三栖閘門の図面

176037.jpg図録や書籍で目にし、慣れ親しみかつ憧れていた史料や、写真の現物と出会ったときの嬉しさは、また格別のものがあります。今回出会うことができた史料もその伝ですが、印刷物上に掲載されたものでなく、展示物と同じものという点が変わっていました。

21年9月11日に、伏見は三栖閘門(『三栖閘門…1』ほか参照)を訪ねた際に見かけたのですから、6年ぶりということになりますが、まさか展示物と寸分たがわぬものが入手できるとは思わなかったので、驚きもひとしおだったものです。

「続きを読む」をクリックしてご覧ください

続きを読む »

タグ : 三栖閘門 三栖洗堰 平戸樋門 宇治川 濠川 閘門

平戸樋門

(『三栖洗堰』のつづき)

15106.jpg京阪線に乗り、中書島の隣、宇治川畔は観月橋駅で下車。観月橋の橋詰には、何やらいわくありげな石柱が…明治天皇が通られたところのようですね、ふむ。

さて、目指すは月見館…なのですが、その前にちょっと、見ておきたいものが。


15107.jpg
駅から、堤防道を少し下流側に歩くと、ありました。赤レンガの台の上に乗った、何やら物々しいトラス構造が。先ほど十石舟で走った、濠川…いや違った、宇治川派流の吐け口、平戸樋門です。

トラスの架構から垂らされているのは、ワイヤーなどではなくチェーン。ずいぶん古典的な水門が残っていたものですが、トラスをよーく見ると、継ぎ手にリベットがなく、ずいぶんのっぺりとしているのがわかります。何か違和感がありますね。

15108.jpg早々にばらしてしまうと、上部構造や扉体を昔風に作り直した、言わば復元水門だったのです。ご覧のとおり、銘板の竣工年月には「平成16年3月」とありました。

しかし、閘門や洗堰のみならず、こんな小さな樋門にも、復元工事が施されているとは、ちょっと驚きですね。レンガの造作からして、古いものには違いありますまいが、やはり伏見の街にとって、特別な存在なのでしょうか。
(復元前の平戸樋門の写真はAGUAの『宇治川派流』に掲載されています。)

15109.jpg全貌を見てみたくなり、法面を危なっかしい足取りで駆け下りて、高水敷から一枚。う~ん、例によってうまく撮れなかった…。

しかし、ここから見上げると、石の装飾も美しく、実に威厳のある樋門じゃないですか! 「こんな小さな樋門」などと言ったのが、申しわけない気持ちになりました。
ん? あれは…。

15110.jpg復元された扉体の形の面白さや、石の銘板の立派さはさておき、気になったのは扉体前の、左右にある側壁。
三つのアイに渡されたチェーン…これはどう考えても、繋船用に設けられたものとしか思えない…。かつてはここも、舟が通っていたのではないでしょうか?

宇治川の水位が低くなる前は、チェーンにもやいを取れる位置に、水面があったに違いありません。小さな発見でしたが、水運時代の匂いを残すものに出会えて、嬉しくなりました。
撮影地点のMapion地図


(21年9月11日撮影)

【21年10月10日追記】3段目のリンクに誤りがあったので、訂正しました。間違ってリンクしていた、日本の川と災害さんにお詫び申し上げます。
この後、検索していたら、「平戸樋門ゲート設備修繕工事」(J=GLOBAL)を発見。なるほど、大正15年建設で、当初は木製ゲートだったのですね。

(『三十石舟の宿・月見館…1』につづく)

にほんブログ村 マリンスポーツブログ ボートへ
にほんブログ村

タグ : 平戸樋門 宇治川