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砂町北運河の埋め立て区間を訪ねて

221001.jpg諸事手塞がりで、実に2ヶ月ぶりのお出かけとなってしまいました。艇のホコリと蜘蛛の巣をはらい、息もつまりそうな酷暑をついてまず向かったのはご近所、砂町北運河です。

入口付近東岸、中島運輸の曳船溜はやはり目を奪われるものが。中でも異形といえる一隻、「第105中島丸」を通り過ぎざま一枚。

砂町北運河を訪ねたのは、北端の区間が埋め立て工事にかかったことを、昨年より耳にしていたからです。最近訪ねた記事でいうと「27年度川走り納め…5」、「27年度川走り納め…6」の区間。

旧水上警察がまとめた水路誌、「東京都河川図」で砂町北運河の項を見てみると、北端部は「オイルフェンスから先、私有地」と記載があって、公設の運河でないことが匂わせてあったので、役目を終えれば埋め立てられることは、ある種納得ではありましたが‥‥。ともあれ、自艇で行動できる内水面が縮小してゆくのは寂しいもの。せめて末路を見届けようと、訪ねてきたというわけです。

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半ばを過ぎ、右手に東京湾マリーナのポンド、左手に旧石川島造船化工機の広大な跡地を眺めつつ、最奥部を望んだところ。かつては黒く水面が続いていた位置に、護岸とおぼしき白い一線が認められました。

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マリーナの繋留船列が途切れたあたりで一旦ニュートラル、新たに運河終端となった護岸の全貌を眺めたところ。

写真左手、かつての水路の間口分は護岸が東西に伸び、右手は従来の岸をなぞって、東に行くにつれ南(手前)へ降りてくる形で斜めになっています。

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少し背伸びして、護岸越しに旧最奥部を一枚。重機の並ぶ向こう、九重橋がどうやらそのまま架かっているようですね。

ああ、本当に埋め立てられてしまったんだなあと、今さらながら実感してしみじみ。中防水路、南前堀、そしてここ。東京の可航水路、短い間にずいぶん延長を減じてしまったものですが、水路が消えゆくその過程に立ち会えたことは、ある意味貴重な体験だったといえるかもしれません。

221005.jpg少しゴチャゴチャっとしていたこの辺りも、工事に伴ってかすっかり整理され、大型艇でも楽に転回できそうな、広大な水面が広がっていました。

整理されたおかげか、東岸に水門があることに気づかされたのは、収穫(?)といっていいかも。もっともよく見ると濃厚に蔦がからみ、径間もコンクリートで塞がれているようだったので、すでに廃止されて久しいのかもしれません。
撮影地点のMapion地図

(30年7月22日撮影)

(『7月22日の辰巳埠頭…1』につづく)

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タグ : 砂町北運河 曳船

27年度川走り納め…6

(『27年度川走り納め…5』のつづき)

186026.jpg「佐川急便佐川東京ロジスティクスセンター」の建物、護岸ギリギリから立ち上がっているということもあり、正横から見上げると迫力があります。壁面にテルファー(クレーン)を備えたら、船から荷揚げができそうなくらい水に近いですね。

護岸の一部が撤去され、土嚢が積んであるのはなぜでしょう? 桟橋でも造るのかしらと、淡い期待を抱いてしまいます。

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本当の最奥部、九重橋を前にして。ランガー桁‥‥といってよいのでしょうか、中高に造られた鈑桁のゆるい湾曲が、橋の姿に風情を与えており、またかつての運河風景を思い起こさせる部分でもあります。

いうまでもなく、昔はこの先にも水路があって、すぐ丁字流となり東西に伸びていて、埋め立てが進行した末期まで、貯木水面として活用されていました。中高の桁は、盛んに筏をともなう曳船が出入りしていた、その名残といってよいものです。

数年前までは、桁の側面に管路が架設されており、写真でも持ち送りが見られますが、桁下に移設されたようですね。橋をくぐって、向こう側に行きたかったものの、この桁下にある管路がフロントグラス上端より低そうだったので、今回はあきらめました。

186028.jpg桁側面の右端、東詰近くに、「塗装記録票」を発見、ズームでたぐってみました。塗装年月の項、「20□0年3月」となぜか2ケタ目が消されたようになっていますね。

平成19(2007)年時点で黄色っぽい塗色だったので、現在の色になったのはそれ以降のはず。1ケタ目が0ということは、「2010年」かしら? 「九重橋」(江東地区の橋めぐり)によると、「平成21年度(2009)改修工事施工」とあったので、塗装がその翌年だったということでしょうか。

186029.jpg九重橋のすぐ下流から、西側を見たところ。遠くまで抜けて見渡せるのは、今のところここが唯一かも。潮位が高いので、ちょっと伸びあがったら地面が見えそうなほど、護岸が低く感じられるのも面白いですね。

東岸の再開発が成れば、近代的な建物に挟まれて、ちょっと古風な橋がどん詰まりにひっそり架かるという、一風変わった水路の袋小路となるわけで、水際のいじりようによっては、運河の歴史を感じさせる憩いの場になりそうではあります。

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ゆっくりと回頭して向き直ると、雲が陽をさえぎり、午前中にも関わらず、夕方のようなたそがれた運河風景が。風も穏やか、気温もまずまずの川走り日和、大晦日の川景色を求めて、運河地帯を西へ抜けることにしました。
撮影地点のMapion地図

(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…7』につづく)

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タグ : 砂町北運河

27年度川走り納め…5

(『27年度川走り納め…4』のつづき)

186021.jpg東京湾マリーナの船溜が尽きるあたり、右手を見てみると、こちらもかつてあった工場の建屋やクレーンがきれいに姿を消しており、砕石か砂が山と積まれ、重機が並んで工事中の様子。

護岸から前進して、鋼矢板が打ち込まれているところから見ると、堤防の改良かテラス化の準備でしょう。陸の様子からしても相当大規模な、再開発に近い工事なのかも‥‥。南砂町駅はこのすぐ向こう、住宅地も年々南下してきているとなれば、無理もありません。

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しかし‥‥こうして冷静に眺めてみると、こちら最奥部両岸の方が、石川島造船化工機のあたりより、むしろ変化の度合いが大きいかも。

帰宅後に過去の写真と比較してみて、思った以上の変貌に、大げさでなく息を呑んだものでした。みたび、19年7月28日の写真を掲げてみることにします。

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いやもう、この視点でいえば、水路軸線方向のマンションくらいしか、同じものが見いだせない変わりっぷり。

特に左手、地図では「佐川急便佐川東京ロジスティクスセンター」となっている、多層駐車場が立ち上がったことで、周囲の雰囲気を大きく塗り替えたことがわかります。

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上の写真では、右手のクレーンが一部しか写っていなかったので、その魅力を改めて堪能しておこうと、過去ログの記事と重なりますが再掲。

傷み具合から考えて、19年時点でもう稼働していなかったと思われますが、はすに突き出した構造や、交錯する梁がおりなす造形が珍しく、しげしげと見上げたものでした。

186025.jpgMapion地図によると、クレーンのあった工場の社名は「大三製鋼」とありました。検索してみると、「大三製鋼が平鋼事業から撤退、2月末に工場操業休止」(鉄鋼新聞)という記事がヒット。一昨年2月、工場を閉鎖されたとのこと。お疲れさまでした‥‥。

過去の写真から話を戻して、このあたり、狭窄部に入ったところから、水深はぐっと浅くなってくるはず‥‥。魚探に目を落としていると、マリーナの北端近くで感がカーブを描き始め、3m以上あった水深が、2.5m前後まで上昇。潮位は高い日なので、仮に沈置物などあっても、さして危険はないでしょう。引き続き最微速で、一番奥まで行ってみることに。

(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…6』につづく)

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タグ : 砂町北運河

27年度川走り納め…4

(『27年度川走り納め…3』のつづき)

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引き続き、石川島造船化工機の跡地を眺めながらゆるゆる北上。おお、船台の扉船と、グリーンのテント倉庫はそのままですね。

豊洲にかつてあった石川島の船台群と並んで、扉船を持つ船台は都内でも数少ない存在。もしかして、これが都内最後かな?

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ふたたび、19年7月28日の写真と見くらべてみましょう。黄色い門型クレーン2基が、船台をまたいでそびえ、周囲には資材やら半製品が並べられて、活気があります。「ゴーイングメリー号」のフィギュアヘッドが、もはや懐かしい‥‥。

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船台のほぼ正面から。できるだけ高い目線から一枚ものしたいと、シートの上に乗って、一杯に手を伸ばしてパチリ。

斜面がほんの少しのぞけた程度ですが、扉船の向こうが見えてまずまずの結果に。こちらはきれいに片づけられているだけに、むしろ寂寥感がひとしおではあります。

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19年7月28日も、だいぶオフセットしながら正面で撮っていました。いや、魅力的なメカメカしい風景! もう少しまめに通えば、入渠中の光景も拝めたのにと悔やんでも、時すでに遅すぎるのが痛いところ。

当日、動いているクレーンはなかったと思いますが、写真にこうして切り取って眺めると、機械の轟音が響き、ほこりが舞い上がっているような、喧騒に満ち満ちているように錯覚させられる角度ではありますね。

186020.jpg船台の前を微速で通り過ぎながら、後ろを振り返って。陽もだいぶ射すようになって、我が木っ端ブネの上もポカポカと暖かくなってきました。

8年前と比較しても、大きく変貌を遂げつつある砂町北運河‥‥。次の8年後はどれだけ変わっているのか、せめて船影濃い運河風景であれと祈るばかりです。


(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…5』につづく)

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タグ : 砂町北運河

27年度川走り納め…3

(『27年度川走り納め…2』のつづき)

186011.jpg東京湾マリーナ南端の線で、東を向いて一枚。いつもはプレジャーの出船入船で賑わっているであろうここも、大晦日とあってひっそり。

少し雲が切れて、陽が射してきました。この時季としては気温が高いとはいえ、陽光のあるとなしとなしとでは大違い。このまま晴れ渡ってくれよと願いながら、西に目を向けると‥‥。


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ご覧のとおり、西側水路との丁字流角は、広大な更地になっていました。石川島造船化工機(後のIHI造船化工機)の跡地です。この数年で、最も景色が変わったのはこの一帯でしょう。

撤去が始まったのはだいぶ前だったと思いますが、鋼矢板の護岸やビット類はそのままで、再開発が始まった風ではありません。

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19年7月28日に、2枚目とほぼ同位置から撮ったものを掲げます。すき間なく大小の建屋が並び、黄色い塗装のクレーンが屹立する、いかにも運河畔らしい、鉄の匂いがプンプンする風景。

都内の水路からまた一つ、船舶の造修能力を持つ現場が消えたわけで、何とも寂しいかぎりではあります。

186014.jpg南岸のほぼすべてが工場の岸壁で、水面上に突き出すクレーンも見られた西側水路も、今はかくのごとし。

このあたり、過去ログ「砂町北運河…2」、「砂町北運河…3」で触れましたが、クレーンやドックなど実に見どころが多く、「ゴーイングメリー号」の改造を担当していたとあって、面白いものを発見できたり‥‥。そう遠くないうちにここも、風景が一変するに違いありません。



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岸に寄せて、以前のまま並ぶビットや、パレットなど放置された資材を目で拾っていたら、唯一大きくて目立つモノが、ブルーシートをかぶってゴロンと出現。

何か、これから建つものに関連する資材か、以前からあったものを一時保管しているのか‥‥。正体は不明でしたが、雲間から射してきた陽光の下、どこか禍々しい雰囲気を放っていました。
撮影地点のMapion地図

(27年12月31日撮影)

(『27年度川走り納め…4』につづく)

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タグ : 砂町北運河