「富山港・知られざる閘門」の図面が!

205036.jpg昨年2月、「富山港・知られざる閘門?!」で、富山港にも港内と神通川本流間の背割堤を貫く、閘門があったことを紹介しました。

竣工年も規模も、名前すらわからなかったこの「知られざる閘門」、最近になって、ついにその正体が詳らかになったのであります! まずはそのいきさつからお話しさせてください。
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富山港・知られざる閘門?!

数日前のことです。昨年6月、富山訪問の際にお世話になった、松川遊覧船の中村珠太専務より、メールをいただきました。

さっそく開いてみると、酒田港訪問時の記事(恐らく『下瀬閘門跡を訪ねて』と思われます)を読んで、「ふと思い出した」ことがあり、メールをくださったとのことです。はて、何でしょうか?

読み進むとまあ、驚くべきことが書いてありました!
要約すると‥‥。中村氏の著書「神通川の河川文化」(『松川遊覧船ふたたび…5』参照)で聞き取り取材をした、もと船頭さんの一人から聞いた話では、大雪で陸上交通が途絶した際、荷を積んだ舟で神通川本流の河口近くから、神通川と富山港の間に設けられた「水門」を通って、富岩運河に入った経験があったとのこと。

下瀬閘門の記事を読んで、この話を思い出された中村氏、国土地理院の空中写真を開き、終戦直後の富山港に、最上川~酒田港のそれとそっくりな位置に「水門」が存在していたことを確認、わざわざ知らせてくださったというわけです。

中村氏は、ご親切に「水門」の位置を示す空中写真の複写ほか、資料を別便でお送りくださったのですが、船頭儀、もういてもたってもいられません。別便のファイルをダウンロードするより早く、富山の空中写真を横っ飛びに検索していました。

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興奮にハフハフしながら、昭和27年11月9日撮影の「USA-M192-2-60」を開くと‥‥。
あった! 富岩運河北口の西(赤矢印)、確かに切れ目のような部分が!

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USA-M192-2-60(昭和27年11月9日撮影・国土地理院・空中写真閲覧サービス

閘 門 だ !‥‥よね?
何分不鮮明な空中写真、即断ははばかられますが、前扉室・後扉室としか見えない張り出しを持つその形、マイタゲートとしか思えません。‥‥いや、二重の角落しゲートという線も、捨てきれないかも(疑い深い船頭)。
西側のゲートは一見閉じているようですが、継ぎ目がなくツライチなところ、上下に伸びる道と軸線が合っていることから、ゲート上に設けられた道路橋と推察。

いや、全く知りませんでした! 富山第三の閘門(と早合点するのは危険ですが、違ったら後で訂正します!)があったなんて! 河川本流と、分離された河口港内の通船を図るという役割、港の奥部に位置するところも、下瀬閘門にそっくりなのがまた、興味をそそりますね!

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MCB612-C31-30(昭和36年5月25日撮影・国土地理院・空中写真閲覧サービス

変遷を追ってみたくなり、近い年代の写真を探したものの、お次は昭和36年と、上の写真から9年を隔てたもののみでした。ご覧のとおり、早くも本流側が埋め立てられて、通船機能は失われていたことがわかります。

道路や橋が太くなっていることから、背割堤上の開発が進行していることもうかがえますね。

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MCB702-C2-13(昭和45年5月22日撮影・国土地理院・空中写真閲覧サービス

さらに9年後、昭和45年には、もはや神通川高水敷の凹部と、埋め立てた跡が生々しい更地に面影を残すのみ。東側には岸壁が完成しているものの、倉庫や山積みした資材らしきものが、閘室跡を避けているあたり、まだ埋土が締まっていないのでしょう。

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ホンモノのGoogleマップで富山港の閘門(?)跡付近を見る(上は単なる画像)

そして現在、跡形もなし‥‥。道が曲がっている地点は動いていないようなので、位置は何とか特定できますが、下瀬閘門と同様の運命をたどったのは、一目瞭然であります。

さて、未知の閘門を知ったとなると、名前や諸元が知りたくなるのは当然の流れ。とりあえず手持ちの乏しい資料を何冊かひっくり返してみたものの、言及したものはありませんでした。挿画に富岩運河・東岩瀬港の計画図は2つ見つかったのですが、いずれも描画なし。ううん、当初の計画に入っていなかったのか、それとも閘門でなく、単なる水門付きの通船路なのか‥‥。

ウェブ上はいわずもがなで、中島・牛島両閘門のビッグネームに意識が吸い取られて(?)いるのか、いくつかアップされている東岩瀬・富山港の開発史にも、この閘門に触れたものは見当たりませんでした。当時の官報にでも丹念に当るか、地元の図書館を訪ねて工事記録を探すかしないと、詳細を知ることは難しそうです。

水運・港湾関係者以外、まず訪ねることのない地先にあったこと、昭和30年代と早期に廃止されていたことも手伝って、研究者・趣味者の目に触れることがないまま、消えていったのであろうと妄想。中島閘門を動態保存し、牛島閘門復元を成し遂げた、土木史跡に理解ある土地柄、正体がわかるのなら、せめて跡地に説明板でも立てて、顕彰してあげたいものですね。

ちなみに、ご当地の中島・牛島両閘門とも、近傍の地名を名乗っていることから、これがもし閘門であるなら、草島閘門Mapion地図)と名乗っていた可能性が高かろうと、勝手に妄想して悦に入っています。当たっていたら嬉しいな!

というわけで、今のところは何もわからず、閘門であるかどうかすら確定できないのですが、その分想像力をかきたてられ、興味はいや増すものがあります。 懇切にご教示くださった中村氏に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました!


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タグ : 富岩運河 富山港 閘門

富岩運河で遊ぶ…5

(『富岩運河で遊ぶ…4』のつづき)

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175022.jpg富山港内で拾った光景をいくつか。まずは左舷側に見えた、岸壁にもやっていた曳船。A旗(一旒なら『潜水夫活動中』)らしいものがハンドレールに下げられていることから、どちらかというと、工事の警戒船に近い仕事をしている船かもしれません。

同じく左手、富山港展望台の正横を通過。前回訪ねたとき(過去ログ『富山港展望台』参照)はうだるような猛暑で、冷房の効いた展望台が実にありがたかったっけなあ‥‥。

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175024.jpgスクラップを山積みした岸壁上にたたずむ、ノッポのクレーンの日通色に惹かれて。曇り空も手伝って、目線を吸い寄せられる鮮やかさ、本当にいい色だと、改めて感じました。日通色のトラックや機関車はありますが、曳船や通船もこの塗りだったら魅力的でしょう。模型で作ってみたくなります。

前方には、新日本海重工業の大きな建屋が迫ってきました。この両隣はドックですが、Google航空写真で見たかぎりでは、もう使われていないみたいですね。

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港内も南端に近づき、いよいよお待ちかね、富岩運河の入口が見えてきました。開け放たれたコンソール左のハッチからは、すでに海ではない、真水の匂いが風とともに吹き込んできます。

「北陸新幹線の車輌に似せて」デザインされたと、ガイドさんからのお話にもあった「ふがん」。おっしゃるとおり外観はなかなか恰好がよいのですが、ご覧のように両舷屋根上から船首に伸びる装飾は意外なほど太く、前方視界を大きくさえぎってしまっています。せっかく操舵室を開放型にしてあるのに、惜しいところではありますね。
撮影地点のMapion地図

(27年6月20日撮影)

(『富岩運河で遊ぶ…6』につづく)

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富岩運河で遊ぶ…4

(『富岩運河で遊ぶ…3』のつづき)

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緊急時の脱出経路図が掲げてありました。側面図を含めた甲板ごとの配置図にもなっていて、各ハッチの位置や法定装備品の収納場所から、電池を含む動力のレイアウトまで、略図でわかりやすく描かれており、興味深く拝見。

バウスラスターのトンネルも、ちゃんと描かれているあたりが嬉しくなります。アウトドライブ‥‥プロペラと舵が一体になったようなユニットが、船底よりあまり出っ張っていないのは意外な感じがしましたが、これは後でその効能を確認することになりました。

特に目立つのは、主な動力源たる蓄電池の存在です。2区画に振り分けられた6群のバッテリーユニットは、全長の実に半分近くを占め、2基ある電動機も、図の上では船外機とさして変わらない大きさに見えます。重量も相当なものでしょう、ガソリンエンジンにくらべて余剰馬力は決して多くないでしょうから、操縦には高い技量が求められるに違いありません。

175017.jpg法定掲示をもう一つ。旅客定員56名、16総tとのこと。船主は富山県で、これはガイドさんの説明でも触れられていました。

タイミングよく、先月末購入した月刊「世界の艦船」2015年8月号に、「新造船紹介」のページで本船が大きく紹介されていましたので、スペックを抜き書きさせていただきましょう。

船質アルミ、全長17.8m、幅3.3m、深さ1.25m。推進システムは大洋電機・TIT-200L型電動機2基・2軸、出力各22kW、ドライブユニットはヤンマーSZ203型。最高速力6kt以上、巡航4kt。造船所は尾道のツネイシクラフト&ファシリティーズ。

顔をのぞかせていた船外機が、スズキDF100Aだとすると、最大出力は73.6kWとありました(SUZUKI 『DF140A/DF115A/DF100A』より)。蓄電池6群と電動機2機で44kW、これは比較の対象にするのはおかしいのかもしれませんが、内燃機関は動力源としてコンパクトなのだなあ、と実感。屋根一面にはソーラーパネルを敷きつめ、太陽光発電で充電しているむね、ガイドさんからも説明がありましたが、夜間、外部からの充電はどれくらい必要なのでしょう、質問しておけばよかった‥‥。

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船への関心はさておいて、「ふがん」はスラスターをふかして桟橋を離岸、岩瀬運河を西に向かってまずは港内へ。運河の出口近くから港内に出るまでは、乗り組みさんが一人バウに出て、ワッチに立ちます。あそこで運河を眺めてみたい‥‥。

風の影響を考えてか、それとも流速があるのか、船長はここで船外機を始動、スロットルをわずかに押して加速していました。もっとも、エンジンを使ったのはこの前後の短い区間だけで、あとは水音が聞こえるような、静かでのんびりとした航行ぶりが楽しめました。

175019.jpg「ふがん」は岩瀬運河を出て、大きく左に舵を切りました。むう、さっきまで陽が差していたのに、雲がだんだん厚くなって、薄暗くなってきた‥‥。降り出さないように、心の中で祈る船頭。

前回と違って、港内はひっそりしています。本船が一隻だけ接岸しているのが見えますね、近くを通るので、船名くらいは確認できそうです。


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黒い船体を、すれ違いざまズームでたぐって。船名は「鶴宝丸」、帰宅後に検索してみたら、鶴見サンマリン(『自社船舶』参照)の持ち船と判明。内航白油(灯油やガソリンなどの総称)タンカー、3869tとありました。

(27年6月20日撮影)

(『富岩運河で遊ぶ…5』につづく)

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