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八郎潟の閘門を訪ねて…3

(『八郎潟の閘門を訪ねて…2』のつづき)

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各所で紹介されている有名物件ではありますが、この八郎川橋梁はもと可動橋。干拓工事の際、ポンプ船や浚渫船といった、桁より高さのある作業船たちを通航させるため、今まさにくぐっているこの鋼桁の一径間を、昇開橋としていたのです。

船頭さんからもその旨説明があり、ありがたいことに徐航していただき、じっくり観察することができました。鈑桁の側面からアームが突き出ていて、その先にローラーが見え、橋脚から立ち上がった鋼材に触れていますね。現在は切断されていますが、かつてはこの鋼材がもっと高くそびえていて、上下する桁のガイド役を担っていたのでしょう。

302047.jpg塗装表記もスナップ。昨年の塗り替えとありますね、色鮮やかなはずです。

可動橋一覧と近代橋梁の利活用」(PDF・伊東孝氏著)によると、八郎川橋梁は昭和40年竣工、可動部支間25.4m。昭和45年停止とありました。これが本当なら、可動橋として供されたのはわずか6年。干拓工事の業務船たちとともに生き、役目を終えたといってよいのでしょう。

先ほどくぐった八竜橋も、当然ながら可動橋として同じ時間を過ごしたわけで、記事の一覧にも記載されています。ただ昭和51年に改架されたので、八郎川橋梁と異なり可動橋の痕跡は見ることができません。

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八郎川橋梁をくぐると‥‥見えました! 八郎潟防潮水門の全容が! 2つの魚道、閘門を含めて17径間、まことに壮観であります。目指す閘門は左手、西岸に接したところにあるのです。さあ、もうすぐだ!

302049.jpg艇上で水門を眺めながら、思わず首をすくめた一件。イヤ、この3本の電線、あまりに低すぎませんかね? 橋の桁下高で、出入りする船舶の高さは決まるとはいえ、相手は電気。もそっと高さを取ってほしいものです。

写真でおわかりでしょうが、船越水道に出たばかりのときはさほどでなかった水の色も、遡上するにつれ茶色が濃くなってきました。流入河川からの水はまだ土砂を多く含んでいるようで、豪雨の影響が続いていることを実感させます。

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いや~、夏空の下、眼前に迫りくる堰柱ズラリ! これが盛り上がらずにおられましょうか!
撮影地点のMapion地図

(令和5年7月25日撮影)

(『八郎潟の閘門を訪ねて…4』につづく)

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タグ : 船越水道八郎潟防潮水門

八郎潟の閘門を訪ねて…2

(『八郎潟の閘門を訪ねて…1』のつづき)

302041.jpg最後の屈曲を過ぎると両岸の緑が途切れ、船越水道の水面が見えてきました。地図上で測ると、分流点(?)の幅はおよそ140m。

水面はご覧のとおり穏やかでしたが、船越水道に出た瞬間、耳元で鳴る風の音が一段と強くなり、海から南風が入ってきたことを感じさせ、「いよいよ来たんだな!」と気持ちを盛り上げたものでした。

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八郎潟調整池の迅速な排水を目的として開鑿されただけあって、船越水道はさすがに広大で、幅390mあまり。艇が変針したところで振り返ると、国道101号線を渡す、男鹿大橋が見えました。こちらの全長は410mとのこと、径間の向こうに白波立つ海面が望め、南風が吹き込んでいることを実感させます。

302043.jpg艇は少し西寄りに針路を向ける形で、斜めに船越水道を北上してゆきます。ゆく手を望むと、県道104号線の八竜橋、その向こうにJR男鹿線の八郎川橋梁、そして八郎潟防潮水門の管理橋が重なって見えました。

八竜橋と八郎川橋梁は約90m、八郎川橋梁と水門は約400m離れているのですが、いずれも上部構造がない桁橋のため、重複して見え距離感がつかみがたいですね。

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八竜橋に近づいたところ。道路橋の南側に、人道橋が併設されたタイプ。‥‥う~ん、これは確かに低いですね。都内河川なら、江東の中小河川に架かる橋と同レベルといってよさそう。

最初に問い合わせた船宿の方に、「ウチの船じゃくぐれないから」と断られたのも納得。外海に漁へ出るような舷側の高い、また操舵室やレーダーマストのあるような型では、とてもくぐれないでしょう。

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船頭さんはさらに西岸に寄せる形で艇を持ってゆき、次の男鹿線八郎川橋梁では、岸から4径間目を目指しました。ちなみにこの橋、実に14径間あります。

くぐろうとしている径間は、他の桁がグレー一色の中唯一、真ん中で赤と青に塗り分けられているもの。ここが澪筋‥‥航路だと示しているのでしょうか。一瞬、緑・紅の航路標識をなぞったものかと思ったのですが、普通は緑が左、紅が右なので逆でした。

そうそう、「八郎川」という橋梁名にも興味を覚えました。実際の河川名と、橋につけられた河川名がちがう例は他にもありますが、河川名が改称されて後、旧称が橋に残ったケースが少なくないように思えます。とすると、かつては船越水道は、たとえ正式でない通称にせよ、「八郎川」と呼ばれていた時期があったのでしょうか。
撮影地点のMapion地図

(令和5年7月25日撮影)

(『八郎潟の閘門を訪ねて…3』につづく)

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タグ : 船越水道