一番好きな通運丸


この絵葉書、一昨年「川蒸気の絵葉書二題」ですでに紹介し、同時にタイトルに掲げた一枚の、しばらく後に入手したもので、絵柄、キャプションともまったく同じものです。

しかし、今回のものは、前回のものよりはるかに鮮明で、各部のディテールもより楽しめること、構図も素晴らしく一番のお気に入りということもあり、いま一度タイトルにも掲げて、悦に入ってみたいと思います。


製版時の塩梅なのか、単に刷りがよかったのかはわかりませんが、前回はツブレ気味で、判然としなかった細部が見て取れるのは嬉しいところ。以下、気になったところをいくつか。

左舷、手すりの開口部には座ってこちらを見ている和服の人物が、船尾客室ははっきりしませんが、やはり外で座り込んでいる人が何人かいるように見えます。船が少々傾き気味なのは、このためもあるのでしょうか。

操舵室右舷側の窓、天にヒンジのついた外開きであるように見えましたが、今回の写真ではカーテンかブラインドのようなものが、はためいてはみ出たようにも見えますね。

というのは、全開になっている客室舷側の窓はすべて落とし込み式であり、操舵室前面の3つにも、よく見ると落とし込んだ窓枠の上端らきものが見えることから、開いた窓枠でなく、日除けのたぐいではと思ったのです。

開いている操舵室左舷の扉は、客室の外壁が隠されていることから、外吊りの引き戸のようですね。船首波も、押し分けられた水が船首を透かしているさままでわかり、外輪の後ろへ派手に盛り上がった航走波とあわせて、水音が迫りくるような、より臨場感あふれる写真になっていますよね。

ディテールからあれこれ想像していると、長くなるのでこのあたりとしますが、躍動的な航走シーンであることはもとより、その角度、その構図、乗っている人々の息吹までが伝わってきそうなこの写真が、本当に大好きです。現時点での、私の通運丸のイメージそのもの、といってもいい過ぎでない、そんな一枚なのです。

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水郷案内にしのぶ航路とフネブネ

103001.jpg過去ログ「水郷案内のパノラマ地図」でも一枚を紹介しましたが、昭和一桁の水郷観光の盛り上がりは相当なものがあったようで、今でも鳥瞰図を主題にした観光案内を、古書店やネットオークションなどでよく見かけることができます。

水郷ファンであり、内水航路の時代に大いに惹かれるものがある船頭としても、この手の刷り物には目がないたちであります。今回は手持ちの「水郷案内」の中から、もっとも大判で美しく、かつ惹かれるパーツの多い一枚を肴に、悦に入ってみたいと思います。

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「保立食堂」で通運丸に出会う!

(『ホワイトアイリスに乗って…4』のつづき)

92021.jpgホワイトアイリスを降りた後は、土浦駅の土産物店で買い物をし、遅い昼食をとろうと、お店の人に紹介してもらったところへ。
その場所は、国道125号線の中央1丁目交差点角筈。土浦城址もほど近い旧市街で、蔵をともなった重厚なつくりの商家がいまなお残る街です。

交差点に立ってふと南を見ると、左側に国道と平行した細い道が続き、その道と国道に挟まれて、家並が一列縦隊に連なる、妙な街割(失礼)なのに気づきました。
ううむ、もしかして、国道はかつて川で、左の道が本道だったのでは? と妄想させるものがあったのですが、これは後で、当たらずといえども遠からずだったことがわかりました。

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これが老舗天ぷら店「保立食堂」! おおお、これは古そうですね、昭和戦前どころか、それ以前からの建物かもしれません。期待に胸をふくらませて店内に入ると、太い梁が走る黒光りした天井、壁には八角時計がボンボンと時を告げ、星霜を経た味わいがてんこ盛り。やはりご当地の名物、レンコンが入ったものを食べてみたいと思い、野菜天丼を注文。美味しくいただきました。

腹くちくなって、店内を改めて見回し気づかされたのが、壁のそこここに、額装された水彩画がいくつも掲げられていたこと。題材は河岸など水辺の風景が多く、どうやらかつての土浦を描いたもののようです。淡い、ホッとさせるような色使いも手伝って、興味深く拝見していると、その中の一枚に、

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まぎれもない通運丸の絵が!

いや~、まさかここで、しかも絵という形で、通運丸に出会えるとは思ってもいなかったので、感激でした! 昭和初期にはその姿を消したと思われる通運丸を、かつての土浦の風景として記憶し、絵に再現してくださった方がおられたことが、たまらなく嬉しかったのです。

川口の土浦港を出港する風景でしょうか。外輪カバーには「第十六通運丸」とあり、煙突の白線1本、後部の屋根上には荷物が積まれているところや、甲板室の妻板に救命浮環が掛けられているあたり、船体のディテールもしっかり押さえられていて、杭の列や端舟を配した構図とともに、実見した方の筆によることを思わせる、リアルさのある絵となっています。

許可をいただいて、写真を撮らせていただいた後、ご主人にお話をうかがうことができました。これらの絵は、大正生まれの先代ご当主、つまりご主人の父上が趣味で描かれたもので、河岸の絵は昭和の初めまでお店の前を流れていた、川口川があったころの風景だそう。やはり!

92024.jpg何しろ、お店の前の角には、ここにかつて架かっていた、桜橋の親柱が残されているくらいで、川とはかかわりの深い土地柄だったのです。ちなみに、左側の小さな石碑は、旧土浦町道路元標だそう。まさに中心地だったのですね。

お店の格子に掲げられていた案内板「うんちく板」と、向かいに立っていた説明板「フィールド博物館・土浦」によると、桜橋の初代橋は慶長9年、水戸街道整備にともなう幕府の直轄工事で造られ、橋名の由来は、中世、桜川の本流がここを流れていたことによるそう。

川口川は昭和10年に暗渠化され、交差点直下には何と、明治34年竣工のレンガアーチの桜橋が、そのまま埋められているとのこと。江戸時代は重要な「公儀橋」だったのですね。レンガアーチが埋まっている、というあたりも惹かれるものがあります。

92025.jpgご主人のお話に戻ると、江戸時代からご当地で商いをされている古い家柄で、現在の食堂は明治2年の創業。建物も道路拡張などで若干の改造があったものの、創業当時以来のものだそう。140年以上の歴史があるのですね!

トタン屋根は、ハイカラ好きの創業者が、国産品がない時代に高価な輸入品を使って葺き替えたもので、ご主人によれば「重い瓦屋根のままだったら、震災のときに崩れてしまった」だろうとのこと。ご近所にも、震災以来いまだ瓦屋根の修復がかなわず、ブルーシートを掛けたままの旧家も目立ちましたから、このお話は特に印象に残りました。

かつて川口川が流れていたころは、お店の前を港からの荷を積んだ伝馬船が遡り、賑やかな河岸風景が展開されていたことでしょう。

水運時代を、間近に眺めてきた保立食堂! かつての土浦における、河岸のフネブネや通運丸の記憶を伝える場所としては、これ以上のものはないように思えました。
撮影地点のMapion地図

(24年5月4日撮影)

(『霞ポート水門と管理橋…1』につづく)

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タグ : 通運丸 保立食堂

奈良ドリームランドの「通運丸」

10年ほど前の話になります。昔の模型工作雑誌が好きで、色々と調べたいこともあって、古書店に通っては集めていたんですが、写真の「模型とラジオ」(科学教材社刊)昭和36年10月号を開いて、オッと注目した記事がありました。

巻頭のグラフで「日本にできた『ゆめの国』奈良のドリームランド」と題し、今は亡き奈良ドリームランドの開園を報じていたのですが、驚いたのは乗物の中で、外輪船があったこと。

それもよくある米国風をモディファイしたような、国籍不明のものではなく、明らかに国産の、しかも川蒸気をプロトタイプにしたと思しき外観のもの。コレハ! と目を見開いて、キャプションを読んでみると…。

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タグ : 通運丸 川蒸気船 奈良ドリームランド

川蒸気の絵葉書二題

昨日10日からのタイトル画像のお話を…。
水運時代の風景やフネブネの表情が見たくて、絵葉書や古写真をぼつぼつ探しているんですが、以前からひとつ、いつかはと考えていることがありました。

それは、川蒸気が引き波を立てて走っているような、躍動感あふれる航走シーンが入手できたら、ぜひタイトルに大きく掲げて悦に入ってみたい、ということ。以前も何度か触れたように、川蒸気の写真は絶対数が少ないだけに、その上航走中の写真となれば、そうそうご縁もなかろうと、なかばあきらめていたのです。

ところが、思ったより早くその日がやってくることとなりました。潮来の近く、すなわち常陸利根川を外輪からの白波も勇ましく走り来る、通運丸を写した絵葉書を、我が家に迎えることができたのです!

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(水郷十六景)潮來附近の眺め」と題したこの絵葉書、水に映る立木の影と、遠景に霞む台地の稜線といかにも水郷らしい風景の中を、荷が偏っているのか、または転舵中なのか、船体を傾がせて走ってくる通運丸の姿を、見事にとらえています。

タイトルで拡大した画像を見るとわかりますが、屋根の上、煙突から前に横木を渡し、オーニングをかけた下には休憩中の船員なのか、座って涼を取る白服の人物が見られ、左舷外輪の直前にも、手すりに身を預けて乗り出す人がいますね。

オーニングの日よけに加えて、船室の窓は全開なのを見ると、撮影時季は夏の盛りなのでしょう。水面にはかすかな縮緬じわのような細波があるものの、ほぼ無風といってよい状態のようで、船の状態から見てもよく晴れた、暑い日だったことと思われます。

実はこの写真、関東川蒸気の百科全書「図説・川の上の近代」(過去ログ『川蒸気本の決定版』参照)の扉ページに、同じ原版と思われる写真が掲載されています。

本を手にして、この写真を初めて見たときは「こんなにダイナミックで、素晴らしい通運丸の写真があったのか!」と大いに感動し、折りに触れては何度も眺めていたので、同じ絵葉書に出会えたと知ったときは、涙が出るほど嬉しかったものでした。

ちなみにこの絵葉書、裏側の体裁から見て、恐らく大正半ばから昭和初期の製品と思われるので、すでに全盛期は遠く去ったころの撮影でしょう。印刷は活版やオフセットなどのアミ点によるものでなく、コロタイプ(?)であったことは幸いで、拡大しても細部が崩れず、十分鑑賞に堪えるのも嬉しいところです。

老いたりといえど、なお矍鑠と外輪で水を蹴っていた通運丸! 川の動力船の大先輩に敬意を表し、タイトルにしばらく掲げさせていただければと思います。
いずれ、利根川高瀬舟のいい写真にも出会えたら、同様にタイトルにして楽しんでみたいものです。

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上の通運丸と前後して、我が家にやってきた絵葉書をもう一枚。「銚子名所 川口汽船發着所
続・川蒸気のイメージを求めて」でも紹介した銚子の桟橋を、別アングルから写したものです。二隻の蒸気船が写っていますが、煙突の白線がどちらも3本なので、銚子丸船隊ですね。今度は修正ではないようです。

こうして少し離れた岸から見てみると、手前にもやう小舟たち、沖がかりする航洋船と周囲も賑やかで、まだ商港として栄えていたころの銚子の雰囲気が味わえます。3隻見える2檣船は、帆装などの洋式化を進めた和船、「合の子船」かもしれませんね。

63003.jpg左手、桟橋の先端にもやう川蒸気を拡大したところ。拡大しても、桟橋や小舟の影になってるため、ディテールがいま一つ判然としませんが、スプラッシャー側面に見える放射状の切り抜きパターンや、屋根の上に外したような板が立てかけられているのがわかります。

屋根の上の板は、缶(ボイラー)室の直上を外したものでしょうか。さらによ~く見ると、外輪近くに荷役中なのか、人影がありますね。ともあれ、河港の賑わいが感じられる写真で、こちらも楽しく眺めました。


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