寒川取水堰

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5月3日は、神奈川県の寒川まで出かけた帰り、相模川が眺めたくなって、県道47号線を西へ走り、神川橋を渡ってみました。橋詰から歩いて橋の中央へ向かうと、川風はまだ肌寒いものの、好天も手伝って、かえって爽快ないい気分です。

中央まで歩いて、やおら上流側に向き直ると、流路いっぱいに広がる寒川取水堰の雄姿が真正面に! 左側に固定堰、中央に魚道など、右側に可動堰といったレイアウトは、以前訪ねた多摩川の羽村堰(過去ログ『羽村堰に遊ぶ…1』ほか参照)と略同ですが、こちらの方が格段に大きく、胸のすくような雄大さを味わうことができました。
撮影地点のMapion地図

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スレンダーな可動堰は4径間、左端の1径間が扉体を細めに開いていて、流水が床固の上を滑っています。「寒川取水堰」(ダム便覧)によると、堤頂長270m、堤高6mとのこと。

平塚市の河口から数えて、寒川取水堰まで約7km。ここまでの相模川に、舟航に耐えうる環境があれば、のお話ですが、この下流に堰はないので、実質的な遡上限界点ということになります。

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橋の上から水面をのぞき込んでみると、水の透明度は高く、河底がすっかり透けて、ゴロタ石や岩が沈んでいるのが見えました。やっぱり、かなり浅そうだなあ。

118004.jpgどこかで少し触れたとは思いますが、私の初めて走った川は、実は相模川。もっとも、川走りにはさほど関心のないころで、小網代を母港としていたころ、江ノ島や烏帽子岩を訪ねた道々、ついでに立ち寄ったもので、遡上した距離も、確か東海道線の鉄橋付近まで、ほんの2kmほどでした。

激しい河口波を乗り越えて河道内に入ると、砂洲に抱かれたラグーンのような静かな水面が広がっており、別世界のおもむきだったのを覚えています。東海道線の近くで、水面下にひそむ橋脚の撤去跡に、怖気をふるって引き返しましたが、あれはまだあるのでしょうか。

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(茅ヶ崎名所)馬入川の帆掛筏
宛名・通信欄比率2:1、明治40年4月~大正7年3月の発行。
「東海道茅ヶ崎林屋商店發行」の銘あり。

相模川に触れる機会もそうそうないと思われるので、関連する古絵葉書を一枚ご紹介します。河川舟運を題材とした絵葉書をぼつぼつ集めてきたものの、相模川のそれを写した絵葉書は、今のところこれ一枚しか出会っていません。「馬入川」はご存知のとおり、相模川下流の別名で、付近の地名にもなっていますね。

しかし、長々とつながった筏に、ズラリと立てられた帆、帆、帆! 写っているだけでも実に9枚、一編成(?)の筏に、最大どれだけの帆が立てられたのかはわかりませんが、これだけでも壮観で、絵葉書の題材になったのもうなずけますね。

帆の向きからすると、横風帆走しているようにも見えますが、横流れへの対策はどうしていたのでしょう。また、帆のうちいくつかは、帆桁の中心をずらして、縦帆的な使い方をしているのも気になるところです。

筏に舵や帆装を設けて、帆船同様の独航能力を持たせた話は本で読んだことがありますが、河川のそれも、同様の例が多くあったのでしょうか。このあたり勉強不足なので、今後の宿題としたいと思っています。

(25年5月3日撮影)

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タグ : 寒川取水堰 相模川 絵葉書・古写真