朱鷺メッセから眺める新潟…3
(『朱鷺メッセから眺める新潟…2』のつづき)
●そして北東方向を見ると、おおお、タンクの林の向こうに、通船川と山の下閘門が見える!
しかもよ~く目を凝らすと、曳船に曳かれた筏が東へ去ってゆくところ(赤矢印)まで! これは思ってもみなかった眺めで、嬉しくなりました。

●山の下閘門を、ぐっとズームで引き寄せた一枚。
今回、構内に入って間近に運転風景を見られなかったのは残念でしたが、お陰で豪快な排水シーンや筏の通航、それに現役ロータリーボートの活躍ぶりも見ることができたのですから、怪我の功名といったところでしょうか。
●万代島東水路の末端には、造船所がありました。建屋まで引き込まれた2本のレールのうち1本には、漁船が上架されており、もう1本にはトラバーサーが設けられていて、船台を屋外のレールに横移動できるしくみになっています。
周囲を真新しい道路や駐車場に囲まれたさまは、少々肩身が狭そうな雰囲気ではありますが、頑張っていただきたいものですね。

●見るもの全てが面白く、楽しめた今回の新潟訪問でしたが、中でも一番の水路風景を挙げるとしたら、やはり通船川、山の下閘門で見た筏の通航シーンでしょう。首都圏では過去のものとなってしまった筏輸送が、今なお盛んに行われている通船川! それを想うだけでも、もう何か胸がいっぱいになってきます。
●素晴らしい眺望を堪能して朱鷺メッセを後にし、帰りの電車を待つ間に入った喫茶店で、テーブルの上に置かれていた星占いの自販機(?)。子供のころ、近所のラーメン屋さんに置かれていたっけなあ…かつては1回20円だった記憶が。
懐かしさから、100円を入れてことに及んだところ、故障なのかものが出てきません。すぐにママさんが代わりの100円を出してくれ、再度挑戦したところ今度は成功、ストローに入った巻紙がコトンと出てきました。実はまだ開封していないのですが、良いことが書いてあるのかしら。
(23年8月10日撮影)
(『ご当地銘菓、その名も「河川蒸気」!』につづく)

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しかもよ~く目を凝らすと、曳船に曳かれた筏が東へ去ってゆくところ(赤矢印)まで! これは思ってもみなかった眺めで、嬉しくなりました。

●山の下閘門を、ぐっとズームで引き寄せた一枚。
今回、構内に入って間近に運転風景を見られなかったのは残念でしたが、お陰で豪快な排水シーンや筏の通航、それに現役ロータリーボートの活躍ぶりも見ることができたのですから、怪我の功名といったところでしょうか。

周囲を真新しい道路や駐車場に囲まれたさまは、少々肩身が狭そうな雰囲気ではありますが、頑張っていただきたいものですね。

●見るもの全てが面白く、楽しめた今回の新潟訪問でしたが、中でも一番の水路風景を挙げるとしたら、やはり通船川、山の下閘門で見た筏の通航シーンでしょう。首都圏では過去のものとなってしまった筏輸送が、今なお盛んに行われている通船川! それを想うだけでも、もう何か胸がいっぱいになってきます。

懐かしさから、100円を入れてことに及んだところ、故障なのかものが出てきません。すぐにママさんが代わりの100円を出してくれ、再度挑戦したところ今度は成功、ストローに入った巻紙がコトンと出てきました。実はまだ開封していないのですが、良いことが書いてあるのかしら。
(23年8月10日撮影)
(『ご当地銘菓、その名も「河川蒸気」!』につづく)

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山の下閘門周辺…2
(『山の下閘門周辺…1』のつづき)
●「終日開放区域」を歩きながら、閘門を眺められるポイントを探したのですが、木が茂っていたり、柵が高かったりと、なかなかよい場所が見つかりません。
かろうじて、下流側扉体の堤体が見える場所がありましたが、ご覧のとおりいま一つの眺望。施設見学のために造られた遊歩道としては、ちょっと難がありますね。
●排水機場の建物を望んで。柵の網目にカメラを突っ込んで、かろうじて撮れました。
茶色い屋根つきの歩道橋が見えますが、あの真下に閘室があります。歩道橋が密閉型になっているのは、降雪に備えてのことでしょうね。雪国ならではの装備です。

●閘門の北側を離れて、南側にある新栗の木川(『栗の木川』とも)との分流点、山の下管理橋に移動。閘室南西側にある、もう一つの排水機場の建屋を撮っておきたくなったのです。
いや、思った以上に強烈な印象で、何十年か前にはやった回転展望レストランのよう。ここから運転中の閘門を眺めたら、さぞ絶景でしょうねえ。
●山の下管理橋から北東側を見たところ。右手に伸びるのが通船川。正面のコンクリート護岸が閘室の外側、先ほどの排水機場や歩道橋も見えます。
向こうには、東京では今や懐かしくなった、枠の中を上下するタイプのガスタンクも見えますね。後で見に行ってみよう。
●橋の上から南側、新栗の木川を見たところ。右手は新日本石油、左手は北越紀州製紙と、大工場に挟まれた水路で、どこか横浜東部の水路群を思わせる風景。水路を渡る赤錆びたパイプラインも、雰囲気を盛り上げています。
「栗ノ木川」(新潟市ガイド)によると、南端部は埋め立てて道路化され、「栗ノ木バイパス」となったとのこと。この日の午後に通過して、護岸の残っているのが確認できたので、後ほどご覧に入れましょう。
【撮影地点のMapion地図】
●さて、閘門の南側をウロウロしていたら、閘門の方がにわかに騒がしくなり、アラームらしい電子音とともに、
「前扉、開きます」
(だったと思う、このあたり記憶があやふやです)との放送が! 通航が始まったんだ!
この幸運を逃す手はありません。閘門の敷地内に戻っている余裕はないので、とるものも取りあえず、東側の焼島橋まで走り、船が出てくるのを待つことに。
いや~、盛り上がってまいりました!
(23年8月10日撮影)
(『山の下閘門の筏…1』につづく)

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かろうじて、下流側扉体の堤体が見える場所がありましたが、ご覧のとおりいま一つの眺望。施設見学のために造られた遊歩道としては、ちょっと難がありますね。

茶色い屋根つきの歩道橋が見えますが、あの真下に閘室があります。歩道橋が密閉型になっているのは、降雪に備えてのことでしょうね。雪国ならではの装備です。

●閘門の北側を離れて、南側にある新栗の木川(『栗の木川』とも)との分流点、山の下管理橋に移動。閘室南西側にある、もう一つの排水機場の建屋を撮っておきたくなったのです。
いや、思った以上に強烈な印象で、何十年か前にはやった回転展望レストランのよう。ここから運転中の閘門を眺めたら、さぞ絶景でしょうねえ。

向こうには、東京では今や懐かしくなった、枠の中を上下するタイプのガスタンクも見えますね。後で見に行ってみよう。

「栗ノ木川」(新潟市ガイド)によると、南端部は埋め立てて道路化され、「栗ノ木バイパス」となったとのこと。この日の午後に通過して、護岸の残っているのが確認できたので、後ほどご覧に入れましょう。
【撮影地点のMapion地図】
●さて、閘門の南側をウロウロしていたら、閘門の方がにわかに騒がしくなり、アラームらしい電子音とともに、
「前扉、開きます」
(だったと思う、このあたり記憶があやふやです)との放送が! 通航が始まったんだ!
この幸運を逃す手はありません。閘門の敷地内に戻っている余裕はないので、とるものも取りあえず、東側の焼島橋まで走り、船が出てくるのを待つことに。
いや~、盛り上がってまいりました!
(23年8月10日撮影)
(『山の下閘門の筏…1』につづく)

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山の下閘門周辺…1
(『新潟市歴史博物館と河畔散歩』のつづき)
●二日目、夜明けとともに目が覚めました。信濃川の川向う、白煙をたなびかせる煙突群の間から、けむたそうな太陽が昇るいかにも工業都市らしい朝。今日もいい天気になりそうですね。
本日の第一目標は、あの工業地帯にあるんだと思うと、目がパッチリと覚めました。普段は極めて寝起きが悪いのですから、現金なものです。

●新潟市の東区北部の地図を見ると(Mapion地図)、信濃川河口近くから阿賀野川を結ぶかたちで、曲流しつつ東西に延びている細い水路が目に入るでしょう。その名を通船川といいます。
もう通船川という名前だけでも、意識が吸い寄せられるものがあるのですが、加えて、通船川と派川・栗ノ木川は、江東内部河川同様の水位低下化河川であること、またその両端には閘門が備えられ、通航を確保していることなどを知り、コレハ! とくるものがあったわけです。
●信濃川と阿賀野川に挟まれたこの地域は、天然ガスや地下水の汲み上げによる地盤沈下で、ゼロメートル地帯となってしまい、ために外郭堤防や閘門、水位低下化の必要が生じました。
このあたり「ゼロメートル地帯を水害から守る 山の下閘門排水機場(新潟市東区)」(新潟土木構造物めぐり)に詳しいのでぜひご覧いただきたいのですが、旧市街の川向こうに工業地帯が発達し、水路がその動脈として機能してきたこと、地盤沈下に至ったいきさつなど、東京の下町低地によく似たところにつよく惹かれるのもがありました。
さらに、通船川はかつて信濃川河口に合流していた、阿賀野川の旧河道を利用してつくられた歴史もあるとのこと、お話だけでも腹いっぱいになりそうなネタ満載ぶりのこの地域、水路バカとして訪ねなければウソというものでしょう。
●朝食もそこそこに宿を出て、山の下閘門前に到着。本日は広範囲に散らばった物件を欲張って周るため、さすがに自転車ではなく、まあフネでいえば艪走でなく機走です、はい。
入口前の植え込みには、「山ノ下閘門排水機場」という銘板がはめ込まれた自然石と、タービン翼車らしきものが飾られていました。
●同じく植え込みにあった掲示板には、「ふれあい広場」なる開放区域の利用案内が。あれ、「山の下」と「山ノ下」、どっちなんだろう。まあ、「山の下」でいかせていただきましょう。図でおわかりのように、ダブルセクターゲートの閘門です。
事前情報で、閘室のすぐそばまでのスペースが、平日の日中は連日開放されていることを確認していたのですが…。

●ありゃりゃ、門扉が閉まっている。一瞬ガッカリしかけたのですが、考えてみたら、早く着き過ぎたことが判明。はやるあまりの勇み足でありました。
●時間がだいぶあることがわかったので、周囲を散策することに。「終日開放区域」とされている遊歩道は、夏草が高く茂ってしんと静まり返り、人影はありません。
すぐ横には製油会社のものらしい、古びた油槽がいくつも迫り、いかにも工業地帯といった雰囲気。風のないじりじりとした暑さもあってか、ずいぶん昔に戻ったような錯覚に襲われました。
【撮影地点のMapion地図】
(23年8月10日撮影)
(『山の下閘門周辺…2』につづく)

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●二日目、夜明けとともに目が覚めました。信濃川の川向う、白煙をたなびかせる煙突群の間から、けむたそうな太陽が昇るいかにも工業都市らしい朝。今日もいい天気になりそうですね。
本日の第一目標は、あの工業地帯にあるんだと思うと、目がパッチリと覚めました。普段は極めて寝起きが悪いのですから、現金なものです。

●新潟市の東区北部の地図を見ると(Mapion地図)、信濃川河口近くから阿賀野川を結ぶかたちで、曲流しつつ東西に延びている細い水路が目に入るでしょう。その名を通船川といいます。
もう通船川という名前だけでも、意識が吸い寄せられるものがあるのですが、加えて、通船川と派川・栗ノ木川は、江東内部河川同様の水位低下化河川であること、またその両端には閘門が備えられ、通航を確保していることなどを知り、コレハ! とくるものがあったわけです。
●信濃川と阿賀野川に挟まれたこの地域は、天然ガスや地下水の汲み上げによる地盤沈下で、ゼロメートル地帯となってしまい、ために外郭堤防や閘門、水位低下化の必要が生じました。
このあたり「ゼロメートル地帯を水害から守る 山の下閘門排水機場(新潟市東区)」(新潟土木構造物めぐり)に詳しいのでぜひご覧いただきたいのですが、旧市街の川向こうに工業地帯が発達し、水路がその動脈として機能してきたこと、地盤沈下に至ったいきさつなど、東京の下町低地によく似たところにつよく惹かれるのもがありました。
さらに、通船川はかつて信濃川河口に合流していた、阿賀野川の旧河道を利用してつくられた歴史もあるとのこと、お話だけでも腹いっぱいになりそうなネタ満載ぶりのこの地域、水路バカとして訪ねなければウソというものでしょう。

入口前の植え込みには、「山ノ下閘門排水機場」という銘板がはめ込まれた自然石と、タービン翼車らしきものが飾られていました。

事前情報で、閘室のすぐそばまでのスペースが、平日の日中は連日開放されていることを確認していたのですが…。

●ありゃりゃ、門扉が閉まっている。一瞬ガッカリしかけたのですが、考えてみたら、早く着き過ぎたことが判明。はやるあまりの勇み足でありました。

すぐ横には製油会社のものらしい、古びた油槽がいくつも迫り、いかにも工業地帯といった雰囲気。風のないじりじりとした暑さもあってか、ずいぶん昔に戻ったような錯覚に襲われました。
【撮影地点のMapion地図】
(23年8月10日撮影)
(『山の下閘門周辺…2』につづく)

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