三栖閘門の図面

176037.jpg図録や書籍で目にし、慣れ親しみかつ憧れていた史料や、写真の現物と出会ったときの嬉しさは、また格別のものがあります。今回出会うことができた史料もその伝ですが、印刷物上に掲載されたものでなく、展示物と同じものという点が変わっていました。

21年9月11日に、伏見は三栖閘門(『三栖閘門…1』ほか参照)を訪ねた際に見かけたのですから、6年ぶりということになりますが、まさか展示物と寸分たがわぬものが入手できるとは思わなかったので、驚きもひとしおだったものです。

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タグ : 三栖閘門 三栖洗堰 平戸樋門 宇治川 濠川 閘門

三十石舟の宿・月見館…2

(『三十石舟の宿・月見館…1』のつづき)

15116.jpg玄関前右手には、「伏見大阪三十石早船出所」という立札と、「淀川 三十石船由来」「淀川三十石船 舟唄」と題された石碑が建てられ、川船とのゆかりの深さが感じられます。あっ、この舟唄、さっき淀川の水上バスで聴いた歌だ…。

そういえば、「舵」誌旧号で読んだ、時おり淀川下流まで航行していたという、三十石舟を模した屋形船は、今でも営業されているのでしょうか、宇治川の水量の少なさを目にした後だったので、ちょっと心配になりました。

この後、女将さんにうかがったところによると、最近は琵琶湖の水位維持のためか、宇治川上流にある天ヶ瀬ダムの放水量が少なくなり、ために宇治川の水位も下がって、とても舟遊びを提供できる状況では、なくなってしまったとのこと。

ああ、やはり…。宇治川を悠然と下る、屋形船の姿を目にしたいと思っていただけに、実に残念。「水があったころは、風情のあるいい川だったんですけれどね、今はこんな谷間みたいになってしまって…」と女将さん。
(女将さんのブログ『おかみ's EYE』の『月見館の浜』には、降雨時に放水量が増え、一時的ではありますが、水をなみなみとたたえた、宇治川の景色が掲載されています。)

15117.jpg玄関で案内を請うと、通されたのはお目当ての資料室。女将さん手作りのシフォンケーキと、美味しいアイスコーヒーをいただきながら、ガラスケースに展示された写真や、史料の数々を拝見。

舟運時代の写真は、他では見られないものが多く、川蒸気の、ダイナミックに水をかく外輪のアップ、川瀬の揚水車のかたわらを航行する川蒸気など、その筋の方なら、興奮することうけあいのスナップばかり。さすが川船ゆかりの老舗! 

そんな中で、女将さんがコレクションしたという、極彩色の泥人形…伏見人形の一群が目に留まりました。
そのうちの二つは、明らかに外輪の川蒸気。 これは珍しい、ゼヒ手に入れたい! 今も作っているのかしら?

女将さんにうかがってみると、ご親切にも、すぐに製造元の連絡先を調べてくれました。さっそく連絡してみると、人形を焼くのは年1回で、今は在庫していないが、木型はあるので来年改めて注文してほしい、とのこと。うひょひょ、嬉しい! よ~し、来年早々にも注文してしまおう…。

15118.jpg食事の準備ができたとのことで、案内されたのは2階の一室。宇治川の川景色が望める、しっとりとした和室です。う~ん、こちらに泊まればよかった、と今さらながら後悔。

川面を見下ろすと、堤防の法面の繁みを通して、月見館所有の屋形船が繋留されているのが見えました。今ではほとんど、使われることもないのでしょうか…。治水は大切ですが、船の走れない川は、やはり寂しいものが…複雑な気持ちになりました。

15120.jpg歴史を感じさせる静かな部屋で、美味しい料理をゆっくりいただき、大いに満足。料理を載せた敷き紙の絵柄があまりにも素敵だったので、置いてゆくのが惜しくなり、連れて帰ってきました。ゴメンナサイ。

ご覧のとおり、月見館前の宇治川に棹差す、屋形船を描いたもの。残念ながら、偲ぶ昔の光景となってしまいましたが、いつの日か、船影が復活することを祈りたいものです。

15119.jpg帰りがけ、お帳場のカウンターで「三十石舟」と銘打った、舟の形のお菓子を発見。女将さんが差し出す試食品をつまんでみると、生姜入りの甘いお煎餅で、素朴な味わいが気に入り、お土産に購入。

美味しいので食べ過ぎると、生姜入りとあって体がポカポカあたたまり、これからの季節、寒がりの私には、うってつけのおやつになりそうです。なくなったら送ってもらおう…。


(21年9月11日撮影)

(『蹴上インクライン…1』につづく)

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タグ : 月見館 三十石舟 宇治川

三十石舟の宿・月見館…1

(『平戸樋門』のつづき)

15111.jpg平戸樋門から、宇治川の堤防道をてくてく上流側に歩き、観月橋をくぐってふたたび堤防の上に出ると…、目指す割烹旅館、月見館の建物が見えてきました。

水運趣味的なモノを訪ね歩く中で、なにゆえ旅館に立ち寄るのかと申しますと…、まあ、動機は例によってよこしまです。


15112.jpg以前、旧ブログでも触れましたが、あらためて説明すると…。

月刊「舵」の旧号、86年7月号(右写真)の特集記事「淀川をゆく」を読んでいたら、月見館所有の屋形船が年数回、淀川下流まで下ってくること、月見館のオーナーさんに水先案内を務めてもらい、遡上限界点に挑戦することなどが書かれていました。

遡航も困難な上流部で、舟遊びをさせる旅館があることに驚き、早速月見館のサイトを拝見すると、淀川舟運の史料を展示した資料室があり、三十石舟の実物も展示されている! これはぜひ訪ねてみたいものだと、機会を狙っていたのです。

15113.jpgそしてこの度の機会到来。見たいものが多いので、行程のどこに組み入れるか、ずいぶん悩みました。泊まってもよかったのですが、都合で宿は別にとることになったので、夕食のみのコースを予約。

前庭の玉砂利はきれいに掃き清められ、これもよく手入れされた植え込みの木々に、見え隠れする月見館の建物は、羽目板の木目も美しく、風格満点。
入口の左側には…。
撮影地点のMapion地図

15114.jpg
実物の和舟が! 
長さ10数mあまり、幅は1.5mほどあるでしょうか、大きさから見て、三十石舟ではありませんでしたが、棚板(側板)二階造りの扁平な船型からは、本物の川舟の匂いが感じられます。

台座の横木が、なぜか棚板を貫通する形になっていたのが残念ではありましたが、復元などではない、実際に使われていたもの特有の迫力がありました。小屋がけも立派で、月見館のシンボルとして、大切にされていることがうかがえますね。

15115.jpg船尾、舵の座周りのディテール。川船独特の、深さより幅が長い舵の羽板、舵身木(舵軸)がはまる床梁の手前側には、艪の支点となるログイが突き出ているのも見られます。

舟の大きさにくらべて、舵の羽板が小さすぎ、また舵柄も短いように思えましたが、久しぶりにみる純和船、しかも川舟の姿を目にできたのが嬉しく、月見館の心意気が伝わってくるようでした。


(21年9月11日撮影)

(『三十石舟の宿・月見館…2』につづく)

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タグ : 月見館 三十石舟 宇治川

平戸樋門

(『三栖洗堰』のつづき)

15106.jpg京阪線に乗り、中書島の隣、宇治川畔は観月橋駅で下車。観月橋の橋詰には、何やらいわくありげな石柱が…明治天皇が通られたところのようですね、ふむ。

さて、目指すは月見館…なのですが、その前にちょっと、見ておきたいものが。


15107.jpg
駅から、堤防道を少し下流側に歩くと、ありました。赤レンガの台の上に乗った、何やら物々しいトラス構造が。先ほど十石舟で走った、濠川…いや違った、宇治川派流の吐け口、平戸樋門です。

トラスの架構から垂らされているのは、ワイヤーなどではなくチェーン。ずいぶん古典的な水門が残っていたものですが、トラスをよーく見ると、継ぎ手にリベットがなく、ずいぶんのっぺりとしているのがわかります。何か違和感がありますね。

15108.jpg早々にばらしてしまうと、上部構造や扉体を昔風に作り直した、言わば復元水門だったのです。ご覧のとおり、銘板の竣工年月には「平成16年3月」とありました。

しかし、閘門や洗堰のみならず、こんな小さな樋門にも、復元工事が施されているとは、ちょっと驚きですね。レンガの造作からして、古いものには違いありますまいが、やはり伏見の街にとって、特別な存在なのでしょうか。
(復元前の平戸樋門の写真はAGUAの『宇治川派流』に掲載されています。)

15109.jpg全貌を見てみたくなり、法面を危なっかしい足取りで駆け下りて、高水敷から一枚。う~ん、例によってうまく撮れなかった…。

しかし、ここから見上げると、石の装飾も美しく、実に威厳のある樋門じゃないですか! 「こんな小さな樋門」などと言ったのが、申しわけない気持ちになりました。
ん? あれは…。

15110.jpg復元された扉体の形の面白さや、石の銘板の立派さはさておき、気になったのは扉体前の、左右にある側壁。
三つのアイに渡されたチェーン…これはどう考えても、繋船用に設けられたものとしか思えない…。かつてはここも、舟が通っていたのではないでしょうか?

宇治川の水位が低くなる前は、チェーンにもやいを取れる位置に、水面があったに違いありません。小さな発見でしたが、水運時代の匂いを残すものに出会えて、嬉しくなりました。
撮影地点のMapion地図


(21年9月11日撮影)

【21年10月10日追記】3段目のリンクに誤りがあったので、訂正しました。間違ってリンクしていた、日本の川と災害さんにお詫び申し上げます。
この後、検索していたら、「平戸樋門ゲート設備修繕工事」(J=GLOBAL)を発見。なるほど、大正15年建設で、当初は木製ゲートだったのですね。

(『三十石舟の宿・月見館…1』につづく)

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タグ : 平戸樋門 宇治川

三栖洗堰

(『三栖閘門…3』のつづき)

15101.jpg三栖閘門とコンビを組む治水施設、三栖洗堰も見てみましょう。こちらは閘門と異なり、現役で稼働している水門です。

濠川から見た第一印象は、関宿水閘門(過去ログより写真…水門閘門)に似た雰囲気だなあ、ということ。関宿が昭和2年、三栖が同3年竣工と、世代が近いこともあるでしょう。
加えて、大河川を内陸深く遡った場所に位置し、閘門を併設しているあたりも、境遇が似かよっており、内陸水運の近代化に貢献したという意味でも、関宿と三栖は、東西のカウンターパートと言ってよいように思えました。

15102.jpg
宇治川方、表側を見たところ。左端の開放されたゲートから、水が渦を巻いて、轟々と流れ下っているのが見られました。

扉体は…キャンバー付きではなかったものの、中央にふくらみを持たせた三面構成。ゲート型式は閘門同様、ストーニーゲートだったのですが、平成2年の改修で巻上機を電動化するとともに、ローラーゲートに改造されたとのこと。扉体もその際、新製されたのですが、わざわざリベット継手構造とし、往年のスタイルを崩さないようにしたのだとか。さすが。

15103.jpg水の流れ下ったその先は、言うまでもなく宇治川なのですが、この水位差は本当に凄い…。

かつては、濠川とさほど変わらない水面高だったとは、にわかに信じがたい落差があります。この後にも、宇治川の水位低下についての話題が出て、考えさせられることになるのですが、この様子をあらかじめ見ておかなかったら、どれほどの低下ぶりだったか、ピンと来なかったことでしょう。
撮影地点のMapion地図

15104.jpg濠川の上流側に出て、閘門に戻ろうとしたら…さっき船頭さんが言ったとおり、子供たちが泳いでいる!
洗堰から吐き出される水流の猛烈さを、見てきたばかりだったので、わずか100mほどしか離れていないあそこに吸い込まれでもしたらと、肝を冷やしました。

しかし、子供たちの嬉しそうなこと! 伏見の少年たちにとって、濠川は腕白放題のできる、母なる川なのでしょうね。京都市内にもかかわらず、こんなのどかな風景を見られるなんて…。伏見はきっと、住みよいところに違いありません。

15105.jpgふたたび閘室の船着場から十石舟に乗り、濠川を戻ります。
美しい河畔道が整備された、魚影濃い舟航水路、古典味あふれる閘門に水門、そして子供たち…。小さな面積に、見どころがぎっしり詰まった小水郷・伏見、また訪ねてみたくなる街でした。

短い散策の後は、またまた京阪電車のお世話になり、お隣の観月橋へと急ぎます。本日最後の訪問先は、これも以前から気になっていた三十石舟の宿、月見館!


(21年9月11日撮影)

(『平戸樋門』につづく)

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タグ : 三栖洗堰 濠川 宇治川