4月29日の内部河川…2

(『4月29日の内部河川…1』のつづき)

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迫り来る台船への緊張をまぎらわせようと、小原橋跡を観察。橋台・橋脚とも前回より特に変化はないようで、テラス工事がここまで及ぶのも、まだ先と思ってよさそうです。

171007.jpg東武亀戸線の桁橋も、補修工事なのか径間中央を残して、足場が架かっていました。そういえば、歩み板の桁にも錆がかなり広がって、そろそろ再塗装をした方がよさそうな感じですね。

ついでだからと、足場のからんだ橋の裏側も。鉄道橋の方も外側はともかく、内側は錆が進行している模様。骨材の洗い出された橋脚の表面に、水位低下化以前の記憶がかいま見えます。


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171009.jpg‥‥あれこれ眺め回して気持ちをごまかそうと、いやでも迫ってくる台船。左に寄せて接岸し、右側は空けてあるものの、ここから見たかぎりではスキマ程度。絶望感(大げさだな)が脳内にじわりと沁みてゆく‥‥。

台船の上には、航路を示す矢印がありますが、あれはカヤックや小舟艇向けだろうと一人決め。作業服姿の乗り組みさんが立って、先ほどからこちらを見ています。もう少し近づいたら「戻りなさい!」といわれるのかなあ。

身構えながら、せめて写真だけでも撮って帰ろうと、あきらめ顔で接近すると‥‥。
「ハ~イどうぞ~、こちらですよ~!」
えええっ、通っていいの? ていうか、通れるの!?


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乗り組みさんは、ニコニコしながら、ゆったりした身振りでうながしてくれるのです! なるほど近づいてよく見ると、えらく狭いことは間違いないものの、ギリギリいけそうな感じ。

乗り組みさんの満面の笑顔も「大丈夫だよ!」と語っているかのようで、そのプライスレス(?)な笑顔にも背中を押され、先ほどまでの弱気を奮い落とし、腹を据えて超狭水路通航への挑戦を決意。

右舷フェンダーレッコ、前進微速! 針の穴を通すような、とはまさにこのことだ!

(27年4月29日撮影)

(『4月29日の内部河川…3』につづく)

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7月20日の水路風景…5

(『7月20日の水路風景…4』のつづき)

155021.jpg北十間川、二つ目のお楽しみ(?)は、小原橋撤去後の狭窄区間初通航。つい最近、5月に陸路見に来たばかり(『小原橋跡を訪ねて…1』ほか参照)だっただけに、川面から眺める亀戸線の鉄橋も何やら親しい感じすらして、感慨も深いものが。

さて、ジャングル区間の名残り濃い、小原橋跡を艇上から目前にすると‥‥。やはり、もの足りなさというか、喪失感は相当なものです。

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橋脚の切り株(?)はそのままなので、可航幅が広くなったわけでも何でもないのに、かつてあった緊張感がすっかり失せて、ラクラク通れてしまう感じがして、ならないのでした。

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水面目線から初めて眺めた、小原橋跡の南詰。この位置から見ると、先代橋のものらしい木製橋脚、まさに切り株そのものですね。

ゆがんだ鋼矢板や雑草の繁みがあるので、雑然とした印象を受けますが、水際は土嚢で固められ、テラスの予備工事も写真左、仮橋の下まで進んでいるので、以前にくらべればかなり整理されています。

155024.jpgお次はもちろん、仮橋を初くぐりです。水面の反射に、構造の一本一本が鈍く光って、なかなかしぶい表情。桁下高は、旧橋とあまり変わらない感じでした。A.P.+1.8m前後でしょうか。

近づいてぐっと仰いでみると、おお、チャンネルに角パイプと、既製の形鋼材の洪水といった印象。既製ガーダー「ランドクロス」を使った仮橋などとはまた違った、身近な感じが新鮮でした。

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こういうのを目の当たりにすると、素材と工具さえ揃っていれば、穴をあけてボルトで締めて、自分でも造れそう(イヤイヤ、造れないって)に思えてしまいますよね!
撮影地点のMapion地図

(26年7月20日撮影)

(『7月20日の水路風景…6』につづく)

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小原橋跡を訪ねて…4

(『小原橋跡を訪ねて…3』のつづき)

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153017.jpg仮橋から東側を眺めたところ。錆色の鋼矢板、もくもくと繁茂する草木‥‥。もはや駆逐されつつある、旧来の北十間川の姿が息づいていました。向こうには、旧中川に架かる江東新橋の姿が見えていますね。あちらから小原橋跡を眺めたくなって、旧中川畔へ向かうことに。

南岸を歩いていると、コンクリート堤防の側面に、色あせて錆びたプレートを発見。塗料もほとんど剥離して、何とも読みづらいのですが、この下A.P.-14.65mに、下水管が埋設されているようですね。

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153019.jpg旧中川を代表する橋、江東新橋。端正にして重厚、といったらひいきの引き倒しになるでしょうか、いかにも鋼橋らしい魅力を発散していました。陸路訪ねるのは初めてなので、橋の裏側も一枚。桁裏を貫く、管路のたぐいは意外と少ないですね。

おっと、江東新橋でなく、北十間川東端からの眺めを見に来たのでした。さて、どんな風に変わったでしょうか。少し水際の藪を漕いで、首を伸ばしてみると‥‥。

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いや、仮橋の強烈さは想像以上で、周囲の雰囲気を一変させてしまったように思えました。こうして見ても、トラスはなかなか格好良いし、「橋の下に橋がある」面白さも加わって、あのうらぶれた空気を吹き飛ばしてしまったようです。

もっとも、水面まで枝をかざす木々(左のそれは、この間の大雪で倒れたのかな?)や鋼矢板のおかげで、放置感はまだまだ健在ではあります。しかし、可航幅をギュウッとしぼってくる、あの独特の緊張感が失せてしまったことは、やはり、何ともいえない寂しさが‥‥。北十間川から「辺境」が消える日も、そう遠くないことを実感して、河畔を後にしました。
撮影地点のMapion地図

(26年5月18日撮影)

(この項おわり)

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小原橋跡を訪ねて…3

(『小原橋跡を訪ねて…2』のつづき)

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旧橋脚を改めてアップで。本当に、よくぞ残っていてくれたものです。これもテラス延伸までの命脈とあれば、よ~く眺めておきたくなるもの。

たびたび引用させていただいている「東京の橋」(石川悌二著)によると、「昭和17年刊の城東区史によればこの橋はまだ木橋であって、長19.6メートル、幅3.8メートル」とあり、戦前からすでにあったことがわかります。
もっとも、「江東地区の橋めぐり」の小原橋の項を拝見すると、「昭和27年(1952)初架橋(木橋)」とあり、今回撤去された鋼桁橋は、昭和40年3月架設とのこと。この違いはよくわかりませんが、戦前の木橋は、もしかすると私設橋だったのかもしれません。

153012.jpgさて、両岸をウロウロしながら小原橋跡を眺めまわした後は、せっかく訪ねたのだからと、周りの気になる物件も見てゆくことに。北詰にいたら、よいタイミングで踏切が閉まったので、東武亀戸線の電車を一枚。

そうそう、以前「東武亀戸線橋梁のひたひた緊迫写真」でも触れましたが、ここを渡る鉄橋も、水位低下化以前は満潮時に線路が冠水(!)していたという、いわくつきのものなのだった! そのころがしのばれるものといえば‥‥。

153013.jpgこの陸閘です。写真は南詰のものですが、対岸も略同の形で、角落としをはめる溝が二つ設けられているあたり、かつての厳しさが想像できますね。

本来、線路を横断してあるべき水平面の戸当りは、水位低下化後に撤去されたのでしょう。堰柱(?)のみが石碑のように3本、線路を挟んで立っていました。テラスが延伸され、コンクリート堤防が低められても、この陸閘跡は残していただきたいものです。

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153015.jpg南詰の踏切から、北側を見たところ。この先代橋は、満潮のつど桁が水没するという、今から思うと信じられないような、過酷かつ凄惨な環境にあったわけですね‥‥。

鉄橋を挟んで両岸に踏切があるせいか、線路わきの犬走りを、ヒョイヒョイと気軽に渡れてしまえそうな感じすらします(絶対に渡ってはいけません!)。実際に渡ってしまう人が後を絶たないのか、北詰の陸閘跡には、「線路内に進入した人を見たら、すぐ警察に連絡してほしい」旨、厳重な警告が張り出されていました。
撮影地点のMapion地図

(26年5月18日撮影)

(『小原橋跡を訪ねて…4』につづく)

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小原橋跡を訪ねて…2

(『小原橋跡を訪ねて…1』のつづき)

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153007.jpg小原橋跡北側から、仮橋を眺めたところ。限られたスペースの中に、たくみに組み込まれた感じがまたよろしく、仮橋とは思えない魅力があります。橋脚を持たないタイプにしたのは、これから始まるテラス整備をも考えてのことでしょうね。橋台は、仮橋の幅だけコンクリート堤防を凹形に切り取ったもの。

角パイプとチャンネルをボルト組みしたトラスには、帯金を渡した上にアクリル板が張られて、高欄代わりにしています。上端のチャンネル材にも、ボルトの頭でけがをしないよう、帯状に切ったアクリル板がはめ込まれていて、細やかな気遣いが感じられました。

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さて、小原橋跡です。放置感が横溢していた両岸も、堆積した土砂こそそのままなものの、水際は土嚢で固められ、下草も工事の際に刈られたのか、だいぶすっきりしてしまいました。

例の、油断していると顔をパンチしてくる木々は、まだ青々と葉を茂らせていますが、テラス工事が進めば、これも早晩見られなくなることでしょう。

153009.jpg今回ようやく気付かされたのが、この旧橋脚(ですよね?)の存在! 艇で通っていたときは、「橋脚の後ろに、何やらごちゃごちゃっとあるなあ」程度の認識しかなかったのですが、まさか、木製橋脚のブツ切りだったとは!

水位低下化以前は、水面下に沈んでいて問題はなかったのでしょうが、第一次水位低下(A.P.±0m)の時点で、船底に触れる恐れが出てきたことから、黄色い三角の航路標識が設けられたのでしょう。ともあれ、木製橋脚が残っているなんて、都内では珍しいのではないでしょうか。

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北詰から南詰を見て。興味深いのは、橋台と呼べるような構造物は見られず、鋼矢板を打ち込んだ簡素なものであったこと。両岸近くの橋脚が、橋台の役目を果たしていたのでしょう。

あっ、左側の鋼矢板にも、橋が架かっていたことを思わせる凹みが‥‥。木製橋脚時代は、車道も兼ねた、幅員のあるものだったのかもしれませんね。

(26年5月18日撮影)

(『小原橋跡を訪ねて…3』につづく)

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