帷子川ほんの少し…10
(『帷子川ほんの少し…9』のつづき)

●幸川最低橋(!)、内海橋の強烈な低さに絶句しつつも、昔目にしたトラウマともいうべき橋を水上から再訪できて、やはりこちらを選んでよかったとしみじみ。
さて、も少し近づいて鼻先でも突っ込んでみるか、と思ったら、左手に固まっていた運動部らしい少年たちが、一斉にこちらを注目。ほかに人目も多く小心者ゆえ気圧されてしまい、写真の位置が最終到達点となりました。
●竣工年が知りたいと思い、Googleストリートビューで親柱を見分してみたところ、唯一見られたプレートに「新田間川」とありました。幸川との境がどのあたりなのか、横浜駅周辺の水路の沿革もあわせて、今後の宿題ですね。
かつてこのあたりは東西方向に広がる湾入で、鉄道の築堤によって湾口を閉塞され内水面となり、水路を残して順次埋め立てられたように理解していますが、手元に資料が少なく確かなことは申せません。

●上の写真と同じ位置から、ズームでたぐった一枚。両側に人道橋が併設され、5車線の幅員を有するご本尊の観察に難があるのは、先ほどの南幸橋と同様です。
しかし低い‥‥本当に低い(ブルブル)。
●この時点の潮位がA.P.でおおむね+1.1mとして、どう見ても桁下高は1mをはるかに下回るように見えます。茂森橋より低いように思えました。桁の様子からそう古いものではないようですが、気になったのは、下端が全長に渡って錆びていたこと。
大潮のたびに、桁下端が水面下になっているとしか考えられない錆び方。桁下高がA.P.+2mを切っているのか‥‥? ともあれ、その凶悪ともいうべき低さを目に焼き付けて、短いながらやたらと充実した初訪を終えたのでありました。

●以下は帰路のスナップ。閉じ込められるかもという恐怖心から気がせいていて、あまりいい写真がありませなんだ。
ビックカメラにドン・キホーテと、幸川の両岸はまあ賑やかなこと。可航河川の河畔が繁華街、というのは眺めて楽しくはあるのですが、人眼がとにかく多くて気恥ずかしく、やんちゃ(?)がしづらいのは小心者ならではで致し方なし。
●右は南幸橋付近の感を撮ったものですが、2.4~2.5mで河底は平坦でした。これならA.P.±0mでも、1.3mほどは確保されることになります。こういったデータを採れただけでも、次回の挑戦には大いに力となるため、来てよかったと思えたことでした。
●潮位が上がって閉じ込められる前に、とにかく築地橋以東に脱出せねばと先を急ぎ、くぐり終えたときの安堵感。思わず大きく息を吐いたことではありました。
余裕ができたせいか、ここで初めて気がついたのが右手、南側のビルに「原鉄道模型博物館」とあったこと。横浜とは聞いていましたが、ここだったんだとようやく認識。見学の後、河畔歩きも同時に楽しめそうです。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『12月12日の横浜水路…1』につづく)

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●幸川最低橋(!)、内海橋の強烈な低さに絶句しつつも、昔目にしたトラウマともいうべき橋を水上から再訪できて、やはりこちらを選んでよかったとしみじみ。
さて、も少し近づいて鼻先でも突っ込んでみるか、と思ったら、左手に固まっていた運動部らしい少年たちが、一斉にこちらを注目。ほかに人目も多く小心者ゆえ気圧されてしまい、写真の位置が最終到達点となりました。
●竣工年が知りたいと思い、Googleストリートビューで親柱を見分してみたところ、唯一見られたプレートに「新田間川」とありました。幸川との境がどのあたりなのか、横浜駅周辺の水路の沿革もあわせて、今後の宿題ですね。
かつてこのあたりは東西方向に広がる湾入で、鉄道の築堤によって湾口を閉塞され内水面となり、水路を残して順次埋め立てられたように理解していますが、手元に資料が少なく確かなことは申せません。

●上の写真と同じ位置から、ズームでたぐった一枚。両側に人道橋が併設され、5車線の幅員を有するご本尊の観察に難があるのは、先ほどの南幸橋と同様です。
しかし低い‥‥本当に低い(ブルブル)。
●この時点の潮位がA.P.でおおむね+1.1mとして、どう見ても桁下高は1mをはるかに下回るように見えます。茂森橋より低いように思えました。桁の様子からそう古いものではないようですが、気になったのは、下端が全長に渡って錆びていたこと。
大潮のたびに、桁下端が水面下になっているとしか考えられない錆び方。桁下高がA.P.+2mを切っているのか‥‥? ともあれ、その凶悪ともいうべき低さを目に焼き付けて、短いながらやたらと充実した初訪を終えたのでありました。


ビックカメラにドン・キホーテと、幸川の両岸はまあ賑やかなこと。可航河川の河畔が繁華街、というのは眺めて楽しくはあるのですが、人眼がとにかく多くて気恥ずかしく、やんちゃ(?)がしづらいのは小心者ならではで致し方なし。
●右は南幸橋付近の感を撮ったものですが、2.4~2.5mで河底は平坦でした。これならA.P.±0mでも、1.3mほどは確保されることになります。こういったデータを採れただけでも、次回の挑戦には大いに力となるため、来てよかったと思えたことでした。

余裕ができたせいか、ここで初めて気がついたのが右手、南側のビルに「原鉄道模型博物館」とあったこと。横浜とは聞いていましたが、ここだったんだとようやく認識。見学の後、河畔歩きも同時に楽しめそうです。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『12月12日の横浜水路…1』につづく)

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帷子川ほんの少し…7
(『帷子川ほんの少し…6』のつづき)

●いやもう、その低さはもとより、部材が重厚かつ星霜を経ていることも手伝って、圧迫感が半端ではありません。首をすくめて針路を保つのが精いっぱいなので、何本くぐったか数える余裕はありませんでしたが、ずいぶん長い時間に感じられたものでした。
●一瞬空間ができて、どうやらJRの橋は終わったようだと思ったのもつかの間、今度は相模鉄道のそれでしょうか、下端がフラットな桁がのしかかってきました。
しかし、こんな桁が密集した余裕のない場所で、「桁に注意」と掲げられているとは‥‥あっけにとられるとともに、クスッとしてしまうような可笑しみが。
●抜けた! プハ~ッ、と詰めていた息を吐いて、思わず艇を一回転させて見直してしまうあたり。道路橋だって、これより幅の広いものはあるのでしょうが、鉄道橋の低いのはどこか重圧が違いますよね。
いやまあ、しかし次から次へと、息をもつかせぬ濃厚さ。みなとみらい橋からここまでわずか1.6㎞あまりに、8回も費やしてしまっただけの情報量(?)はあります。

●艇をぐるりと回頭させ、変形丁字流の南側、帷子川の流路に向き直りました。白いランガーは、県道13号線新横浜通りの平沼橋、その向こうは元平沼橋。河道は十分な幅があり、水深も問題なさそうでいかにも走りやすく見えますが‥‥。さて、ここが思案のしどころです。
ここまで来るのに、約10分を費やしました。30分で築地橋の下流に脱出しなければなりませんから、帰路に同じ時間がかかることを考えると、残り時間はおよそ5分余り!
走りやすそうだからと調子に乗って、このまま帷子川を遡上すれば出られなくなる危険性が高まります。それなら遡上距離は短くとも、より濃厚な区間を見て帰った方がいいだろうと、ふたたび180度回頭。

●変則丁字流を北に向き直れば、そこは帷子川でなく、幸川の区間。この奥には、確かこの流域における最低橋があるはず。そのサイテーっぷりがいかほどのものか、せめてこの目で確かめてから帰ろう、と考えたのでした。前進微速、最終コースへ突入です!
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…8』につづく)

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●いやもう、その低さはもとより、部材が重厚かつ星霜を経ていることも手伝って、圧迫感が半端ではありません。首をすくめて針路を保つのが精いっぱいなので、何本くぐったか数える余裕はありませんでしたが、ずいぶん長い時間に感じられたものでした。

しかし、こんな桁が密集した余裕のない場所で、「桁に注意」と掲げられているとは‥‥あっけにとられるとともに、クスッとしてしまうような可笑しみが。

いやまあ、しかし次から次へと、息をもつかせぬ濃厚さ。みなとみらい橋からここまでわずか1.6㎞あまりに、8回も費やしてしまっただけの情報量(?)はあります。

●艇をぐるりと回頭させ、変形丁字流の南側、帷子川の流路に向き直りました。白いランガーは、県道13号線新横浜通りの平沼橋、その向こうは元平沼橋。河道は十分な幅があり、水深も問題なさそうでいかにも走りやすく見えますが‥‥。さて、ここが思案のしどころです。
ここまで来るのに、約10分を費やしました。30分で築地橋の下流に脱出しなければなりませんから、帰路に同じ時間がかかることを考えると、残り時間はおよそ5分余り!
走りやすそうだからと調子に乗って、このまま帷子川を遡上すれば出られなくなる危険性が高まります。それなら遡上距離は短くとも、より濃厚な区間を見て帰った方がいいだろうと、ふたたび180度回頭。

●変則丁字流を北に向き直れば、そこは帷子川でなく、幸川の区間。この奥には、確かこの流域における最低橋があるはず。そのサイテーっぷりがいかほどのものか、せめてこの目で確かめてから帰ろう、と考えたのでした。前進微速、最終コースへ突入です!
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…8』につづく)

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帷子川ほんの少し…6
(『帷子川ほんの少し…5』のつづき)
●ここで左から合流してくる石崎川をのぞいて。一見した印象では、基礎護岸も高い位置にあるし、瀬ができていなければ流路幅の割に安心できそう。
背後を通過していった京急の電車が、石崎川の橋で再び姿を現わし、上り勾配をせわしなく駆け上がってゆきました。あの橋も低そうだなあ‥‥。

●そして、先ほどから視界に入っていたこのトラス橋! 往路は陽が陰っていていま一つだったので、帰りのスナップです。このあたりはGoogleマップで何度も見たはずなのに、どういうわけだか気づきませんでした。
まず側面形が四角い、あまり見ない形なのに惹かれたのはいうまでもありません。ええと、ダブルワーレントラス‥‥でいいのかな? この手の四角いトラスだと、大阪環状線の木津川橋梁が有名ですよね。いやまあ、ほんの短い距離なのに、次々と濃厚な見どころが連続する帷子川、あなどれません!

●珍しい橋との出会いに喜びながらも、第一印象は「何か、仮設の橋みたいだな」と。工兵が渡河時に架ける橋のような、そんな雰囲気を感じたのです。近づいて観察すると、鋼材の途中にボルト穴が開けられていて、何かから転用してきたような感じがします。もっとも仮設にしては、色褪せ錆が垂れて、ずいぶん年季が入っていますね。
路床は鉄板一枚のようだし、高欄も簡素で、工事か何かのために設けられた雰囲気濃厚。河川工事の現場でときどき目にする「ランドクロス」のような、既製桁の一種なのかしら? でも、トラスとなればなかなか堂々たるもので、眺めていてもそそられる外観です。
●興味をそそられて、桁裏も眺めまわして観察。やはりこちらもボルト穴が開いていて、規格材臭がします。ここに架けられて、どのくらい経つのでしょうか。
Googleマップで確かめたところ、南岸にあるJR東日本横浜支社の建物の前から、鉄板の道は川を渡って線路沿いに伸び、東海道線と根岸線にはさまれた三角の地所に至っていました。何かの搬出入路であることは間違いなさそうです。

●仮設っぽいトラスに心奪われていたら、浮かれて気を抜くな、といわんばかりに低い古豪鈑桁が頭上を圧してきました。むう、築地橋に勝るとも劣らない低さ、しかもリベット組み。
この先は、JR各線に加え相模鉄道も隣接する、鉄道橋みっちり区間。これは当分、頭を上げられそうにありません(ちょっと喜んでる)。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…7』につづく)

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背後を通過していった京急の電車が、石崎川の橋で再び姿を現わし、上り勾配をせわしなく駆け上がってゆきました。あの橋も低そうだなあ‥‥。

●そして、先ほどから視界に入っていたこのトラス橋! 往路は陽が陰っていていま一つだったので、帰りのスナップです。このあたりはGoogleマップで何度も見たはずなのに、どういうわけだか気づきませんでした。
まず側面形が四角い、あまり見ない形なのに惹かれたのはいうまでもありません。ええと、ダブルワーレントラス‥‥でいいのかな? この手の四角いトラスだと、大阪環状線の木津川橋梁が有名ですよね。いやまあ、ほんの短い距離なのに、次々と濃厚な見どころが連続する帷子川、あなどれません!

●珍しい橋との出会いに喜びながらも、第一印象は「何か、仮設の橋みたいだな」と。工兵が渡河時に架ける橋のような、そんな雰囲気を感じたのです。近づいて観察すると、鋼材の途中にボルト穴が開けられていて、何かから転用してきたような感じがします。もっとも仮設にしては、色褪せ錆が垂れて、ずいぶん年季が入っていますね。
路床は鉄板一枚のようだし、高欄も簡素で、工事か何かのために設けられた雰囲気濃厚。河川工事の現場でときどき目にする「ランドクロス」のような、既製桁の一種なのかしら? でも、トラスとなればなかなか堂々たるもので、眺めていてもそそられる外観です。

Googleマップで確かめたところ、南岸にあるJR東日本横浜支社の建物の前から、鉄板の道は川を渡って線路沿いに伸び、東海道線と根岸線にはさまれた三角の地所に至っていました。何かの搬出入路であることは間違いなさそうです。

●仮設っぽいトラスに心奪われていたら、浮かれて気を抜くな、といわんばかりに低い古豪鈑桁が頭上を圧してきました。むう、築地橋に勝るとも劣らない低さ、しかもリベット組み。
この先は、JR各線に加え相模鉄道も隣接する、鉄道橋みっちり区間。これは当分、頭を上げられそうにありません(ちょっと喜んでる)。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…7』につづく)

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帷子川ほんの少し…5
(『帷子川ほんの少し…4』のつづき)
●万里橋つづき。築地橋より、だいぶ余裕のある桁下高。補修されてそう時間が経っていないようで、内側の桁も梁もピカピカ。水管を支えるアングルの亜鉛引きもまだ白いですね。
この橋の向こうは、京急線、JR根岸・東海道・横須賀線、相鉄線と、横浜駅から出てきた線路がまとまって川を渡る、鉄橋過密区間。楽しみでもあり、さぞ頭上が賑やかだろうと首をすくめるものもあり‥‥。

●一発目の京急鉄橋、さっそく轟々と電車が渡っていくさまをスナップしながらの感想、
何これ凄い、すごい。
子供のころから三浦へ行くのにお世話になっていたので、横浜発車後、上って川を渡り下って高架下をすり抜け、その後一気に急勾配で駆け上がるという、カーブとアップダウンが連続する区間だということは知っていましたが、川面から見るとこれほど強烈とは!

●何が凄いって、何が強烈だって、真横から見ると、
電車が連結面で「へ」の字にポキポキ折れ曲がりながら橋を渡るんですから。
こんな短い径間で、橋脚上の「折れ目」が判別できるほど中高に造られた橋も、鉄道用としてはたいがいのように思えますが、どうなんでしょう。とにかく、貫通幌の上端をびろんと伸ばして走るさまで、バーチカルカーブを露骨に視覚できたのは、得がたい体験でした。

●高頻度で上下線の列車が通過するので、この低い、しかも道床のない枕木の透けて見える橋をくぐるのは、さすがに腰が引けたのですが、意を決して前進。
やっぱり通過に当たってしまい、頭上数十㎝のところをゴンゴンと鉄輪が通過する、その轟音の迫力たるや恐ろしいほど。これも得がたい体験といえばまあ、そうです。
●つづく根岸線の橋は、高架とあって余裕のある桁下高。側面に書かれた塗装の表記で、帷子川第2橋梁という名前がわかりました。
この橋をくぐった左手には、合流してくる石崎川が見えるはず‥‥と、それより心奪われるものがまたも。向こうに見えるアレ、何だかずいぶん素敵じゃないですか?
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…6』につづく)

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この橋の向こうは、京急線、JR根岸・東海道・横須賀線、相鉄線と、横浜駅から出てきた線路がまとまって川を渡る、鉄橋過密区間。楽しみでもあり、さぞ頭上が賑やかだろうと首をすくめるものもあり‥‥。

●一発目の京急鉄橋、さっそく轟々と電車が渡っていくさまをスナップしながらの感想、
何これ凄い、すごい。
子供のころから三浦へ行くのにお世話になっていたので、横浜発車後、上って川を渡り下って高架下をすり抜け、その後一気に急勾配で駆け上がるという、カーブとアップダウンが連続する区間だということは知っていましたが、川面から見るとこれほど強烈とは!

●何が凄いって、何が強烈だって、真横から見ると、
電車が連結面で「へ」の字にポキポキ折れ曲がりながら橋を渡るんですから。
こんな短い径間で、橋脚上の「折れ目」が判別できるほど中高に造られた橋も、鉄道用としてはたいがいのように思えますが、どうなんでしょう。とにかく、貫通幌の上端をびろんと伸ばして走るさまで、バーチカルカーブを露骨に視覚できたのは、得がたい体験でした。

●高頻度で上下線の列車が通過するので、この低い、しかも道床のない枕木の透けて見える橋をくぐるのは、さすがに腰が引けたのですが、意を決して前進。
やっぱり通過に当たってしまい、頭上数十㎝のところをゴンゴンと鉄輪が通過する、その轟音の迫力たるや恐ろしいほど。これも得がたい体験といえばまあ、そうです。

この橋をくぐった左手には、合流してくる石崎川が見えるはず‥‥と、それより心奪われるものがまたも。向こうに見えるアレ、何だかずいぶん素敵じゃないですか?
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…6』につづく)

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タグ : 帷子川
帷子川ほんの少し…4
(『帷子川ほんの少し…3』のつづき)

●築地橋のつづき。低い‥‥これは低い! 奥に入るにつれさらに低まる桁下高、フロントグラス上端から顔も出せず、カメラのみ突き出してかろうじてパシャパシャと記録しつつの、息詰まるひととき。既製鋼材をボルト組みしているあたり、少なくとも桁はそう古いものでなさそうですね。
くぐってみると、歩道の張り出しは道路部分の桁と一体の構造で、橋脚は連続していながら、上下線は別の橋であることが判明。
●こちらは帰路のスナップですが、桁の下端が船舶の衝突で、思い切り凹んでいるところがありました。まあ、こうも低ければ、無理もありますまい。
しかし、"入口"たる橋がこうも低いと、ここがボトルネックになって、短時間で閉じ込められる可能性も高まるわけで。小心者としてはすっかり委縮してしまい、ここをくぐったらすぐUターンして脱出しようか、とまで考えたのですが‥‥。

●くぐった先に現れたのが、万里橋と大書きされた
震災復興橋世代の橋!
これで萎えていた欲が急速に復活し、脳内で桁下高と潮汐をガサツに計算。「よし、30分、30分以内なら脱出できるぞ!」と、わずかな時間内ながら全開で楽しむことを決意。
いやしかし、この親柱の洒脱なこと! 径を変え二段をなした先端と、側面前後の舷灯を思わせるデザインの橋灯の素敵さったら。先ほどまでの不安感も、一気に吹き飛ぶような眼福でありました。

●鋼桁部分は美しく塗りなおされていて、桁下に見えるリベット群も夜空の星にように輝いているのが垣間見えて、大切にされているのがわかりました。丸ゴシックタイプの書体で書かれた橋名も自分好み。
難をいえば、補修時に取り替えたとおぼしき高欄が、親柱や桁の雰囲気と、いま一つしっくりきていないことでしょうか。それでも、古豪橋が美しく保たれているのを目にするのは嬉しく、質感を愛でながらすり抜けたことではありました。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…5』につづく)

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●築地橋のつづき。低い‥‥これは低い! 奥に入るにつれさらに低まる桁下高、フロントグラス上端から顔も出せず、カメラのみ突き出してかろうじてパシャパシャと記録しつつの、息詰まるひととき。既製鋼材をボルト組みしているあたり、少なくとも桁はそう古いものでなさそうですね。
くぐってみると、歩道の張り出しは道路部分の桁と一体の構造で、橋脚は連続していながら、上下線は別の橋であることが判明。

しかし、"入口"たる橋がこうも低いと、ここがボトルネックになって、短時間で閉じ込められる可能性も高まるわけで。小心者としてはすっかり委縮してしまい、ここをくぐったらすぐUターンして脱出しようか、とまで考えたのですが‥‥。


震災復興橋世代の橋!
これで萎えていた欲が急速に復活し、脳内で桁下高と潮汐をガサツに計算。「よし、30分、30分以内なら脱出できるぞ!」と、わずかな時間内ながら全開で楽しむことを決意。
いやしかし、この親柱の洒脱なこと! 径を変え二段をなした先端と、側面前後の舷灯を思わせるデザインの橋灯の素敵さったら。先ほどまでの不安感も、一気に吹き飛ぶような眼福でありました。

●鋼桁部分は美しく塗りなおされていて、桁下に見えるリベット群も夜空の星にように輝いているのが垣間見えて、大切にされているのがわかりました。丸ゴシックタイプの書体で書かれた橋名も自分好み。
難をいえば、補修時に取り替えたとおぼしき高欄が、親柱や桁の雰囲気と、いま一つしっくりきていないことでしょうか。それでも、古豪橋が美しく保たれているのを目にするのは嬉しく、質感を愛でながらすり抜けたことではありました。
【撮影地点のMapion地図】
(令和3年12月12日撮影)
(『帷子川ほんの少し…5』につづく)

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タグ : 帷子川