木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…9
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…8』のつづき)

●堰堤の北、発電所上流側には駐車場があり、そこから謎のトラス構造物の上半分だけを見ることができました。天端にはボルトが多数突き出ていて、いくつかある滑車の様子から考えても、かつて巻上機の架台だったのではと思わせるものが。
台車の巻上機を載せる架台としては、ちょっと小さいような気もしますが、設置された場所やレールをまたいでいることからも、他の用途は考えづらいですね。今渡ダム同様、周囲の柵は高く厳重で、視点が得づらいのが実にもどかしいです。
●愛好家の皆さんがアップされている写真を拝見すると、ダム天端の通路から撮ったものがあるので、入口を探しうろついたものの、どうやら工事中で立ち入り禁止の模様。
写真の注意書きにもあるように、許可がなくとも自由に通れるらしいのですが、探し方が悪かったのかしら。上からのぞければ、舟筏路のレールがそのまま泛水していたかどうか、確認することができたかもしれません。

●駐車場の前には発電所の取水路があり、3径間のゲートが間近に望めました。堰柱同士を結ぶ梁の曲線とコンクリートの肌が、いかにも戦前製を感じさせるよい雰囲気の水門です。扉体の塗色や番号にも、街場の水門とは違った風情があって惹かれますね。

●もう少し悪あがきしてみたくなり、さらに上流側をウロウロ。しかし私有地が連なっていて、舟筏路を望める場所はありませんでした、残念。写真は中部電力の川辺艇庫脇から、堰堤を見たところ。
スペックや運用など詳しいことはさておいて、ただ現状をこの目で確かめたい一心で訪ねたものですから、わからないことだらけでお恥ずかしいかぎりではありますが、閘門やインクラインとはまた違った舟航施設が、人知れず息づいていたことを実感できて、水運趣味者としては新しい世界が開けた気持がしたものでした。
【撮影地点のMapion地図】
●帰りは高山本線に乗ろうと、中川辺駅へ向かいました。特急に乗れば、富山まで出られるんだよなあ、と何か不思議な気持ちに。
駅前には、ゲンゴロウかアメンボを擬人化したような、キャラクターの看板や横断幕がいくつか。いや、よく見ると、レガッタを上から見た形に顔をつけたんだと気づかされました。ダム湖には艇庫がありましたし、漕艇場を町の看板として宣伝しているのですね。
(30年9月2日撮影)
(この項おわり)

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●堰堤の北、発電所上流側には駐車場があり、そこから謎のトラス構造物の上半分だけを見ることができました。天端にはボルトが多数突き出ていて、いくつかある滑車の様子から考えても、かつて巻上機の架台だったのではと思わせるものが。
台車の巻上機を載せる架台としては、ちょっと小さいような気もしますが、設置された場所やレールをまたいでいることからも、他の用途は考えづらいですね。今渡ダム同様、周囲の柵は高く厳重で、視点が得づらいのが実にもどかしいです。

写真の注意書きにもあるように、許可がなくとも自由に通れるらしいのですが、探し方が悪かったのかしら。上からのぞければ、舟筏路のレールがそのまま泛水していたかどうか、確認することができたかもしれません。

●駐車場の前には発電所の取水路があり、3径間のゲートが間近に望めました。堰柱同士を結ぶ梁の曲線とコンクリートの肌が、いかにも戦前製を感じさせるよい雰囲気の水門です。扉体の塗色や番号にも、街場の水門とは違った風情があって惹かれますね。

●もう少し悪あがきしてみたくなり、さらに上流側をウロウロ。しかし私有地が連なっていて、舟筏路を望める場所はありませんでした、残念。写真は中部電力の川辺艇庫脇から、堰堤を見たところ。
スペックや運用など詳しいことはさておいて、ただ現状をこの目で確かめたい一心で訪ねたものですから、わからないことだらけでお恥ずかしいかぎりではありますが、閘門やインクラインとはまた違った舟航施設が、人知れず息づいていたことを実感できて、水運趣味者としては新しい世界が開けた気持がしたものでした。
【撮影地点のMapion地図】

駅前には、ゲンゴロウかアメンボを擬人化したような、キャラクターの看板や横断幕がいくつか。いや、よく見ると、レガッタを上から見た形に顔をつけたんだと気づかされました。ダム湖には艇庫がありましたし、漕艇場を町の看板として宣伝しているのですね。
(30年9月2日撮影)
(この項おわり)

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木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…8
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…7』のつづき)
●舟筏路を水面から眺めてゆきましょう。川面近くは岩が盛り上がり、手前が隠れて見えませんが、激しい水流で横圧にさらされるためか、レール周りのコンクリートには破損したところがいくつか見えますね。
ご覧のとおりカワウ君たちの社交場になっており、天敵もいないのかくつろいだ表情。コンクリート構造物の上に集中しているのを見ると、ゴツゴツした岩の上より、平たいところの方が居心地がいいみたいですね。
●少し上に目線を移して。この辺りで勾配が緩くなっているのか、画面上やや左のレールがかすかに折れているように見えます。
ここもレールを支える側壁の破損が目立ち、向こうへ素通しになっている部分もありますね。増水時に水面下となったのなら、泥やら木っ端屑があってもよさそうですが、見たかぎり意外とさっぱりしていました。

●さらに上へたどってゆくと‥‥ううん、この前後は圧巻といっていいかも。レールは高度を増して右手の壁が垂直に切り立ち、両側に並ぶ滑車もカーブを受けて、水平だけでなく垂直のものが備えられています。ここを舟に乗ったまま眺める光景は、さぞ迫力があったでしょうねえ。
こちらも今渡ダム舟筏路同様、レールの間は凹形に造ってあるので、シュート式の筏流しが行われていたのかもしれません。写真上、短く切断した原木がレールの間に積んでありますが、これはすぐ上に発電所の取水口があり、除塵機に溜まった流木を処理したものでしょう。何でわざわざここに置いたのかはわかりませんが。

●さて、何より興味の注がれる最上部。レールをまたぐトラスの構造物、その向こうにレールに乗った台車、奥の上には錆びたワイヤーを巻き取ったドラムと、ディテールがいきなり濃くなってきました。
ドラムは左右に一対あり、軸で結ばれた中央に駆動装置らしいものが見えることから、台車の巻上機に違いないでしょう(ゲートの巻上機という線も、捨てきれませんが)。ドラムの間口は左が狭く、右が広いですが、理由は何でしょう。ワイヤーの延長の違いが反映されているのであれば、右がわずかに狭くなるはずですが‥‥。
●手前の、水門の堰柱にも似たトラス組みは? 舟を吊り上げる仕掛けとしては位置が中途半端だし、滑車が見えることから、ワイヤーを中継して取り回すナニカかな?

●気になる台車を一杯まで引き寄せて。ギギギ、さすがにこの距離だと手ブレの影響が無視できない‥‥。
距離があるので断定はできませんが、台車はレールのサミットを少し超え、下り坂になり始めたあたりで停まっているように見えます。目の錯覚でなければ、ここを境にレールは堰上げた水面に向かい、台車を泛水させていたのでしょうか。だとすれば、この舟筏路は舟航用インクラインの機能を有していたことになります。
●台車は今渡ダムのそれとよく似ていて、魚腹状に中央が垂れ下がった梁の上に、船台になる枠組みが載った構造。朽ちていますが、盤木らしい木製部分も見えますね。
台車にはワイヤーがかかっておらず、周囲の傷み方からしても、運転を止めて久しいことが改めて実感できました。しかし、舟筏路を3つ巡ってきて、現役で使っていそう→使用頻度は低いけれど何とか動かせそう→確実に放置状態――という、遡上につれて稼働率が下がってゆくのを目の当たりにしたわけで、舟航の衰えはもとより、舟航施設としての使いづらさ、敷居の高さも思われたものでした。
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…9』につづく)

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ご覧のとおりカワウ君たちの社交場になっており、天敵もいないのかくつろいだ表情。コンクリート構造物の上に集中しているのを見ると、ゴツゴツした岩の上より、平たいところの方が居心地がいいみたいですね。

ここもレールを支える側壁の破損が目立ち、向こうへ素通しになっている部分もありますね。増水時に水面下となったのなら、泥やら木っ端屑があってもよさそうですが、見たかぎり意外とさっぱりしていました。

●さらに上へたどってゆくと‥‥ううん、この前後は圧巻といっていいかも。レールは高度を増して右手の壁が垂直に切り立ち、両側に並ぶ滑車もカーブを受けて、水平だけでなく垂直のものが備えられています。ここを舟に乗ったまま眺める光景は、さぞ迫力があったでしょうねえ。
こちらも今渡ダム舟筏路同様、レールの間は凹形に造ってあるので、シュート式の筏流しが行われていたのかもしれません。写真上、短く切断した原木がレールの間に積んでありますが、これはすぐ上に発電所の取水口があり、除塵機に溜まった流木を処理したものでしょう。何でわざわざここに置いたのかはわかりませんが。

●さて、何より興味の注がれる最上部。レールをまたぐトラスの構造物、その向こうにレールに乗った台車、奥の上には錆びたワイヤーを巻き取ったドラムと、ディテールがいきなり濃くなってきました。
ドラムは左右に一対あり、軸で結ばれた中央に駆動装置らしいものが見えることから、台車の巻上機に違いないでしょう(ゲートの巻上機という線も、捨てきれませんが)。ドラムの間口は左が狭く、右が広いですが、理由は何でしょう。ワイヤーの延長の違いが反映されているのであれば、右がわずかに狭くなるはずですが‥‥。
●手前の、水門の堰柱にも似たトラス組みは? 舟を吊り上げる仕掛けとしては位置が中途半端だし、滑車が見えることから、ワイヤーを中継して取り回すナニカかな?

●気になる台車を一杯まで引き寄せて。ギギギ、さすがにこの距離だと手ブレの影響が無視できない‥‥。
距離があるので断定はできませんが、台車はレールのサミットを少し超え、下り坂になり始めたあたりで停まっているように見えます。目の錯覚でなければ、ここを境にレールは堰上げた水面に向かい、台車を泛水させていたのでしょうか。だとすれば、この舟筏路は舟航用インクラインの機能を有していたことになります。
●台車は今渡ダムのそれとよく似ていて、魚腹状に中央が垂れ下がった梁の上に、船台になる枠組みが載った構造。朽ちていますが、盤木らしい木製部分も見えますね。
台車にはワイヤーがかかっておらず、周囲の傷み方からしても、運転を止めて久しいことが改めて実感できました。しかし、舟筏路を3つ巡ってきて、現役で使っていそう→使用頻度は低いけれど何とか動かせそう→確実に放置状態――という、遡上につれて稼働率が下がってゆくのを目の当たりにしたわけで、舟航の衰えはもとより、舟航施設としての使いづらさ、敷居の高さも思われたものでした。
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…9』につづく)

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木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…7
(『小山観音…2』のつづき)
●舟筏路めぐりのトリにして最大の物件、川辺ダム下流に到着。ダム愛好家諸兄はご存知と思いますが、カメラで狙えそうな場所が実に少ないダムです。崖をよじ登ったり、藪を漕いだりする装備も覚悟もないヘタレとしては、なおさら。
事前のリサーチで目星をつけたのが、ご覧の護岸というか堤防というか、古びたコンクリート壁の天端です。
写真奥、壁のL字になった場所には高水敷に降りる階段もあり、あわよくばあそこから河畔に出て、よりよい視点まで攻められるかも、というのもありました。
●階段をのぞき込んでみると‥‥う~ん、激藪。服がボロボロになりそうなので、涙を呑んであきらめました。
道路からわずかな距離ですが、細い農道を失礼することにはなるものの、堤防を割って階段があることから、一般の通行は認められているだろうと判断。それに少なくとも堤防上は公有地でしょうから、地元の方に迷惑をかける可能性も減ると思ったのです。

●というわけで、堤防上を恐る恐る歩いて、舟筏路を観察できるところまで後退。この辺なら何とかイケるかな?
岩場の露出している高水敷をよく見ると、まだ濡れた泥土や石塊が厚く積もっていて、豪雨の影響を色濃く残していました。仮に階段を降りられたとしても、歩くのは難しかったと思います。

●ズームを効かせて、豪快に放水している第6径間を一枚。
今立っている堤防上からダムまで、直線距離で約500m。満足のゆくディテールが、記録できるか否や‥‥。

●目線を左に移して、舟筏路と待望のご対面。いや~、屈曲しつつ上昇してゆく軌道の姿、想像以上に素晴らしいですね! ダム愛好家諸兄のサイトでは、幾度となく目にして憧れた光景、まさに百聞は一見に如かず(何度も同じようなことをいってすみません)。
鹿瀬ダムのインクラインも、現存していたらこのような情景が楽しめたに違いありません。一見して、使われなくなって久しい状態であることが看取できるにせよ、いま現在形をとどめているというのは、やはりありがたいことだと思わずにはおれませんでした。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…8』につづく)

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事前のリサーチで目星をつけたのが、ご覧の護岸というか堤防というか、古びたコンクリート壁の天端です。
写真奥、壁のL字になった場所には高水敷に降りる階段もあり、あわよくばあそこから河畔に出て、よりよい視点まで攻められるかも、というのもありました。

道路からわずかな距離ですが、細い農道を失礼することにはなるものの、堤防を割って階段があることから、一般の通行は認められているだろうと判断。それに少なくとも堤防上は公有地でしょうから、地元の方に迷惑をかける可能性も減ると思ったのです。

●というわけで、堤防上を恐る恐る歩いて、舟筏路を観察できるところまで後退。この辺なら何とかイケるかな?
岩場の露出している高水敷をよく見ると、まだ濡れた泥土や石塊が厚く積もっていて、豪雨の影響を色濃く残していました。仮に階段を降りられたとしても、歩くのは難しかったと思います。

●ズームを効かせて、豪快に放水している第6径間を一枚。
今立っている堤防上からダムまで、直線距離で約500m。満足のゆくディテールが、記録できるか否や‥‥。

●目線を左に移して、舟筏路と待望のご対面。いや~、屈曲しつつ上昇してゆく軌道の姿、想像以上に素晴らしいですね! ダム愛好家諸兄のサイトでは、幾度となく目にして憧れた光景、まさに百聞は一見に如かず(何度も同じようなことをいってすみません)。
鹿瀬ダムのインクラインも、現存していたらこのような情景が楽しめたに違いありません。一見して、使われなくなって久しい状態であることが看取できるにせよ、いま現在形をとどめているというのは、やはりありがたいことだと思わずにはおれませんでした。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…8』につづく)

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木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…6
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…5』のつづき)

●真正面から、堰柱を含めた舟筏路を思い切りたぐってみました。橋の高欄にカメラを固定できたことで、この距離からでもブレずに撮ることができ、ディテールがそこそこ観察できて嬉しいものが。
レールは琵琶湖疏水のインクラインのように、サミットから下がって水面へ向かっておらず、スロープの角度のまま空中で途切れ、台車を水面上に留めています。台車上には並べた盤木のようなものが見られ、船艇を直接載せるつくりになっているようです。
かつてゲートがあった径間は、周囲よりも新しい色のコンクリートで閉塞されています。原木の一本流しや筏の場合、シュート式の舟通し‥‥つまり、単純に堰の一部を切って急流を下らせる、という方法もありましたから、ここもゲートを開いてレール間の凹部に流れをつくり、流下させたこともあったに違いない、と妄想。
●美濃川発電所の東側にやってきました。柵越しですが、舟筏路の上流部分がよく見えます。右手、柵で囲われた管理橋のような構造物は、台車を牽引する巻上機架台でしょうか。
台車の載っているレールの終端部分、コンクリートの色が新しいのが気になります。かつては疏水のインクラインみたいに、サミットから泛水していたのかもと想像していたこともあり、ズームでも少し拡大して観察。

●う~ん、ここから見たかぎりでは、変遷がいま一つはっきりしないなあ。左端水面近く、ゴミが溜まってよく見えませんが、水中へ入る角度のついたスロープがあることから、アレが初代のレール架台で、泛水する造りになっていたのでは、と妄想。
わずかなよすがは、左端近くの2本の柱の中腹、滑車の軸受跡らしき金具が残っていること。泛水していたころは、ここに滑車がついていて、台車が水没してもワイヤーを導く仕組みになっていたのかもと。あと、コンクリートの色からすると、泛水せず水平に台車を留めていた時期があったことも想像されますよね。いずれにせよ、根拠のない妄想ではあります。

●さらに拡大。レール終端に溶接された車止め、滑車軸受のある2本の柱とレール架台の、コンクリートを継ぎ足した生地の変化、チャンネル材を背中合わせにして作られた台車のフレームと、ディテールはつぶさに見てとれたものの、やはり距離のせいで、すべての謎が氷解したわけではありません。
素人目ながら、ワイヤーの細いのも驚きでした。この細さでは、大した重さのものは運べないだろうと感じたものです。舟筏路の「舟」、文字どおり小舟を対象としたものなのだなあ、と実感。
●ほぼ真横から、クレーンのフレームを見て。台車が泛水しない以上、載せてきた舟を水に下ろす設備が、別途必要なのはいうまでもなく、何と手間のかかることをするものだと、生意気にも呆れてみたり。
増水時、激流で破壊されないよう、台車を守るために徐々に終端を高いところへ上げるようになったとか、きっと理由があるに違いないと考えたものでした。
犬山頭首工のそれとは異なり、クレーン自身が水平移動する必要はほとんどないので、レールも位置調整程度の短さ。台車同様、吊り上げ荷重はいかにも小さそう。台車上の枠ごと吊るのか、何か別の方法があるのかはわかりませんでした。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『小山観音…1』につづく)

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●真正面から、堰柱を含めた舟筏路を思い切りたぐってみました。橋の高欄にカメラを固定できたことで、この距離からでもブレずに撮ることができ、ディテールがそこそこ観察できて嬉しいものが。
レールは琵琶湖疏水のインクラインのように、サミットから下がって水面へ向かっておらず、スロープの角度のまま空中で途切れ、台車を水面上に留めています。台車上には並べた盤木のようなものが見られ、船艇を直接載せるつくりになっているようです。
かつてゲートがあった径間は、周囲よりも新しい色のコンクリートで閉塞されています。原木の一本流しや筏の場合、シュート式の舟通し‥‥つまり、単純に堰の一部を切って急流を下らせる、という方法もありましたから、ここもゲートを開いてレール間の凹部に流れをつくり、流下させたこともあったに違いない、と妄想。

台車の載っているレールの終端部分、コンクリートの色が新しいのが気になります。かつては疏水のインクラインみたいに、サミットから泛水していたのかもと想像していたこともあり、ズームでも少し拡大して観察。

●う~ん、ここから見たかぎりでは、変遷がいま一つはっきりしないなあ。左端水面近く、ゴミが溜まってよく見えませんが、水中へ入る角度のついたスロープがあることから、アレが初代のレール架台で、泛水する造りになっていたのでは、と妄想。
わずかなよすがは、左端近くの2本の柱の中腹、滑車の軸受跡らしき金具が残っていること。泛水していたころは、ここに滑車がついていて、台車が水没してもワイヤーを導く仕組みになっていたのかもと。あと、コンクリートの色からすると、泛水せず水平に台車を留めていた時期があったことも想像されますよね。いずれにせよ、根拠のない妄想ではあります。

●さらに拡大。レール終端に溶接された車止め、滑車軸受のある2本の柱とレール架台の、コンクリートを継ぎ足した生地の変化、チャンネル材を背中合わせにして作られた台車のフレームと、ディテールはつぶさに見てとれたものの、やはり距離のせいで、すべての謎が氷解したわけではありません。
素人目ながら、ワイヤーの細いのも驚きでした。この細さでは、大した重さのものは運べないだろうと感じたものです。舟筏路の「舟」、文字どおり小舟を対象としたものなのだなあ、と実感。

増水時、激流で破壊されないよう、台車を守るために徐々に終端を高いところへ上げるようになったとか、きっと理由があるに違いないと考えたものでした。
犬山頭首工のそれとは異なり、クレーン自身が水平移動する必要はほとんどないので、レールも位置調整程度の短さ。台車同様、吊り上げ荷重はいかにも小さそう。台車上の枠ごと吊るのか、何か別の方法があるのかはわかりませんでした。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『小山観音…1』につづく)

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木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…5
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…4』のつづき)

●木曽川右岸を約15㎞遡り、今回のお話の発端となった今渡ダムに到着。昭和14年竣工、遠く山々の稜線を背に、20径間の黒いゲートが並んださまは壮観の一語です。
手前2径間から放水される水音を聞きながら、下流側に長く突き出た舟筏路のスロープを、ようやく訪ねられた思いもあってしみじみ見下ろしました。思っていたよりずっと勾配が急な印象で、もし自分が艇とともに上架されたら、足がすくんでしまうだろうな、と想像。
●ダムの愛好者はよくお分かりかと思いますが、市街地に囲まれた発電施設だけに警戒は厳重で、およそ眺望の得られるところには、高い柵がめぐらされています。Googleストリートビューでの事前偵察でも、近くで狙える地点はほとんどないように思えました。
そんなわけで、ダムの周りをずいぶんウロウロさせられたため、今回の写真は時系列ではありません。本来の順番は‥‥美濃川合発電所近く下流側→同じく上流側→新太田橋・南詰近く→今渡発電所近く下流側(上の写真)→同じく上流側(全く撮れず)‥‥であります。

●1枚目の写真と同じ地点から、舟筏路のスロープを思い切りズームでたぐって。レールは継手にフィッシュプレートが見えることから、鉄道と同様の断面を持った軌条であることがうかがえます。
外側にはそれぞれ、台車を牽引してきたワイヤーを案内する滑車の列も見えますね。向こうのは白く塗料が残り、手前のものはむらなく錆びていますが、これは放水している径間が手前に多いことを示しているのでしょう。
●レールが水面に潜るあたりから、突堤状の構造が長く伸びています。向こう側にも同様のものがあるのですが、水量が多いせいで水没していました。
通航船艇が待機するような、小岸壁の機能があるのかなと想像していたのですが、アイやビットなど繋船設備が一切見られなかったので、単にゲートの放流から舟筏路を守るための、導流堤の一種とみてよいようです。
●新太田橋の上流側歩道から。だいぶ距離がありますが、舟筏路を真正面から狙えるのはここくらいです。
ダムは河道中心に対して、わずかに南寄りの角度がついていたため、南詰近くからカメラを構えました。豪雨が続いた影響もあってか、2径間から盛んに放水しているのが見えました。

●舟筏路が正面に来るところを捜し、さて、と狙いをつけていると、ゴォッと音がして、太多線の列車が通過。ダムの堰柱を透かして、2輌編成の気動車が渡るシーンをものにできました。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…6』につづく)

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●木曽川右岸を約15㎞遡り、今回のお話の発端となった今渡ダムに到着。昭和14年竣工、遠く山々の稜線を背に、20径間の黒いゲートが並んださまは壮観の一語です。
手前2径間から放水される水音を聞きながら、下流側に長く突き出た舟筏路のスロープを、ようやく訪ねられた思いもあってしみじみ見下ろしました。思っていたよりずっと勾配が急な印象で、もし自分が艇とともに上架されたら、足がすくんでしまうだろうな、と想像。
●ダムの愛好者はよくお分かりかと思いますが、市街地に囲まれた発電施設だけに警戒は厳重で、およそ眺望の得られるところには、高い柵がめぐらされています。Googleストリートビューでの事前偵察でも、近くで狙える地点はほとんどないように思えました。
そんなわけで、ダムの周りをずいぶんウロウロさせられたため、今回の写真は時系列ではありません。本来の順番は‥‥美濃川合発電所近く下流側→同じく上流側→新太田橋・南詰近く→今渡発電所近く下流側(上の写真)→同じく上流側(全く撮れず)‥‥であります。

●1枚目の写真と同じ地点から、舟筏路のスロープを思い切りズームでたぐって。レールは継手にフィッシュプレートが見えることから、鉄道と同様の断面を持った軌条であることがうかがえます。
外側にはそれぞれ、台車を牽引してきたワイヤーを案内する滑車の列も見えますね。向こうのは白く塗料が残り、手前のものはむらなく錆びていますが、これは放水している径間が手前に多いことを示しているのでしょう。

通航船艇が待機するような、小岸壁の機能があるのかなと想像していたのですが、アイやビットなど繋船設備が一切見られなかったので、単にゲートの放流から舟筏路を守るための、導流堤の一種とみてよいようです。

ダムは河道中心に対して、わずかに南寄りの角度がついていたため、南詰近くからカメラを構えました。豪雨が続いた影響もあってか、2径間から盛んに放水しているのが見えました。

●舟筏路が正面に来るところを捜し、さて、と狙いをつけていると、ゴォッと音がして、太多線の列車が通過。ダムの堰柱を透かして、2輌編成の気動車が渡るシーンをものにできました。
【撮影地点のMapion地図】
(30年9月2日撮影)
(『木曽川・飛騨川舟筏路めぐり…6』につづく)

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