琵琶湖疏水記念館にて…2
(『琵琶湖疏水記念館にて…1』のつづき)

●テラスの北端に接して、石材とレンガで組み上げられた、美しいトンネルポータルが口を開けていました。改修時に洗浄でもされたのか、100年以上前の建造とは思えないほどきれいですね。
扁額に「楽百年之夢」とあるのに気がついて、以前本かどこかで見たなあとピンときました。疏水建設を進めた当時の京都府知事、北垣国道の書でしたよね? このポータルから出てくる水は確か、疏水分線からの余水だったと思います。

●ポータルの真ん前のテラスは、ご覧のとおり半島状になっています。ポータルからの余水と、インクライン横を流れ下る水路を分ける、導流堤の形そのままに、上にテラスをあつらえたようですね。
その先端の向こうには、先ほどから気になっていた、インクラインの「ドラム工場」(動力室/運転室)があった場所と思われる、動物園の東屋が。ちなみに、疏水記念館のパネル展示によると、蹴上インクラインの「ドラム工場」は、当初上流側の蹴上船溜に造られたのですが、後にここ、南禅寺船溜に移設されたとのことです。
●この半島状の先っぽからは、右のようにポータルと石造の橋が正面から眺められるのですが、気になるのはもっぱら、東屋の方ばかり。よくよく眺めると、東屋の下には蔦に覆われながらも、新しい建物が建っているのがわかり、ちょっとがっかり。
でも、護岸の鋼矢板には、何か切れ目らしきものがあるのを目ざとく見つけ、「あそこがワイヤーの繰り出し口跡か?」などと、妄想を繰り広げていたのですから、安上がりなものです。そんなわけで辛抱たまらず、先に触れた理由もあって、動物園に入ってみることにしました。

●東屋のベンチから。東屋というにはかなり大きく、まあ、吹き抜けの団体向け休憩所といったところでしょうか。
いろいろとくさしてしまいましたが、山並みをバックに伸びゆくインクラインを、真正面から望めるビュースポットがあるというだけで、ちょっとした感動でした。晴れてよかった‥‥。
●せっかく動物園に入ったのですから、疏水‥‥鴨東運河の川面も間近から眺めてみたいと、柵や植え込みの切れ目を探してウロウロ。なんとも不真面目な入園者で、申しわけありませなんだ。
ようやく川面が拝めそうなところを見つけて、顔を出してみると、おや、何やら神田川の分水路のそれを思わせる、暗渠の吐口が。地図で確かめると、白川なる河川の合流部なのだそう。径間の半分以上を砂洲が占めてしまっていますが、まばゆいばかりの白い砂に、関東とは違ったマサ地帯であることが感じられ、面白く思ったものでした。
【撮影地点のMapion地図】
(26年9月21日撮影)
(『京都市動物園にて…1』に続く)

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●テラスの北端に接して、石材とレンガで組み上げられた、美しいトンネルポータルが口を開けていました。改修時に洗浄でもされたのか、100年以上前の建造とは思えないほどきれいですね。
扁額に「楽百年之夢」とあるのに気がついて、以前本かどこかで見たなあとピンときました。疏水建設を進めた当時の京都府知事、北垣国道の書でしたよね? このポータルから出てくる水は確か、疏水分線からの余水だったと思います。

●ポータルの真ん前のテラスは、ご覧のとおり半島状になっています。ポータルからの余水と、インクライン横を流れ下る水路を分ける、導流堤の形そのままに、上にテラスをあつらえたようですね。
その先端の向こうには、先ほどから気になっていた、インクラインの「ドラム工場」(動力室/運転室)があった場所と思われる、動物園の東屋が。ちなみに、疏水記念館のパネル展示によると、蹴上インクラインの「ドラム工場」は、当初上流側の蹴上船溜に造られたのですが、後にここ、南禅寺船溜に移設されたとのことです。

でも、護岸の鋼矢板には、何か切れ目らしきものがあるのを目ざとく見つけ、「あそこがワイヤーの繰り出し口跡か?」などと、妄想を繰り広げていたのですから、安上がりなものです。そんなわけで辛抱たまらず、先に触れた理由もあって、動物園に入ってみることにしました。

●東屋のベンチから。東屋というにはかなり大きく、まあ、吹き抜けの団体向け休憩所といったところでしょうか。
いろいろとくさしてしまいましたが、山並みをバックに伸びゆくインクラインを、真正面から望めるビュースポットがあるというだけで、ちょっとした感動でした。晴れてよかった‥‥。

ようやく川面が拝めそうなところを見つけて、顔を出してみると、おや、何やら神田川の分水路のそれを思わせる、暗渠の吐口が。地図で確かめると、白川なる河川の合流部なのだそう。径間の半分以上を砂洲が占めてしまっていますが、まばゆいばかりの白い砂に、関東とは違ったマサ地帯であることが感じられ、面白く思ったものでした。
【撮影地点のMapion地図】
(26年9月21日撮影)
(『京都市動物園にて…1』に続く)

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琵琶湖疏水記念館にて…1
(『蹴上インクラインふたたび…2』のつづき)

●インクラインの下流部(?)をしばらくうろついた後は、前回の訪問時に改装中で見学できなかった、琵琶湖疏水記念館へ、雪辱戦とガツガツ突入!
疏水の流れ下る水音が聞こえる位置に、木立と屋外展示物に囲まれてある小さな博物館で、入館は無料です。改装からまだ年を経ていないとあって、内外ともまだ新しい感じで、気持ちよく見学できました。
●当時の写真や文献など、パネル展示の中で惹かれたのは、やはり舟運風景。中でも二径間の堰と、一径間のスイングゲート閘門が併設された、鴨川運河の仁王門閘門の写真が珍しく、しばし見入ってしまいました。
また、インクラインの動力・運転室を兼ねた棟が、当時「ドラム工場」と呼ばれていたのも新鮮な驚きで、いかにも明治らしい呼び名だなあと、大いに感じ入ったものでした。
●写真は、インクラインを中心に水路閣や各発電所まで、疏水の施設を一望できる大型の情景で、ボタン操作により、インクラインの台車を上下させるギミックも仕込まれています。
適度に作り込まれた、落ち着いた色合いの情景は、眺めているだけでも飽きさせないものがあり、地形の高低から、各建造物の位置関係や働きまで、よく理解できる優れたものでした。

●地階から河畔のテラスに出ると、まず目に入るのは蹴上発電所で使われていたという、ベルトン水車の展示。ノズルから噴き出す水を、中央に効率よく受けて両側面に排出する、W形断面のバケツを興味深く観察。この他、スタンレー式発電機も展示されていました。
●テラスの正面に広がる眺めはもちろん、写真左手の仁王門通りに沿って西へまっすぐ伸びる、麗しの疏水風景。
両岸に曳船道をそのまま残しているあたり、泣かせるじゃないですか。船影絶えて久しいにせよ、ここはまぎれもなくかつての可航水路。しかも幾多の水位差克服施設を経た末に到達した、国内ではまれな舟航路の、いわば遺構なのです。

(26年9月21日撮影)
(『琵琶湖疏水記念館にて…2』に続く)

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●インクラインの下流部(?)をしばらくうろついた後は、前回の訪問時に改装中で見学できなかった、琵琶湖疏水記念館へ、雪辱戦とガツガツ突入!
疏水の流れ下る水音が聞こえる位置に、木立と屋外展示物に囲まれてある小さな博物館で、入館は無料です。改装からまだ年を経ていないとあって、内外ともまだ新しい感じで、気持ちよく見学できました。

また、インクラインの動力・運転室を兼ねた棟が、当時「ドラム工場」と呼ばれていたのも新鮮な驚きで、いかにも明治らしい呼び名だなあと、大いに感じ入ったものでした。
●写真は、インクラインを中心に水路閣や各発電所まで、疏水の施設を一望できる大型の情景で、ボタン操作により、インクラインの台車を上下させるギミックも仕込まれています。
適度に作り込まれた、落ち着いた色合いの情景は、眺めているだけでも飽きさせないものがあり、地形の高低から、各建造物の位置関係や働きまで、よく理解できる優れたものでした。

●地階から河畔のテラスに出ると、まず目に入るのは蹴上発電所で使われていたという、ベルトン水車の展示。ノズルから噴き出す水を、中央に効率よく受けて両側面に排出する、W形断面のバケツを興味深く観察。この他、スタンレー式発電機も展示されていました。

両岸に曳船道をそのまま残しているあたり、泣かせるじゃないですか。船影絶えて久しいにせよ、ここはまぎれもなくかつての可航水路。しかも幾多の水位差克服施設を経た末に到達した、国内ではまれな舟航路の、いわば遺構なのです。

(26年9月21日撮影)
(『琵琶湖疏水記念館にて…2』に続く)

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