5月20日の築地川…4

(『5月20日の築地川…3』のつづき)

220036.jpg
南門橋右径間をくぐり終えて、微速で左回りに回頭しつつ、水面上から初めて見る築地川最奥部の光景。

暗渠のポータル、石垣に似せたコンクリートのフタで塞がれたのですね。左手奥は、海岸通りの拡幅で幅を狭められた、汐留川の北東端です。だいぶ前になりますが、確かここに環境局の小型清掃船が入っていた写真を、ウェブサイトで見た記憶があるのですけれど、記憶違いだったかな‥‥。

まあ、今日は河道を塞ぐフェンスが外れていて、南門橋をくぐれただけでも幸運と思わなければなりません。冒険は慎んで、橋見物に集中しましょう。

220037.jpg

220038.jpg近くで見ると、この橋脚部分の張り出しが滋味にあふれ実にいい感じ。橋詰のそれが直線を取り入れた、いわば角丸断面なのにくらべ、橋脚はほぼ半円断面で、円柱を思わせるまろやかさが、橋脚ということもあってかしっくりきます。

しかしこちら側は、汚れや白化がずいぶん目立ちますね。日照の差で乾燥しづらいからか、または車道に面していて、粉塵を浴びる確率が高いからでしょうか。

220039.jpgくぐってきた径間を振り返って。汚れてもむしろ味のうちと思えるのは、この豊かな装飾に負うところが大きいでしょう。デザインを担当した山口文象氏ご自身は、装飾を施すことはお好みでなかったようですが。

このあたり、「橋を透して見た風景」にも一項がありますが、ウェブ上では「建築家 山口文象」の「1924橋梁デザイン」に山口氏のインタビューがあり、南門橋の竣工時の写真も載っています。

220040.jpg
水鏡でできた、黒く縁どられた紡錘形の向こうに、築地川の初めて見る角度が。この温かみのある曲面と質量感。鋼橋では味わえない、RCアーチの醍醐味の一つですねえ。

(30年5月20日撮影)

(『5月20日の築地川…5』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 築地川 南門橋 橋の裏側

5月20日の築地川…3

(『5月20日の築地川…2』のつづき)

220031.jpg
右手の桟橋が途切れ、最奥部の水面とともに、橋の側面が眼前に広がりました。ああ、さえぎるもののない、まさにクリアな状態で南門橋の全貌を拝める日が来ようとは。嗚呼。

光線の具合もよく、ビル群をバックにくっきりと浮かび上がったこの艶姿。かつての離宮の導入部として、デザインも特に意を用いられたと聞いています。ディテールを堪能するとしましょう。

220032.jpg

220033.jpg右側通航の原則に従って、右径間に舵を切りました。高欄のディテールが明らかになってくるとともに、アーチ下の黒々とした陰影が視界の面積を次第に占めて、この手の橋特有の質量感が迫ってきます。要石に擬した凸部、ボルト跡が見られることから、以前は何か別パーツが取り付けられていたようですね。

最奥部の水深ですが、右写真のとおり1.6から1.9mほど。先にも触れたように、かつては喫水の深いヨットがもやっていたくらいですので、途中の区間はまず十分な水深があります。最奥部に至って若干浅くなり、また凹凸はあるものの、モーターボートにとってはまったく余裕の数字です。

220034.jpg
タイトルにも掲げた写真をトリミングして、要石ぽい部分のアップを。高欄の連続したアーチ様デザイン、その上に連なる歯状装飾、アーチのリム、「要石」の天端の処理と、まあ細やかなこと。

「要石」に話を戻すと、最初は橋名板の跡かしらと思っていたものの、よく見ると中央の穴に、切断されたコードが出ていますね。橋側灯を外したとみて間違いないでしょう。

紅林章央氏の著書「橋を透して見た風景」を開いたところ、竣工間もないころと思われる南門橋の写真が掲載されており、橋側灯があったことが確認できました。

220035.jpgあまりよく撮れなかったのですが、黒く沈むアーチの裏側にスッ、といった感じで、対角線を描いていた波紋の反射が気になっての一枚。

装飾は袖高欄まで連続しており、水面近くの階段状に末広がった処理も地味に素敵。いや~、本当に来てよかったですわ‥‥。
撮影地点のMapion地図

(30年5月20日撮影)

(『5月20日の築地川…4』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 築地川 南門橋 橋の裏側

1月21日の古川…4

(『1月21日の古川…3』のつづき)

216016.jpgどうやら念願かないそうで、気分はそりゃあよいものの、チラチラ目を落としている魚探の感は、うらはらに非情なものです。小山橋直前からガクンと浅くなり始め、たちまち1mに!

現在時刻10時10分、推算潮位はA.P.+1.46mほど。9年前の1月に陸路訪ねたとき、公園の河道断面図に「河床高さA.P.-0.44m」とあったので、それが本当なら1.9mはあるはずなのですが‥‥。堆砂で河床が上がったのかなあ、などと艇を歩かせながら妄想が脳内をぐるぐる。

ともあれ、まだチルトアップせずとも進める深さがあるのですから、続けて前進です。河底もコンクリートでなく泥なら、ペラをヒットしても致命傷には至るまいと、いつもの小心はどこへやら、今日はやけに強気。

216017.jpg
小山橋通過! いや~、とにかく嬉しい。再塗装されて間がないのか、桁裏も思ったよりきれいですね。ここまでくればあと一息、右手に見えてきたあそこ!

216018.jpg
新広尾公園親水テラス前に到着。
9年前に見下ろした水面に、我が艇とともに在るこの瞬間、実に感慨深いものが。

目黒川や石神井川にも同種の施設がありますが、護岸を掘り込んで計画高水位以下のテラスを造り、平時は親水施設として川面を愛でられ、増水時は冠水することを前提に設計されたもの。

断面図を信じれば、テラス前には基礎護岸がなく、横付けしても差し支えはないはずです。ただし柵には扉はなく、フェンダーの備えもありませんから、船着場としての使用は考えていないのでしょう。

216019.jpg
水深も厳しくなってきたので、テラス前から少し進んだところを、遡上限界として転回。

いったん右に去った高架がふたたび河道上空に戻るさま、日向坂につながる勾配のある橋、二の橋を望んだ場所で、上機嫌の雪辱戦も終了となりました。

216020.jpg去り際、テラスの下流側をふと見上げると、水位観測機器や水面を向いた監視カメラ、防災用らしきスピーカーが設けられていました。テラスに「災害用ボート収納箱」があったのと併せ、小さな防災拠点としての機能をも有していることがわかります。

イヤ、お手伝いの道々とは申せ、しょっぱなから良い舟行きができ、ゴキゲンであります。この後も楽しい出会いが期待できそうですね。
撮影地点のMapion地図

(30年1月21日撮影)

(『1月21日の目黒川…1』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 古川 高架下水路 橋の裏側

庄川峡の船旅…6

(『庄川峡の船旅…5』のつづき)

211131.jpg大きなS字屈曲を抜けたあたりで、前方に上路式鋼アーチが見えてきました。庄川遊覧船サイトの案内にもあった、長崎大橋ですね。あれ、その向こうにももう一つ橋が。新しい橋かな?

ただ峡谷美を味わうだけでなく、橋くぐりも楽しめる庄川航路! 街場の水路になじんでいるだけに、河上から構造物を愛でる機会があると、やはりテンションが上がります。

211132.jpg
くぐりざま西詰を振り返って。仰いだ印象は、側面を遠望したときよりずっと華奢で、色褪せた塗装も手伝ってか、どこかはかなげに感じられたこと。渡している道幅が狭いせいでしょうか。

とやまの橋 長崎大橋(南砺市利賀村)」(北日本新聞)によれば、昭和46年竣工で全長191m、幅(道路幅と思われます)4mの林道橋とのこと。

211133.jpg
おお、ここにも吊橋の主塔が遺されている‥‥。写真の東詰上流側のみ確認でき、西岸には見当たりませんでした。橋名は下原橋。廃止時期は今のところ不明ですが、後ほど紹介する「庄川峽遊覧」の鳥瞰図や解説にも描かれていたので、小牧ダムとそう違わない時期の竣工なのでしょう。

211134.jpg長崎大橋を透かして見えた橋、近いように思えて1㎞ほどでしょうか、結構な距離がありました。右手の橋詰には巨大な足場があり、桁もメッシュをかぶっているようで、どうやらまだ建造中のようです。

アーチが鋼管を組んだ三弦になっていて、素人目にも長崎大橋から40年以上を隔てた、技術の進歩を感じさせる造作。庄川の新しい名所になりそうですね。


211135.jpg
上流側に出て振り返ると‥‥アーチの塗色、まるで口紅を引いたように、ぬめりのある鮮やかさ! 山肌の緑をバックにくっきりと浮かび上がって、目立つことこの上なし。

検索したところ、工事の経過を紹介したPDFがありました。「さんかくでつなぐ橋~庄川橋梁上部架設工事報告~」。なるほど、お隣の峡谷、利賀峡に新設されるダム工事の道路として造られたのですね。ダム工事終了後は、国道に昇格する予定なのだそう。名前は「庄川橋梁」(仮名と思われます)、全長368m、アーチ支間190m、平成30年度竣功予定とのこと。
撮影地点のMapion地図

【29年11月12日追記】
長崎大橋西詰の吊橋遺構、「庄川峽遊覧」の解説文に下原橋とありました。見落としており失礼しました。お詫びして追記させていただきます。「庄川峡の船旅…10」をご参照ください。

(29年9月24日撮影)

(『庄川峡の船旅…7』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 庄川遊覧船 庄川 橋の裏側

8月19日の晴海橋梁…2

(『8月19日の晴海橋梁…1』のつづき)

210011.jpgRC桁に設けられた待避所。薄い床板に、持ち送りなどの補強が見られない分、何とも頼りなげな印象です。アングル材で組んだ手すりが微妙に歪んでいますが、船にコツンとぶつけられたことでもあったのでしょうか。

人道橋化するとなると、このあたりの処理も気になるところ。どこまで原形を活かせるでしょうか。横浜の「汽車道」の例が参考になりそうですね。

210012.jpg
中央径間を晴海側から見て。むらなく錆びているせいか、あまり悲壮感はないように思えるのですが、豊洲側にはタワーマンションが立ち塞がり、水際もテラスが整備されて、この橋がすっかり孤立してしまっていることを感じさせます。

210013.jpg

210014.jpgローゼ桁とRC桁を載せた橋脚、支承のアップ。流れ出た錆が星霜を感じさせます。この橋脚にも銘板が掲げられていますね。橋脚全てに銘板が付された例、他にもあるのでしょうか。

右はアーチリブのアップ。吊り材の継ぎ手先端を細めたり、何ていうんでしょう、放射状の梁もテーパーが付いており、無骨なようでいて、細部への気遣いがなされたデザインに見えるんですよね。

210015.jpg
そして裏側を仰いで。この上を歩ける日が来るのかなあ‥‥。

同じ都専用線の橋でも、豊洲橋梁は早いうちに撤去されましたが、あちらはやはり桁下高が低く、通航の支障になっていたことが大きいと思います。そういった意味では、晴海橋梁は桁下高の高さゆえに生きながらえた、といえるかもしれません。

(29年8月19日撮影)

(『8月19日のトリさん』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 春海運河 晴海橋梁 橋の裏側