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令和元年度川走り納め…1

245001.jpg去る12月31日大晦日は、令和初の川走り納めに出かけてきました。今回通ったほとんどの区間が、川でなく運河になってしまったあたり、タイトルに偽りありとお叱りがありそうですが、お陰様で静穏な好天に恵まれ、のびのびと楽しめたのは幸いでした。

冬の水路といえばやはり、可愛らしい水鳥たちの姿を愛でなければウソというもの。さっそく、おなじみ“パトカー”キンクロ君と、お仲間のホシハジロ君がお出迎え。

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砂町北運河を、南からズームでたぐって一枚。昨年7月28日に目にした、運河北端の埋立区域を横断して建造中だった巨大な建物、見たかぎりでは足場も取れて、完成かそれに近い状態になったようですね。

物流拠点といったところでしょうか、まあ、本当に巨大な壁そのものです。しかし考えてみると、この手前にあるマリーナや船溜にとっては、冬の北西風をしっかりと防いでくれる屏風ができたようなもの。これからは強風時も安心ですね!

所番地から検索してみたところ、「【佐川グローバルロジスティクス】EC事業者向けプラットフォームセンターを新設」がヒット。延床面積171,315平米を誇る、国内最大規模の物流センターだそうで、本年2月の竣工予定とありました。

清潔かつスマートな巨大物流拠点の出現を目の当たりにすると、ついこの間までここにあったクレーンが立ち並ぶ工場の喧騒と、鉄の匂いが濃く漂っていた運河風景は、遠い過去のものとなったことを改めて実感させます。

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そして毎度おなじみ、東雲運河でのエンジンの健康保持。ほぼ無風で全速25.97kt、昨年8月17日の塗装直後、28.67ktにはかないませんが、出港回数からいえばまずまずの結果です。

245004.jpgデッドフルを維持したまま、港内へ躍り出ました。水面の平らかさは、よくいわれる“油を流したような”という形容がしっくりくる状態で、プレーニングしていてもまったくピッチングなし。滑るような爽快極まりない水面の感触に、すっかり上機嫌です。

薄く靄があり、沿岸のビル街が霞むすなわち、静穏極まりないことの証し。嬉しい冬の贅であります。

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全速のまま気持ちよく港内を横断して、京浜運河北口へ。レインボーブリッジの西詰ループも、冬の低い陽射しに照らされて白く輝いています。

この日は一つ、ぜひ水上から眺めてみたいものがあって、まずは京浜運河を一路南下することに。大晦日とは思えない暖かさも手伝って、楽しい水路行になりそうです。
撮影地点のMapion地図

(元年12月31日撮影)

(『令和元年度川走り納め…2』につづく)

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タグ : 砂町北運河 東雲運河 東京港 水辺の鳥たち

7月28日の水路風景…1

237001.jpg‥‥というわけで7月28日、夜来の雨がやみ朝方から曇りとなったので、91日目にしてようやく休航状態を脱することができたのであります、はい(涙)。

艇のシートを外すなど準備をしていると、10時前後には雲も切れ、青空がのぞくまでになって、ほんの2時間あまりながら近場の徘徊を楽しんできました。

まず向かったのは、砂町北運河。北端部が埋め立てられたことは記憶に新しいですが、見てみたくなったのは、都内で唯一水門を通って運河に入ってくる本船、ガット船です。

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新砂3丁目、日立コンクリート(株)前の岸壁にもやう、プッシャーバージタイプのガット船「第三十八共栄丸」と押船「第三十七共栄丸」。船尾を見ると、船籍は木更津とありました。船底色を見せて、舷側を高々と上げたバージの姿、ずっしりとした量感が感じられてよいものです。

日立コンクリート、リンク先のトップを見ると、現在スカイツリーが立っている北十間川畔にあったのですね。過去ログ「北十間川西端部…3」に載せた写真を見たら、4枚目、おお、確かに「HITACHI」と書いてある! 川に縁がある企業なのですね。かつても舶載で建材を運んでいたのでしょうか。

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237004.jpg船首と全体像を。クジラを思わせる丸い肥えた船首、とても魅力的ですね。深くくぼんだアンカーレセスが、ユーモラスな中に業務船らしい緊張感を醸しているのも佳し。

プッシャーバージなので船橋がない分、船首側から眺めるとちょっとアンバランスな感じもしますが、船首の放つ香気が強烈で、それを補って余りあります。

ちなみに第三十七・三十八共栄丸の船社、共栄運輸(株)のサイトを拝見してみると、「海運課」に船隊の写真がズラリとあって、実に楽しいですね。房総の名産である山砂の需要が続くかぎり、この魅力的な船隊はまだまだ活躍できそうです。

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この日は一番奥までは進まなかったのですが、先ほどから圧倒的としかいいようのない光景が目に入っていて、いやもう、言葉がないとしか‥‥。

壁のようですね。
刻々と変わりゆく水路風景、そのさまをリアルタイムで目の当たりにできるのは、ある意味幸いなのかもしれません。
撮影地点のMapion地図

(元年7月28日撮影)

(『7月28日の水路風景…2』につづく)

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タグ : 砂町北運河

砂町北運河の埋め立て区間を訪ねて

221001.jpg諸事手塞がりで、実に2ヶ月ぶりのお出かけとなってしまいました。艇のホコリと蜘蛛の巣をはらい、息もつまりそうな酷暑をついてまず向かったのはご近所、砂町北運河です。

入口付近東岸、中島運輸の曳船溜はやはり目を奪われるものが。中でも異形といえる一隻、「第105中島丸」を通り過ぎざま一枚。

砂町北運河を訪ねたのは、北端の区間が埋め立て工事にかかったことを、昨年より耳にしていたからです。最近訪ねた記事でいうと「27年度川走り納め…5」、「27年度川走り納め…6」の区間。

旧水上警察がまとめた水路誌、「東京都河川図」で砂町北運河の項を見てみると、北端部は「オイルフェンスから先、私有地」と記載があって、公設の運河でないことが匂わせてあったので、役目を終えれば埋め立てられることは、ある種納得ではありましたが‥‥。ともあれ、自艇で行動できる内水面が縮小してゆくのは寂しいもの。せめて末路を見届けようと、訪ねてきたというわけです。

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半ばを過ぎ、右手に東京湾マリーナのポンド、左手に旧石川島造船化工機の広大な跡地を眺めつつ、最奥部を望んだところ。かつては黒く水面が続いていた位置に、護岸とおぼしき白い一線が認められました。

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マリーナの繋留船列が途切れたあたりで一旦ニュートラル、新たに運河終端となった護岸の全貌を眺めたところ。

写真左手、かつての水路の間口分は護岸が東西に伸び、右手は従来の岸をなぞって、東に行くにつれ南(手前)へ降りてくる形で斜めになっています。

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少し背伸びして、護岸越しに旧最奥部を一枚。重機の並ぶ向こう、九重橋がどうやらそのまま架かっているようですね。

ああ、本当に埋め立てられてしまったんだなあと、今さらながら実感してしみじみ。中防水路、南前堀、そしてここ。東京の可航水路、短い間にずいぶん延長を減じてしまったものですが、水路が消えゆくその過程に立ち会えたことは、ある意味貴重な体験だったといえるかもしれません。

221005.jpg少しゴチャゴチャっとしていたこの辺りも、工事に伴ってかすっかり整理され、大型艇でも楽に転回できそうな、広大な水面が広がっていました。

整理されたおかげか、東岸に水門があることに気づかされたのは、収穫(?)といっていいかも。もっともよく見ると濃厚に蔦がからみ、径間もコンクリートで塞がれているようだったので、すでに廃止されて久しいのかもしれません。
撮影地点のMapion地図

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の辰巳埠頭…1』につづく)

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タグ : 砂町北運河 曳船

27年度川走り納め…6

(『27年度川走り納め…5』のつづき)

186026.jpg「佐川急便佐川東京ロジスティクスセンター」の建物、護岸ギリギリから立ち上がっているということもあり、正横から見上げると迫力があります。壁面にテルファー(クレーン)を備えたら、船から荷揚げができそうなくらい水に近いですね。

護岸の一部が撤去され、土嚢が積んであるのはなぜでしょう? 桟橋でも造るのかしらと、淡い期待を抱いてしまいます。

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本当の最奥部、九重橋を前にして。ランガー桁‥‥といってよいのでしょうか、中高に造られた鈑桁のゆるい湾曲が、橋の姿に風情を与えており、またかつての運河風景を思い起こさせる部分でもあります。

いうまでもなく、昔はこの先にも水路があって、すぐ丁字流となり東西に伸びていて、埋め立てが進行した末期まで、貯木水面として活用されていました。中高の桁は、盛んに筏をともなう曳船が出入りしていた、その名残といってよいものです。

数年前までは、桁の側面に管路が架設されており、写真でも持ち送りが見られますが、桁下に移設されたようですね。橋をくぐって、向こう側に行きたかったものの、この桁下にある管路がフロントグラス上端より低そうだったので、今回はあきらめました。

186028.jpg桁側面の右端、東詰近くに、「塗装記録票」を発見、ズームでたぐってみました。塗装年月の項、「20□0年3月」となぜか2ケタ目が消されたようになっていますね。

平成19(2007)年時点で黄色っぽい塗色だったので、現在の色になったのはそれ以降のはず。1ケタ目が0ということは、「2010年」かしら? 「九重橋」(江東地区の橋めぐり)によると、「平成21年度(2009)改修工事施工」とあったので、塗装がその翌年だったということでしょうか。

186029.jpg九重橋のすぐ下流から、西側を見たところ。遠くまで抜けて見渡せるのは、今のところここが唯一かも。潮位が高いので、ちょっと伸びあがったら地面が見えそうなほど、護岸が低く感じられるのも面白いですね。

東岸の再開発が成れば、近代的な建物に挟まれて、ちょっと古風な橋がどん詰まりにひっそり架かるという、一風変わった水路の袋小路となるわけで、水際のいじりようによっては、運河の歴史を感じさせる憩いの場になりそうではあります。

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ゆっくりと回頭して向き直ると、雲が陽をさえぎり、午前中にも関わらず、夕方のようなたそがれた運河風景が。風も穏やか、気温もまずまずの川走り日和、大晦日の川景色を求めて、運河地帯を西へ抜けることにしました。
撮影地点のMapion地図

(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…7』につづく)

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タグ : 砂町北運河

27年度川走り納め…5

(『27年度川走り納め…4』のつづき)

186021.jpg東京湾マリーナの船溜が尽きるあたり、右手を見てみると、こちらもかつてあった工場の建屋やクレーンがきれいに姿を消しており、砕石か砂が山と積まれ、重機が並んで工事中の様子。

護岸から前進して、鋼矢板が打ち込まれているところから見ると、堤防の改良かテラス化の準備でしょう。陸の様子からしても相当大規模な、再開発に近い工事なのかも‥‥。南砂町駅はこのすぐ向こう、住宅地も年々南下してきているとなれば、無理もありません。

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しかし‥‥こうして冷静に眺めてみると、こちら最奥部両岸の方が、石川島造船化工機のあたりより、むしろ変化の度合いが大きいかも。

帰宅後に過去の写真と比較してみて、思った以上の変貌に、大げさでなく息を呑んだものでした。みたび、19年7月28日の写真を掲げてみることにします。

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いやもう、この視点でいえば、水路軸線方向のマンションくらいしか、同じものが見いだせない変わりっぷり。

特に左手、地図では「佐川急便佐川東京ロジスティクスセンター」となっている、多層駐車場が立ち上がったことで、周囲の雰囲気を大きく塗り替えたことがわかります。

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上の写真では、右手のクレーンが一部しか写っていなかったので、その魅力を改めて堪能しておこうと、過去ログの記事と重なりますが再掲。

傷み具合から考えて、19年時点でもう稼働していなかったと思われますが、はすに突き出した構造や、交錯する梁がおりなす造形が珍しく、しげしげと見上げたものでした。

186025.jpgMapion地図によると、クレーンのあった工場の社名は「大三製鋼」とありました。検索してみると、「大三製鋼が平鋼事業から撤退、2月末に工場操業休止」(鉄鋼新聞)という記事がヒット。一昨年2月、工場を閉鎖されたとのこと。お疲れさまでした‥‥。

過去の写真から話を戻して、このあたり、狭窄部に入ったところから、水深はぐっと浅くなってくるはず‥‥。魚探に目を落としていると、マリーナの北端近くで感がカーブを描き始め、3m以上あった水深が、2.5m前後まで上昇。潮位は高い日なので、仮に沈置物などあっても、さして危険はないでしょう。引き続き最微速で、一番奥まで行ってみることに。

(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…6』につづく)

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タグ : 砂町北運河