秋の水郷三昧…12
(『秋の水郷三昧…11』のつづき)

●テラスのある区間に入り、左右に目を向けると、ぽつり、ぽつりとある立木越しに広がる田圃。目の高さから地表が見渡せる、十六島の平らかさ、低さが堪能できるところでもあります。

●あっ、加藤洲揚排水機場、改修されたんだ。あの独特な書体(過去ログ『ふたたび水郷へ!…4』ほか参照)が見られなくなったのは残念でしたが、美田のかなめである施設が若返ったのは何より。今までは加藤「州」表記だったのが、今回の改修で公式名称たる、加藤「洲」に統一されたのですね。
このあたり、いい雰囲気の古びたRC橋がいくつかあるのですが、写真は中でも白眉(?)の、ムクの高欄に丸穴をあしらったお洒落さん。
【撮影地点のMapion地図】

●新左衛門川にお別れし、与田浦の水面に出たところで、一隻のサッパと反航。今に生きる水郷独特の伝統船型、いつまでも元気で活躍してほしいものです。
中洲の乗り場が視界に入ってきました。水生植物園がお休み中なので、クルマや人影も乏しく、遠目にも少々寂しげです。久方ぶりの十六島・潮来周遊、芯から堪能できました。また来るぞ!
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…13』につづく)

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●テラスのある区間に入り、左右に目を向けると、ぽつり、ぽつりとある立木越しに広がる田圃。目の高さから地表が見渡せる、十六島の平らかさ、低さが堪能できるところでもあります。


このあたり、いい雰囲気の古びたRC橋がいくつかあるのですが、写真は中でも白眉(?)の、ムクの高欄に丸穴をあしらったお洒落さん。
【撮影地点のMapion地図】


中洲の乗り場が視界に入ってきました。水生植物園がお休み中なので、クルマや人影も乏しく、遠目にも少々寂しげです。久方ぶりの十六島・潮来周遊、芯から堪能できました。また来るぞ!
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…13』につづく)

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秋の水郷三昧…11
(『秋の水郷三昧…10』のつづき)

●護岸の高まりが狭水路感を増幅させ、覆いかぶさる藤棚や木橋が、水路のディテールをより濃密に彩ってゆくこの区間。いいなあ、いいなあ。
しかし、ふとあるお宅の石段に目を向けたところ、目地がずれて、すき間が開いたままのところが結構見られるのに気づかされました。震災の痛手は、すべて癒えたわけではないのです。

●十二橋を全身で満喫しながらも、先ほどから「名物・草餅を食べたくてたまらない病」を発症してしまったやつがれとしましては、間近に迫った河畔のお土産屋さん(『あやめ祭りの水郷風景…6』ほか参照)が意識の大半を占め始め、食い意地の水位も急上昇するばかり。ところが‥‥。
営業していない。
いや、もう凹んだの何の。ガランとした寂しい風景を前に、思わずがっくりと肩を落としてしまったほどです。自分の食い意地はさておいて、もしや廃業されてしまったのかと、心配にもなりました。
●「ごめんねえ、最近は6月のあやめ祭りの時期にしか、やっていないんですよ」と船頭さん。廃業されたわけではないと知ってホッとしましたが、期間が限定されてしまったとは、やはり寂しいことには違いありません。
と、我が乗組みの帽子に、再びトンボさんがちょこんとご休憩。「がっかりするなよ!」と、元気づけられた気分になったものでした。

●紫陽花橋をくぐれば十二橋の区間は終わり、この先の、両岸にテラスをあつらえた開けた風景も好きなんですよね。船頭さんは棹を横たえてエンジン始動、新左衛門川を下って、与田浦への最終コースに入ったのでした。
【撮影地点のMapion地図】
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…12』につづく)

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しかし、ふとあるお宅の石段に目を向けたところ、目地がずれて、すき間が開いたままのところが結構見られるのに気づかされました。震災の痛手は、すべて癒えたわけではないのです。

●十二橋を全身で満喫しながらも、先ほどから「名物・草餅を食べたくてたまらない病」を発症してしまったやつがれとしましては、間近に迫った河畔のお土産屋さん(『あやめ祭りの水郷風景…6』ほか参照)が意識の大半を占め始め、食い意地の水位も急上昇するばかり。ところが‥‥。
営業していない。
いや、もう凹んだの何の。ガランとした寂しい風景を前に、思わずがっくりと肩を落としてしまったほどです。自分の食い意地はさておいて、もしや廃業されてしまったのかと、心配にもなりました。

と、我が乗組みの帽子に、再びトンボさんがちょこんとご休憩。「がっかりするなよ!」と、元気づけられた気分になったものでした。

●紫陽花橋をくぐれば十二橋の区間は終わり、この先の、両岸にテラスをあつらえた開けた風景も好きなんですよね。船頭さんは棹を横たえてエンジン始動、新左衛門川を下って、与田浦への最終コースに入ったのでした。
【撮影地点のMapion地図】
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…12』につづく)

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秋の水郷三昧…10
(『秋の水郷三昧…9』のつづき)
●前扉が閉まると、後扉手前両脇にあるバイパス装置のスピンドルが、ウィンウィンウィンと小気味よい音を立てて、スライドゲートを引き上げてゆくさまが間近に。
サイズが小さいだけに、閘門のメカニズムを手に取るような距離で、余すところなく実見できるのも加藤洲閘門の良いところ。小型閘門でも、扉体をチョイ上げて注排水するような略式でなく、バイパスゲートを4基も備えているんですぜ! 4基も!

●そして後扉が上がり、これもご無沙汰の新左衛門川へ前進微速。扉体から滴が垂れてくるので、ちょっと腰が引けてオーニングの下から。オープンボート原理主義者ではありますが、ローラーゲートの閘門とくれば、やはり屋根があるのはありがたいものです。
まるで閘門の管理橋のようなポジションにある、一本目のよしきり橋をくぐって。以前にくらべて、ずいぶん苔むして風格を帯びたようですね。

●エンジン停止、チルトアップで船頭さんの棹漕(?)に移行。鳥の声と水音のみの静けさ、抜けるような青空。陽に焼けてほどよく貫録のついた、白木の小橋たちのたやずまいもお変わりなく。ああ、やっぱり十二橋っていい!

●逆光の中、点在する家並みと水際に迫る生垣、河水を吸って湿り気を帯びた大谷石の護岸を堪能しながら、ゆるり、ゆるりと。ああ、本当に十二橋っていい。いいと思ったことは何度でも繰り返します、ええ。
船首に座って、うららかな陽射しを浴びていると、可愛らしい赤トンボ君が音もなく飛来して、目の前の小縁に羽を休めました。驚かさないよう、息を止めるようにして、いいお顔を1枚。可憐な珍客の訪問に思わずにっこり、これも好天のおかげでしょう。
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…11』につづく)

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サイズが小さいだけに、閘門のメカニズムを手に取るような距離で、余すところなく実見できるのも加藤洲閘門の良いところ。小型閘門でも、扉体をチョイ上げて注排水するような略式でなく、バイパスゲートを4基も備えているんですぜ! 4基も!

●そして後扉が上がり、これもご無沙汰の新左衛門川へ前進微速。扉体から滴が垂れてくるので、ちょっと腰が引けてオーニングの下から。オープンボート原理主義者ではありますが、ローラーゲートの閘門とくれば、やはり屋根があるのはありがたいものです。
まるで閘門の管理橋のようなポジションにある、一本目のよしきり橋をくぐって。以前にくらべて、ずいぶん苔むして風格を帯びたようですね。

●エンジン停止、チルトアップで船頭さんの棹漕(?)に移行。鳥の声と水音のみの静けさ、抜けるような青空。陽に焼けてほどよく貫録のついた、白木の小橋たちのたやずまいもお変わりなく。ああ、やっぱり十二橋っていい!


船首に座って、うららかな陽射しを浴びていると、可愛らしい赤トンボ君が音もなく飛来して、目の前の小縁に羽を休めました。驚かさないよう、息を止めるようにして、いいお顔を1枚。可憐な珍客の訪問に思わずにっこり、これも好天のおかげでしょう。
(28年11月6日撮影)
(『秋の水郷三昧…11』につづく)

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先々代の加藤洲閘門?

●水郷関連の絵葉書を探してさまよううち、「日本水郷」と題した、袋入り8枚組の絵葉書に出会いました。「天然色・国際規格判」の文字も誇らしげな、白黒写真をベースに、製版でカラー化した絵葉書です。
水郷大橋、帆引き船、香取神宮と、おなじみの風景を題材に、この手の絵葉書特有の、ちょっと強調し過ぎとも感じられる色彩が目に沁みるようで、時代を感じさせ味わい深いもの。それだけなら、「フーン、いいなあ」で済んだものが、以下の一枚が入っていたことで、即決定となりました。
そう、水郷名物、極小閘門です!

●裏面のキャプションを読むと、「日本水郷情緒 野趣にとむ十二橋入口付近」とありました。十二橋入口とくれば、これは加藤洲閘門? いわれてみれば、画面奥が南として、閘室が左に曲がっているあたり、確かにそれらしい! それにこの水路幅、舟がみっちりもやっている様子、新左衛門川以外、考えられません。
ゲートが、「水郷の閘門について・二題」の絵葉書に出てきた、先代加藤洲閘門とはまた違った形であること、「仲江間閘門にマイタゲート疑惑?」で触れたのと同様の、マイタゲート取り付け跡(?)らしい構造物がゲートの手前に見えることと、ダブルパンチでハートわしづかみの物件を目の当たりにし、もうコーフン状態。
●上記の推測が正しければ、先々代の加藤洲閘門を写した、貴重な一枚ということになります。それだけでも嬉しいのですが、やはり気になったのは、マイタゲートが取り付け座だけで、扉体自身は姿が見えない点でした。
以下妄想すると‥‥。スライドゲートは水垂れが不快なため、増水時の閉鎖用として常時開にしておき、通常はマイタゲートで通航操作をするつもりでいたところ、スライドゲートの電動化で、マイタゲートを人力で開閉するより省力化がはかられたため、マイタゲートは取り外されたか、最初から取り付けられなかった‥‥といったあたりでしょうか。いきさつをご存知の方、ぜひご教示いただきたいものです!

なるほど、30年代末なら、雰囲気的にしっくりくると思います。しかし、仲江間閘門は凄いなあと、改めて感じ入ったことではありました。昭和30年代か、それ以前の水郷における極小閘門のスタイルを、いまなお維持してかつ、現役なのですから!

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