上にあるとは思えない、別天地でもありました。
撮影地点のMapion地図

(23年11月20日撮影)

(『音無渓谷のストラクチャー…2』につづく)

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タグ : 音無渓谷 石神井川