戸田漕艇場のあたり…2

(『戸田漕艇場のあたり…1』のつづき)

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南側に回ると、戸田公園の地図を掲げた案内板がありました。

今いる水門のあるあたりの両岸は、いわば艇庫街。ゴールラインの東側に取った水面なので、他のチームが練習中にも邪魔にならない、船溜的なスペースということなのでしょう。

168007.jpgさて、ここに着いたときから、道路を挟んで水門と対面するところに、気になるものがありました。小さなオベリスクのような、石造りの塔が一対。何かの記念碑だろうと思っていたら、よくよく見てみると、基部にはめ込まれた銘板に「戸田橋」と!

えっ、これはもしかして、旧戸田橋の親柱を移設したもの? まさか、こんなところにあったとは‥‥。


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168009.jpg近づいてみると、頂部に青銅色の帽子をかむり、段のついた部分にも装飾を施された立派なもの。右の親柱には「埼玉縣」と県名が入り、そのかたわらには、「戸田橋親水公園」と刻まれた石が立てられていました。

公園のあるスペースは、菖蒲川と漕艇場の水面をつなぐ、水路敷を利用したものです。暗渠化した水路上に、親水公園を設ける手法はよく見られますが、旧橋を顕彰するための場所を兼ねさせたあたり、珍しく思ったものでした。

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水門と漕艇場を背にしてたたずむ、古風な親柱と袖高欄のある水辺風景‥‥なかなかよいものですね。

場所柄、現戸田橋を望むことはかなわないものの、ほど近いところで、しかも荒川水系の水路上で余生を送っているのだと思うと、何とはなしに暖かい気持ちになったのでした。
撮影地点のMapion地図

(27年2月3日撮影)

(『戸田漕艇場のあたり…3』につづく)

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タグ : 戸田漕艇場 曲尺手水門

戸田漕艇場のあたり…1

168001.jpg3日火曜は、用足しの途中に待ち時間ができたので、埼玉県戸田市は戸田漕艇場をお散歩してきました。お散歩とはいってもほんの20分ほど、漕艇場の東側をのぞき込んだくらいにとどまりましたが、暖かな好天に恵まれて、よい気分転換になったものです。

漕艇場は西端を笹目川、東端を菖蒲川と、荒川の支流二河川に挟まれた形で広がっていますが、訪ねたのは東端、菖蒲川との接続部分。水位を管理された堤内地の水面らしく、川と接するここには水門が設けられていました。

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柵の間から水門を見上げて。規模のわりに大ぶりな螺旋階段が、一元管理された遠隔操作でなく、つどゲート上に上がって扉体を運転する、機側操作の水門であることを伝えています。

168003.jpg好都合なことに、銘板が通り側に掲げられていたので、ズームでたぐって一枚。曲尺手水門‥‥普通は「かねんて」と読み、宿駅の入口に設けた、クランク状の道のことを指しますが、ここもそうなのでしょうか。

この近くの旧地名から取った名前(戸田市南町8にも『曲尺手遊園地』あり)と思われますが、宿場町であった戸田らしい地名で、面白く思ったものです。

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うららかな陽を浴びて、たたずむ水門を南側から。ひたひたの低い護岸と、枯れた芝生の法面がいい感じ。扉体はブルー、巻上装置はスピンドルで電動です。

手前にはアルミ製のささやかな管理橋と、可愛らしいテルファー(クレーン)が備えられていました。ゴミよけのフェンスか何か、重量物の上げ下ろしに使うのでしょう。

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水門の横に、漕艇場の水面を一望できる場所がありました。実業団や大学の艇庫と桟橋が並ぶ右手前から、漕艇場と競艇場を分かつ戸田公園大橋を遠望でき、さらにはるか彼方の山並までうっすら望めて、直線的な気持ちのよい水辺風景です。

東西の長さ、およそ2500m。当初、昭和15年に開催されるはずだった、東京オリンピックのための施設の中で、戦前に一応の竣工を見たのは、芝浦の自転車競技場とここ、戸田漕艇場だけだったのだとか(参考:『幻の1940年計画』指南役・著)。自転車競技場も姿を消して久しいそうですから、戸田漕艇場がいわば唯一の、「幻の第12回東京大会」の忘れ形見、ということになるのですね。
撮影地点のMapion地図

(27年2月3日撮影)

(『戸田漕艇場のあたり…2』につづく)

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タグ : 戸田漕艇場 曲尺手水門